湯川の家まではタクシーで向かった。外はまだ日暮れ時だというのに真っ暗で、雨が降りこんでいるせいでかなり視界も悪かった。
 マンションに着くと、すぐに湯川はタオルと着替えを綾乃に渡した。

「風邪を引くから早く着替えなさい。それに冷えただろうからシャワーも使いたまえ」

「――うん」

 綾乃は素直に頷くと湯川と目を合わせずに浴室に入っていった。
 自分も濡れた服を着替える為に寝室へと向かった。いつも着ている部屋着をクローゼットから取り出した。濡れた服を脱衣場に持って行こうと思ったが、綾乃が入っているのでソファにかけておいた。
 綾乃の姿が見えなくなったせいか、張りつめていた糸が一気に緩み無意識のうちに溜め息がもれた。静かな部屋にシャワーの音だけが響いていた。
 キッチンに向かいコーヒーを淹れる。いつも研究室で飲んでいるインスタントだ。
 丁度シャワーの音が止み、しばらくすると綾乃が浴室から現れた。バスタオルを頭から被って顔は見えない。
 わかってはいたがやはり大きすぎたか、湯川は苦笑いした。
 体格差がありすぎるせいで貸した服は見るからに体に合っていないようだった。黒いワイシャツの袖からは手の先すら見えない程長いし、スポーツ用のスウェットズボンは床を引きずっていた。

「――座りたまえ」

 湯川が促すと綾乃は黙ってソファに座った。テーブルにコーヒーカップをゆっくりと置いた。湯川は横のソファに座った。
 しばらく黙っていた綾乃が小さく口を開いた。

「すみませんでした……勝手に勘違いして、勝手に怒って勝手に泣いて。私ホント馬鹿だ」

「確かにそうだ」

 うなだれていた綾乃の頭が更に下がった。湯川は更に続けた。

「勝手に勘違いした挙句に僕を嘘つき呼ばわりして、勝手に自分が特別ではないと言い張る始末だ。僕はそんな事一言たりとも言っていないのにだ」

「反論の余地もございません……」

 項垂れていた綾乃の頭が更に下がったのを見て、湯川はため息をつく。立ち上がって綾乃の隣に座った。

「はっきり言おう。君は、僕にとってはかなり特別な位置にいる」

「だよな……やっぱり私なんて、え?」

 やっと顔をあげた綾乃を見て湯川は笑った。

「口に出していないから勘違いなんて起こすんだ。君は僕にとって特別な存在だ。だからバレインタインの話をされた時も綾乃君のだけを貰うと言ったんだが」

「そ、そんなんでわかるわけないだろ!」

「わかると思ったんだがな、君は心理学科の生徒だ」

「――勉強不足ですみませんね!」

 「そっか、特別か」綾乃は小さくつぶやいた。
 話す言葉も少しずつ気力が戻ってきている。顔を覗いて見ればなんだか嬉しそうに笑っていた。

「何をニヤついているんだ」

「嬉しいだけだよ!別にニヤけてなんかないし!あ、そうだ」

 綾乃は立ち上がると荷物の中から綺麗に包装された小包を出した。紙袋が濡れていたから心配だったが中身は大丈夫そうだ。それを湯川に手渡した。

「遅くなったけど、これ」

「――綾乃君。君はどうなんだ」

「ん?」

「君は僕の事をどう思っている。僕はそう思っていたが君は栗林さんにチョコレートを渡したそうじゃないか」

「それは、いつもなんだかんだで世話になってるからで、」

「僕は君が特別だから他の人から貰わなかった。しかし綾乃君は他の人にあげた。それはつまり僕は他の人と同じという事なのだろう?」

「――それは違う、他の人とは全然違う!」

 綾乃は思わず湯川の顔を見返した。




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