毎年、この時期になると第十三研究室の前が賑やかになる。
十人ほどの学生が、研究室のドアをひっきりなしに叩いていた。
「先生!もらってくださーい!!」
「先生、アタシのも!」
「先生は今外出中なの!ほら、どっか行った行った!」
――賑やかというよりも騒然としている。
栗林が研究室の中からわめき散らしながら出てくると、湯川の名前が書かれたネームプレートをひっくり返した。『在室』から『不在』に変わる。
「嘘じゃん!!今変えたんだから、中に居るんでしょ!?」
「ひ、ひっくり返すの忘れたの!ほらどっか早く行かないと教授達に言って、今までもらった単位減らしてもらうよ!?」
それを聞いた学生達は、栗林を睨みながら渋々その場から立ち去った。
栗林は溜め息とも怒号ともつかない声を出して研究室へ戻る。
「これが毎日、バレンタインまで続くかと思うと、頭が痛くなりますよ……」
「別に僕は受け取っても構わないの、」
「そうはいきません!!」栗林は手を大に広げて叫んだ。その顔は明らかに怒気を含んでいる。
湯川は思わず口をつぐんだ。
「事件の捜査にのめり込みすぎて、研究に支障が出てるんですよ!?それなのにバレンタインなんてものに浮かれている場合じゃないんです!!それにね、一つもらっちゃったらキリがないんですよ!?全部もらう事になって、それに時間を取られて、それでまた研究に支障が出る!ほらね、ずるい!!」
「本音が出てますよ、栗林助手」
ギクリと肩をあげた栗林が、ゆっくり後ろを振り返る。
白い毛糸のポンチョを着た綾乃が立っていた。
「き、君もチョコレートなんというものを渡しに、」
「違います。湯川准教授をお迎えに参りました」
「迎え?」栗林は首を傾げる。湯川は顎を触りながら目を瞑っていたが、何か思い出したように手を叩いた。
「そうだ。今日は草薙と約束をしていたんだ。夜に食事でもと」
「草薙刑事と?でもなんで君が迎えに、」
「私と草薙刑事は十数年来、兄弟のようにお付き合いさせていただいておりまして。今日の夕食も一緒にどうかと誘われたのですが……待てどくらせど。時間になってもご友人である湯川准教授が姿を現さないので、こうやってお迎えに出向いたのです。そしたらまあ、忘れていたと准教授がのたまうじゃないですか」
綾乃の突き刺さる言葉と、あまりにも鋭い視線に二人はたじろぐ。
明らかに虫の居所が悪い綾乃に、湯川は苦し紛れに言い訳を口にした。
「――く、栗林さんが帰してくれなくてね」
「僕のせいにするんですか!?」
「一月以上前に約束していたんですから、今日は来て頂きますよ准教授。よく草薙刑事の約束を放っては実験しているのですからたまには約束守ってくださいね。栗林さんも、良いですか?良いですよね。悪いだなんて言うわけがありませんよね」
「は、はい」一言一言の度に縮こまる栗林を尻目に、綾乃は湯川を研究室から引っ張り出したのだった。