とある一日。(ハロウィン企画)


 外から入る日差しと小鳥の囀りで三蔵は目を覚ます。普段と変わらない朝、その時まではそう思っていた。
 体を起こして無造作に頭を掻いた腕に何かが触れた。自分の体の異変に気付いた三蔵は起きかけの頭で何が起こったのか理解できないまま叫ぶ。

「な、なんじゃこりゃああぁああ!?」

 何度も何度も昨日の物とは違う自分の耳を触りまくって確認する。完全に覚醒した頭で体を見まわすと、着ていた法衣ではなくなぜか白いカッターシャツに黒のスラックス。肩からは裏地が赤の黒いシルクマントが付けられていた。
 自分の置かれている状況がわからず、三蔵はその場で頭を抱えたまま固まっていた。

「朝っぱらからなんだよさんぞ――って、うわ!?」

 もう一つのベッドで寝ていた悟浄が大きなあくびをしながら起きてくると、三蔵の格好を見て目が点になっている。
 三蔵の姿といえば、先程の格好に付け足して長い妖怪のような耳に八重歯が伸びて口から少し出ていた。
 それはまるで東洋の妖怪、吸血鬼、ドラキュラ、ヴァンパイア。なんにせよ今すぐにでも女の首筋に噛みついて血を啜りそうな勢いの格好。

「な、なんなんだよこの格好よ!?」
「知るか!起きたらこんなカッコになってたんだよ!お前こそなんだその格好は!」

 言われるまで気付かなかったのか、悟浄は慌てて自分の体を見て固まった。
 白と黒の囚人服に身を包み、なぜか足枷、映画の殺人鬼よろしく頭にホッケーマスクが付けられていた。

「一体誰、が……」
「――一人しか、いねェだろ」
「……だな」

 二人の頭に一人の男の笑顔が浮かぶ。こんな事する奴を一人しか知らない。
 部屋の外からバタバタという足音が聞こえた。それは段々と二人の部屋に近づいてくる。

「三蔵!悟浄!起きたらこんな格好になってたんだけど!?って、二人もかよ!」
「お前もか……」

 扉を壊さんばかりに開けて入ってきた悟空も、二人同様昨日とは違う姿になっていた。白シャツの上にオーバーオールと、村人のような格好の悟空の頭には斧が突き刺さっていているというなんとも無残な格好だった。
 血は出ていないが、その斧に二人は釘付けになる。

「……何その頭、どうなってんの?」
「知らねーよ!ていうか取れないんだけどコレ!」

 悟空がぐぎぎ、と歯を食いしばりながら斧を引き剥がそうとするのだが、全く取れる配はない。悟浄にも手伝ってもらってみたもののどうやっても取れる気配はない。

「なんなんだよこれ!?一体どういう事なんだよ!」
「知るかよ!元凶はアイツしかいねェだろうが!」
「アイツ……ってもしかしなくても八戒の仕業!?」
「それ以外あるか?」
「――あの馬鹿どこいきやがったァ!」

 三蔵はドラキュラ姿のままが怒りに任せて銃を撃ち放つ。あまりの恐ろしさに悟空と悟浄は抱き合って震えた。

「三蔵がキレた!」
「き、昨日は延朱と同じ部屋だったよな……」
「まさか、あの野郎延朱ちゃんが寝てる間に着替えさせてるとか……」

 三人が気付く事なく服を着替えさせられたのだから、延朱も同じ目にあっている可能性が高い。だが、延朱は一行の中の紅一点。女性に優しく紳士的な八戒だからと悟空は笑って言った。

「さっすがにそんな事しないだろー」
「わかんねーぞ。あいつ隠れ変態だから、延朱ちゃん脱がすついでにあんな事やこんな事を……」

 悪戯っぽく笑いながら言う悟浄の話しを聞いていた悟空の顔がみるみるうちに青ざめていく。

「ごじょ、後ろ」
「あ?」

 プルプルと震える悟空が指差す方を見れば、廊下に棒立ちしている男がいた。
 男は全身をボロボロの包帯で巻かれている。さらにその上からズタズタになった枯れ草色の布を頭から被っていた。肌が見えているところといえば瞳とその周りだけ。ミイラ男の出現に、三人は体が硬直している。

