悟空は如意棒と足を使って、魚を浅瀬に追いやった。

「延朱そっち行った、そっち!」
「はいはーい」

 延朱は泳ぐ魚に向かって血で作った針を器用に投げつけた。それは見事に刺さり、生死をさ迷う魚はぷかぷかと浮かび上がる。

「ナーイス、延朱!八戒焼いて焼いて!」
「はいはい」

 捕った魚を八戒に持っていく。器用に作られた焚き火の前には、二十分程前に捕った魚が良い具合に焼けていた。

「うんまそー!」
「そちらの端から食べて良いですからね」
「やりィ!!」
「この魚、酒にめちゃめちゃ合うな」
「悟浄起きてたの」
「ちょっと前にな」
「もう少し起きないでいてくれたら置いて行く気だったんですけどね」
「――笑顔で言うなよ」

 八戒の笑顔に背筋を寒くしたのか悟浄はひきつった笑みを見せた。

「湖の水は冷たくて気持ちいいけど、あがったら暑いわね」

 標高が高いとはいえ、照りつける太陽の光はじりじりと体に降り注ぐ。
 延朱はパタパタと手で顔を扇ながらパーカーを引っ張って中に空気を送った。

「そんなに暑いなら脱げば良いだろうが」

 背後から三蔵が言った。三蔵は前髪をゴムで縛り上げてサングラスを着けたままビールをあおった。延朱はじとっと睨み付けて口を尖らせた。

「ぜったいに、いや!」
「――誰もお前の貧相な胸なんか興味ねえよ」
「ば、ばっかじゃないの!三蔵のばか!」
「あー……ドンマイ」
「悟浄、貴方……」
「僕は気にしませんからね、延朱がどんな姿でも」
「八戒――」
「俺も俺も!どんな延朱でも、延朱は延朱だからさっ」
「……悟空にまで慰められると、結構凹むわ」
「え、なんで!?」

 肩を落としてうずくまる延朱に悟空は動揺する他ない。

「良いわよ、どうせ小さいのはわかってますよ……」
「いや、ほら、気にすんなって、」
「見つけたぞ、三蔵一行!」


 不意に、森の中から妖怪たちが飛び出した。常套句を口にしようとしたのだが、硬直してしまった。
 まさかこんな時に来るとは一行は思ってもいなかったし、妖怪たちも一行がまさか完全にバカンス気分な格好で遊んでいるとは夢にも思っていなかっただろう。
 数秒呆けていた妖怪たちは、気を取り戻して一行を睨んだ。

「き、今日こそは経文を頂くぞ!」
「そこの女もだ!!」
「チッ、こんな時に刺客かよ」
「まあ、こんな時だからこそってのもあるかも知れませんよ」
「魚焼けちまうよー」
「おら、働けチワワ」
「うー……」

 せっかくのバカンス気分を殺がれたせいであまり乗り気でないのか、一行はいそいそと武器を取り出した。
 あまりにもぐだぐだな雰囲気に妖怪たちに怒りが沸いた。

「き、貴様ら!やる気はあんのかァ!?」
「「ない」」
「ですね」
「そっちがその気なら経文と女を貰うまでだ!やれぇっ!!」

 リーダー格であろう妖怪が叫ぶと、それに合わせて小隊を作っていた妖怪たちが持っていた弓矢を射った。
 幾多の矢が一行に降り注ぐ。

「「げ」」
「一斉掃射か。面白い」
「皆さん下がって下さいね!」

 八戒は両手をあげて手のひらを空に向ける。瞬時に障壁が現れて弓矢を弾き返した。

「わ、っとと」
「もっと寄れ馬鹿チワワ!」

 三蔵が延朱のパーカーの首もとを引っ張って障壁の内側に引き寄せた。それがいけなかった。思い切り引っ張られたせいで止めていたボタンが外れて、パーカーが隠していた場所が露となった。
 黒いチャイナドレスに見立てた水着。ふくらみと言い難い小さな胸に一度は目を惹かれたのだが、更に下に視線を動かすと一行の動きは完全に停止した。
 延朱は元から脂肪の少ない体のせいか、凹凸が際立って見える。肋骨の下から恥骨の上まで見える水着を着ていたのでそれをまざまざと見せてしまっていた。

「「あー……」」

 一同の視線の先には、見事に六つに割れた腹筋の姿があった。
 延朱は顔を真っ赤にしてその場でうずくまってしまった。

「――俺、見たことあるわ。延朱が寝た後で銀朱が筋トレしてるの」
「あー、あるある!フッツーに腹筋三百回とか、片手懸垂とかしてるの見た!」
「……だから見せたくなかったんですねえ」
「まるで深夜のテレビショッピングに出てるインストラクターのような腹筋だな」
-
 一行は延朱の腹部を見て目を点にして――というか、むしろ遠い目に近い感じの慰めの視線を送っている。その中で一人目を輝かせる悟空。

「延朱、カッケェ!」

 悟空の言葉に延朱は肩が飛び上がる。初めはわなわなと震えていたのだが、何かを呟きながらゆっくりと立ち上がった。

「――して……る……」
「あの、延朱さーん……?」

 気付けば、延朱の回りには大量の武器が現れていた。ゆらりと振り返った延朱の表情は穏やかに笑ってはいたが、背後には般若が見えた。

「――まとめて、地獄に、送ってあげるから」
「ギャーーッ!!」

 妖怪たちの断末魔と共に、一行の悲鳴が美しい湖畔に響き渡ったのだった。





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