「まだ明日の支度があるので、延朱は先に寝ててくださいね」
「――ええ。わかったわ」
八戒はそう言うと、私と目を合わせること無く部屋から出て行ってしまった。
何度目かの大きな溜息は、誰が聞くこともない。相部屋の一人が今出て行ってしまったからだ。
「……避けられてる、わね」
ひとりごちると、私は再び溜息をついたのだった。
掛け違いのボタン
八戒と恋人同士となっていくばくか経った。初めこそ普段以上に優しかったり、本の中の恋人同士の様な事もした――のだけれども、ここ数日前からは、その類は一切なくなったのだ。それだけならまだしも、顔を合わせてくれない上に、同じ部屋に居ようともしない。昨日なんて、私が寝るまで部屋に居なかったし、起きてもすぐに出て行ってしまったのだ。
何か怒らせたのかともおもったが、それも違うらしい。三蔵達がいる時にはそんな仕草を全く見せる事がないのだ。
「嫌われ、たの……かしら」
私はベッドに座って対角線上にある八戒のベッドを見つめた。
多分、彼は二人きりになりたくないのだろう。
少し考えてみるが、私も至らない点があったとは思う。でも、八戒はそのせいであれだけわかりやすく避ける様な人ではない。むしろ指摘するはずだ。
だとすれば、容姿か、価値観の違いか。
何から何まで思い当たる事があり、決定打のないまま八戒と話し合う事が出来ずに、何日も過ぎていたのだった。
再びの溜息。ふと目に飛び込んで来たのは、ベッドの上にきちんとシワなく折り畳まれた八戒の普段着だった。
八戒は既に就寝用の部屋着を着ている。その服が使われるのは明日の朝のはず。
仕舞い忘れたのだろうと延朱は片付ける為に立ち上がってその服に触れた。
いつも八戒が着ている、あの人の瞳に似た深緑の服。じっと見つめれば、八戒の事ばかり思い出して、胸が締め付けられる。立っているのも辛くて、八戒のベッドに横になってしまった。
たった数日で、これだけ恋しくなってしまうものなのか。触れたくて、触れてもらいたくて、身を焦がす様な思いをするなんて考えた事もなかった。
私は無意識のうちに、八戒の服をぎゅっと抱きしめていた。
私の服と同じ洗剤で洗ったはずなのに、八戒の服はなぜだか別の香りに感じられる。とても落ち着く香りだった。
我ながら変態じみたことをしていると思う。でも、それだけ恋人の事が恋しくて仕方なかったはずなのに、こうして服を抱きしめているだけでも、あの人と一緒に居る様な気分にさえなっている自分がいた。
こんな姿、本人には見せられないなと思いつつ、もう少し、もう少しと思っていると、気付けば私は目を閉じていたのだった。