「おあ、ま、な、」
「やだなあ、僕ですよ僕」

 驚きのあまり口をパクパクとして言葉にならない言葉を出す悟浄に、八戒は口に巻かれていた包帯を下げて笑った。

「びっ――くりした」
「おい八戒、これはどういう事だ!」
「おや三蔵。お似合いじゃないですか。吸血鬼の仮装」
「耳尖ってるし、なんか本物の妖怪になったみたいだな!三蔵」
「これで俺らの仲間入りってか?」
「ざけんな!だから何だこれはと聞いてるんだよ!」
「何だって、ハロウィンだからですよ」
「「ハロウィン?」」

 悟空と悟浄は仲良く首を傾げる。八戒はクスリと笑って人差し指をたてた。

「ここよりもっと西の人の宗教的行事で、秋の収穫を祝うのと同時に作物を荒らす悪霊を祓うお祭りですよ」
「それで、こんな格好するわけ?」
「はい。悪いお化けの仮装をして、『trick or treat』お菓子をくれなきゃいたずらするぞー、って家々を回るんですよ」
「何々!?みんな菓子くれんの!」

お菓子と聞いた悟空は頭の斧を忘れて爛々と目を輝かせている。

「まあ、ここにはそんな行事はありませんから、僕らだけで楽しみましょう。下にハロウィン用の料理を用意してありますから」
「やたー!」

ハロウィン最高!と、本来の宗教的意味を全く理解することなく悟空は飛び跳ねて喜んでいる。

「つーかよ、俺ら元々妖怪だし、仮装とか別にしなくてもよくね?」
「俺は違う」
「三蔵一行はいつでも本気でやらないと。三蔵は吸血鬼に見えるように顔を青白く塗ってますし」
「ああ!?」
「いつも以上になまっちろいのはそのせいだったか」
「なあなあ八戒、延朱は?」
「ああ、さすがに僕が着替えさせるわけにはいきませんからね。事情を説明したら快諾してくれたんで、今着替えてるとこだと、」

 八戒が言い終わらないうちに、部屋の外から泣き喚く声と共にハイヒールの音が近づいてきた。

「はか、は、八戒!何これ!?」
「あ、着替え終わったんですね延朱」

 顔を赤くしてあわあわと口を開きながら八戒に詰め寄る延朱は、頭に大きなとんがり帽子を被り、三蔵と同じようなマントで体をぐるっと巻いている。

「その帽子は、魔女か?」
「でも猫みたいな耳がついてるけど」
「猫耳魔女です」
「どっちかにしろよ……」
「耳でも魔女でもどっちでも良いわよ!なにこの服はっ!?」
「あれ、お気に召しませんでしたか?」
「お気に召す召さないの問題じゃないわよ馬鹿ー!」

 半泣きで八戒に食ってかかる延朱の後ろに悟浄が立った。わきわきと手をあげて何かを企んでいるかのようにほくそ笑んでいる。

「延朱ちゃんみーせて!」
「誰が見せるかぁぁああっ!!」

 振り返って悟浄の首に回し蹴りを入れる。
 それは見事にクリーンヒット。

「すきありです」

 だが、八戒を背にしたのがまずかった。体を覆っていたマントを器用に引き剥がされる。

「ちょ、まっ、八戒ッ!」

 剥がされたマントの下は、黒いワンピースとニーハイブーツ。という姿だった。
 それだけならまだ、延朱もここまで恥ずかしがらなかったし、怒らなかっただろう。
 首には猫鈴、後ろには尻尾。さらに膝上何センチかわからない程に短すぎるスカート。手には大きな星のついたいわゆる魔女っ子スティック。そして最悪な事に、胸元にはガバッと空いた隙間があった。もし八百鼡や李厘のような胸の持ち主であれば、その隙間から綺麗に谷間でも見えていただろう。
 数秒間見惚れた悟浄と三蔵だったが、胸元の残念さに憐れみの視線を送る。

