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▼ 幼馴染は寂しい

「今日の真緒くんはね、新しいダンスに挑戦してたよ。それで、葵兄弟……あ、双子のことね? 彼らみたいなアクロバティックな動きを取り入れたいって言ったから、私が双子に柔軟体操を教えてもらってね……」

私の膝の上に頭を預けて寝っ転がって、目を閉じている凛月。眠っているように見えるけれど、緩む口元と、今の時刻が午後七時であることから、意識があることがよくわかる。

「ま〜くん、ケガしないといいけど」
「真緒くんは器用だから大丈夫だよ。ケガしないように、ちゃんと私も見てるから」
「そっか。うん、千夜が居るなら大丈夫だねぇ〜……」

信頼の色をのせた、間延びした声。嬉しいな、と私も口元を緩めたその時、ぱち、と凛月が目を開いた。真っ赤な目が、しっかりと私を見据えている。

「ねぇ、俺にご褒美くれてありがとう」
「これくらいは、当然だよ」
「そう? 転校生が忙しそうだから、聞いちゃダメだって思ってたけど……ていうか千夜、最近転校生の仕事を受け持ってるんだって?」
「『Trickstar』のレッスンしてるだけで、【風雲絵巻】とかはノータッチだよ」

ああいうタイプの子から仕事を全部取り上げると、かえって焦らせたり自己嫌悪に陥らせることが多いので。だから、生かさず殺さずの状況を続けさせるのだ……徳川家ではないけれど。

「一思いに楽にさせてあげたらいいのに……なんてね。分かってるよ、千夜が意地悪で仕事を代わりに片付けてあげない、ってつもりじゃないことくらい」
「ふふ。凛月はもし真緒くんが、お仕事で苦しんでたら……全部助けてあげる?」
「俺なら代わってあげる。でも、……きっとま〜くんなら、嫌だって断ると思う」
「うん、私もそう思う」

そしてきっと、それはあんずちゃんもだ。

「……ね、ちょっと寂しいと思うの、俺だけなのかな……」
「凛月」
「ま〜くんがどんどん輝かしいものになると、どんどん俺と遠のいていきそうって、バカみたいなこと思ってる……。ほら、俺吸血鬼だからさぁ……そういう『光』にも弱いんだねぇ、きっと……」

ああ、とようやく合点がいった。

あんずちゃんが、凛月に『ご褒美』をあげるのをあきらめるという選択肢を文句も言わずに受け入れたのも、率先してダンスのレッスンをしていたのも。
すべては、ものすごい勢いで成長していく幼馴染に、置いて行かれたくない気持ちの反映だったのかもしれない。

幼馴染の背中を見てるだけが寂しい、という気持ちは……痛いほどわかるから。

「よしよし、凛月はよく頑張ってるよ」
「ふふ、まぁねえ……♪」
「私も、寂しいって思ったことあるしさ。きらきらしてる幼馴染って、見てるだけで誇らしいけど、同じくらい複雑な気持ちになる瞬間もある」
「そっか。千夜も……『王さま』に置いてかれるのは、嫌だよね」
「うん。だから……置いてかれないように頑張ろうね、凛月」

そうだね、と凛月がつぶやいた。私の腰に腕を回して、置いてかないでというように抱き着いてくる姿は、たまらなく母性本能をくすぐってくる。安心させるように髪や頬を撫でていると、ちょっと不満げに凛月がこっちを見上げてきた。

「俺のこと、赤ちゃんだと思ってる訳……? やめてよね、そういうのはス〜ちゃんの役目でしょ」
「ふふ。凛月が可愛くって」
「……あんまり生意気言ってると、食べちゃうからね」
「おわっ!?」

素早く起き上がった凛月が、私の身体を勢いよく押し倒した。幸運にも、私たちが座っていた場所は凛月専用の寝床だったために、頭を強打することはなかったけど。

なんて思いながら、凛月と天井を眺める。さっきまで子供のように頬を膨らませていた彼が、今は大人の余裕をもって私を俯瞰している。

「凛月?」
「ねぇ、俺が転校生の血を吸うのはさ、代わりになるからだよ」
「……代わり?」
「そう。努力することに代打は許されなくてもさぁ、三大欲求を満たす代打ならいくらでも許してもらえるでしょ? 可哀そうな俺は、ほんとにほしいご飯を我慢してる訳、分かる?」
「ごはん、って」

さぁ、と顔が青ざめる。いや、まさか吸血する気か!?

「やだ! 痛いの嫌!」
「ほら……普段は兄者よろしく余裕ぶってるくせに、なんで吸血になると必死で拒否るわけ? 転校生みたいに肝を据えてくれる?」
「注射が好きな子供はいません!」
「もうすぐ大人でしょ。俺より先に卒業するんだから」

あきれ顔で凛月が言った。いや、それは君が留年しているからであって、あまりあきれ顔していいことでもないような。

「まぁ、いいよ。無理強いする気は毛頭ないし」
「ありがと……凛月大好き……」

やっぱり凛月は、なんだかんだ言って優しい。だから絶対、私の嫌がることはしないって、安心できるんだ。とりあえず注射……じゃなかった、吸血から逃れられたことが嬉しくてふにゃりと笑うと、凛月が息をのむ音が聞こえた。

「っ……あのさ、ほんと、わざとやってる?」
「わわわ、だめ! それ以上顔を寄せないで! 酷いことしないで!」
「ちょっと、人を強姦魔みたいに言わないでくれる? ……俺が千夜に、酷いことなんかしないし」

ちょっと顔を赤くして拗ねる凛月がやっぱり可愛くて、指通りのいい髪を、くしゃくしゃに撫でることにした。

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