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▼ 捧げる花

新たなファンを手に入れた手ごたえはここに。
成績も一位。それも二位と圧倒的差をつけた大勝。司の言った通り、世間に『Knights』の雄姿を焼き付けることができたと言えよう。

「お姫様、今日は来てくれてありがとう!」

にこり。微笑んで、泉たちを取り囲む女性たちにお礼を述べる。ファンサービスにあついといわれる『Knights』だ。望む姿を見せるのも、アイドルの役目。

(――そもそも、姿すら見せない奴もいる訳だけどねぇ)

結局ステージに現れなかった『王さま』を思って、少しイラっとする。見つけたら絶対にとっちめてやろうと思っていたが、今日はもう見つかりそうもない。

話しかけてくる新しいファンたちと軽く握手を交わしたり、言葉を交わしたり。そうして時間を過ごすほうが、やみくもにレオを探すよりはずっと有意義な時間の使い方だろう。そう結論づけ、ファンサービスに集中しようと思った泉だったが。

「あの! さっきガーデンの方で歩いてた人は、関係者さんなんですか?」
「え?」

ひとりの女性が、興奮気味に泉へ問いかけてきた。

「さっき、貴方たちと同じ衣装を着た人が、『フラワーガール』と一緒に歩いてたんです! ほんとに、物語にでる騎士みたいで素敵だったんですよ〜!」

同じ衣装を着た人。
明らかに――レオだ。

「ちょ、ちょっと待って? ガーデンって、どこのエリア?」
「え、えっと、コスモスがたくさん植えてある、メインの――」
「教えてくれてありがとう、お姫様。ごめんね、彼は俺たちの仲間なんだけど、ちょっと手違いでここにこれなかったみたいだ。連れ戻してこなきゃ」

そう適当に言いつくろって、泉が輪の中から抜けていく。

「ちょっと、泉ちゃん!?」
「『王さま』を確保してくる! あと十分でスタジオの解体が始まるらしいから、それまでには解散しといてねぇ!」

ちゃっかりと予定を伝えて、泉はさっさと出ていってしまった。
凛月はすでに眠っているため不在。この大勢のファンを、嵐と司で捌かなければいけないのは、少し骨が折れるが――仕方あるまい。嵐は気を取り直して、美しい笑みを浮かべた。



案外、見つけるのは簡単じゃなかった。
どころか、逃げられたことを悟った。

コスモスの咲き乱れるエリアで見つけたのは、遠くからでもよくわかる大男……もとい、三ケ縞斑だった。彼だけだったので、ああ王さまめ逃げたな、と泉はイライラを頂点まで高めつつ、彼に話しかけた。

「ちょっと。王さまはもう帰っちゃったわけ?」
「おお、泉さん! 今日はいいステージを見せてもらったなぁ! ちなみにレオさんなら既に電車に乗ってる頃だと思うぞ!」
「あいつ、やっぱり逃げたわけ……」
「ははは、そう苛立ってもしょうがないぞお! 大丈夫、心配しなくてもレオさんを駅まできちんと見送ってもらったから、無事お家には帰ってるだろうからな! とっちめたいなら明日、学校で頑張るといい!」
「明日ねぇ……っていうか、誰に見送ってもらったわけぇ?」
「おや……泉さんは聞いていないのか?」

こてん、と大男が首を傾げた。そういうのは小さい子がやってこそだ、なんて泉が皮肉ろうとしたのだが、彼の目に映った人影がそれを遮った。

「斑、ただいま! ちゃんとレオを送って……きゃああ!?」
「なっ――!?」

上機嫌で斑のところまで駆けてきたのは、花柄の可愛らしいレース生地のワンピースを纏った少女だった。『フラワーガール』だ、分かっている。そこまでなら、泉はさして驚きはしなかった。

でも――少女は、千夜だったから。

「あ、あわわわわ……なんで泉がここに……」

花籠を左手に下げ、ふわふわとした髪を秋風にたなびかせる千夜。泉の視線を感じているのだろうか、恥ずかしげに頬を染めている。その様子に、ぎゅううと胸が締め付けられる思いがした。無意識に自分の心臓の辺りを掴んでいた泉は、慌てて手の力を緩めた。衣装がしわになってしまうから。――他意はない、絶対に!

「べ、つに……っていうか、あんたこそなんでここにいる訳ぇ?」
「私はその……用事っていうのがね、実はここでのバイトだったから」
「うんうん! 俺は設営と撤去係で、千夜さんは売り子と『フラワーガール』の係という訳だなぁ!」
「あんたら、二人でバイトしてたわけ?」

泉が少し不機嫌そうに眉をひそめたので、斑は苦笑して首を振った。

「たまたま、重なっただけだぞお! なぁ、千夜さん!」
「うん、そうだよ。一応レオには伝えてたんだけど……」
「俺、何にも聞いてないから」
「そ、そっかあ」

千夜がひた隠しにしていたので、当然なのだが。助けを求めるように千夜が斑へ視線を送ったが、彼は気づいてか気づいていないのか、腕時計を見ると大仰に驚いてみせた。

「おおっと、これは大変だ! もうすぐライブ会場の撤去作業が始まる! 俺は行かなければいけないなぁ!」
「えっ、もうそんな時間?」
「ああ! じゃあな千夜さん、泉さん! 仲良くするんだぞお!」

ママらしい台詞を残し、斑はさっさと行ってしまった。
……後に残された二人の間に、微妙な空気が流れる。

最初にその空気を打破しようとしたのか、千夜がごそごそと花籠から何かを探った。

「はい、泉!」

にっこり。
千夜がほほ笑んで、泉に何かを手渡した。

「え、これ……」
「お花。今日は素敵な武功をありがとう――騎士様?」

その時、少し強い風が吹いて。
長いスカートの裾が、泉の好きな黒髪が、差し出されたダリアの花びらが、優しく風をはらんで揺れた。

秋風に、僅かな花の香りを織り交ぜて。

「……綺麗」
「……? 泉?」
「――! い、いや。綺麗な花じゃん、それさぁ」
「でしょ! これはね、ダリアって言って……花言葉がね、『華麗』『優雅』『気品』とかで」

今日の泉にピッタリだと思ったんだ、とか、あっさりと告げてくる千夜が、やっぱり少し憎くって。素直に言えない自分も憎くって、どうしようもない。

どうしようもないくらいに、恋をしていたのだ。

「……ねぇ、千夜」
「なに?」
「その花籠、それで最後?」
「え? ううん、あと三本あるよ」
「じゃあそれはさ、くまくんとなるくんと、かさくんにあげて」
「ああ、それいいね!」
「だからさ、仕事はもう終わりで良いでしょ」

泉はそういうと、千夜に手を差し出した。

「せっかくここまで来たのに、まだ花もろくに見れてないからさぁ……付き合ってくれるよねぇ?」
「!」

千夜が、驚いたように泉を見た。その手のひらを見つめて、泉の顔をもう一度見る。ぱちぱちと瞬いた花瞼と、あとから訪れた千夜の優しい微笑みが、どうしようもなく泉にはまぶしいものに見えた。

「――うん!」

――重ねられた手を握り返すのに、どれほどの勇気が必要だろうか!

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