「――気にすんな延朱ちゃん……まだまだ成長するさ」
「……今回ばかりは同情してやる」
「貴方たち殺されたいの?」

 延朱は手でスカートを押さえながら、涙目で二人をキッとにらみつけている。

「大丈夫ですよ延朱。僕は胸がなくたって全然気にしませんから」
「そういう問題じゃないわよ!なんでこんなに短いのよ!なんでこんなに胸元開いてるのよ!」
「そりゃ、八戒の趣、」
「何か言いましたか?悟浄」
「何も言ってませんスミマセン」

 黒々としたオーラを纏った八戒が悟浄に微笑みかける。それだけで何か言おうとしていた悟浄は死を宣告されたように青ざめて口を閉ざした。

「延朱!すっげー似合ってるよ!」
「悟空……」

 気恥ずかしそうに笑う悟空。純粋にそう言ってくれているのが見てとれるその笑顔に延朱は満更でもない顔つきで笑った。

「あ、ありがと。悟空の頭のソレも、何かカッコイイわよ」
「そう?ゾンビっぽい?」
「すっごく」

 恥ずかしそうに笑いあう二人。延朱の肩に腕を置いて悟浄は意地悪く笑う。すぐ横には三蔵がいて、じっと尻尾を見つめている。

「でも、似合ってるのは確かだからさ」
「うるさいエロ河童」
「猫は嫌いだ」
「じゃあ尻尾引っ張らないでよ三蔵!」
「好評みたいで何よりですね」
「どこがよ。それ返して頂戴」

 八戒からマントをひったくると、延朱はまたそれをつけて体を隠す。
 それを残念そうに見ながら、八戒は目じりを下げた。

「残念です」
「何がよ」
「もっと見たかったんですけどねえ」
「ば、馬鹿じゃないの!?」
「良いじゃないですか。別に減るもんじゃないし」
「ふ、増えてもらわないと困るのよ!!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る延朱になぜか嬉しそうな顔をして聞く八戒を見ながら、悟浄と悟空はコソコソと耳打ちをしている。

「良いかー悟空、あれが変態紳士って奴だ」
「変態紳士……?」
「悟浄のばかあああ!!」
「なんで俺!?」

 持っていたスティックを悟浄に振り下ろす。間一髪のところでかわされた。その時だった。
 何の前触れも無く宿のガラスが割れた。それからぞろぞろと部屋の中に妖怪たちが侵入してくる。

「三蔵一行!経文と娘を渡、せ……?」
「こんな時までご苦労なこったな」

 意気込んでやってきた妖怪たちも、一行の姿を見て動揺を隠せないようだ。なんせ目の前にいるのは吸血鬼、頭を斧でかち割られた男、囚人服を着た殺人鬼、ミイラ男、魔女っ子。
 これが三蔵一行だと言われてそうだと言い切れる者はその場にいなかった。妖怪たちは困惑して互いの顔を見合っている。

「こんな格好してるから敵さんは随分とお困りのようですね」
「そういえば俺ら、なんでこんな格好してんだっけ?」
「ハロウィンだからでしょう?」
「そのハロウィンとやらでも、働かないといけねェのか」
「残念ですがハロウィンは祝日には入りませんよ」
「なあ八戒!さっき言ってたのってこういう時にも使えんのかなッ!?」
「あー。確かに悪い者を追い払う時の台詞ですから、あながち間違ってないかもしれませんね」
「それじゃあ、畑を荒らす悪霊共を追い払うとすっか」
「俺は仏教徒だが、今日だけは付き合ってやるか」
「全く信仰する気がない人が何を言ってるのかしらね」
「泣かすぞ馬鹿犬」

 五人はそれぞれ武器を構えて戦闘体制に入る。

「それじゃあ行くぜ――」





「「Trick or Treat?」」











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