沈黙が部屋を支配した。虎徹とバーナビーは眉間に皺を寄せて目を瞬かせた。

「ええと、つまり……シシーちゃんは本当にターミネーターだってこと?」
「いいえ違います。私の体に金属は使用されておりません」
「虎徹さんは黙っててください。シシー、続けて」
「――はい。まず、私のようなバイオテクノロジーを駆使して知力や身体能力、外見を初めから決められた状態で誕生した人造人間のことをバイオロイドと言います。それは倫理的な問題があるということで国際的に禁止されております」
「禁忌を破って子供を生ませたわけか……」
「……どちらかといえば、作られた、の方が正しいと思います」
「作られた?」

 シシーはそう言ってから視線を落とした。
 自分の生い立ちを誰かに話すのは初めてのことだし、何よりもバーナビーが聞いている。自分が人造人間だと知ればバーナビーはどんな顔をするのか気がかりではあったが、今は全て話すべきだと思い、閉じかけた口を開いた。

「私の母は研究所の所長で、その研究の責任者でもありました。名前は、ナルシッサ・ベネディクト」
「それじゃあバニーが見た犯罪者ってのは……」
「私の母でございます」
「でも子供はいないって書いてありましたけど」
「知力、容姿など、使われた遺伝子の大半はナルシッサ・ベネディクトのものでしたから」
「だから母と……」
「瓜二つなのもそのせいか」
「はい。ナルシッサ・ベネディクトの遺伝子を基にして、ネクストの能力を持つ遺伝子を組み込むといった方法で研究を繰り返しておりました。勿論初めは失敗ばかりでしたが、何度も掛け合わせていくうちにネクストの力を得たバイオロイドが完成致していきました」
「それが、貴女ですか?」
「そうでございます。知力や身体能力の他にネクストの能力である『千里眼』、サヴァン症の『直感像記憶』、痛みに鈍く、異常な程に高めた自然治癒力。これらを全て遺伝子操作によって組み込まれております」

 作られたという言葉の意味がわかった二人は困惑した顔でシシーを見た。

「なんだよそれ、一体なんのためにそんなこと――」
「戦争の為です、虎徹様」

 平和だったシュテルンビルドには縁のない言葉ではあるが、未だに世界のどこかで恨み合い毎日殺し合いが起きているのは虎徹も知っていた。

「それだけの能力があれば、歩兵何百人の力になる。そう考えた母は、私たちを兵器として売るつもりでおりました。ですが、それにはあまりにもコストがかかります。一人作るのに対し、膨大な金額と時間が必要でした。それにバイオロイドとはいえ、人間の遺伝子を組み換えただけでございますから『死』はつきもの。ましてや戦場にいくなら尚更……。母は考えました、死なない人間をどうすれば作ることができるかと。しばらく悩んでいましたが、ふとあることを考えつきました。肉体は金属で作れば良いと」

 話は既にSF小説のように真実とは思えないところまできていた。だが二人は冗談だと笑い飛ばすことができなかった。
「身体をロボットにすることで死を無くし、バイオロイドの遺伝子だけを使うことでコストが下げられるということに気付きました」とシシーは付け足した。

「母がそれを思いついた矢先、ほとんど他人を入れることがなかった研究所に三人の方がやって参りました」
「おいそれって……」
「まさか――両親と僕?」

 バーナビーは瞠目していた。両親が犯罪に荷担しようとしていたことに驚きを隠せなかった。それに気づいたシシーは慌てて首を振った。

「お間違えにならないでください。バーナビー様のご両親は、母に騙されて研究所に来ただけなのでございます。お二方は初め、医療関係の研究所だと言われ連れてこられたのです」
「――でもその研究所の事実を知ってしまった」

「その通りでございます……」バーナビーの言葉にシシーはうなだれた。

「母はしばらくお二方の様子を観察しておりました。信頼に足る方だと判断し、母は嬉々として巡らせていた構想をお二人に話しました。ですが、そんな話を聞いて普通の人は賛同するはずがありません。お二方は怒りを露わにして母を咎めました。それでも尚聞く耳を持たない母に恐れ、その日のうちに研究所から出て行きました。バーナビー様を連れて」
「だから父さんは僕に全て忘れさせたのか……」
「バイオロイドの記憶なんておぞましいものを覚えていること自体、極めて危険なことですから。お父上の判断は正しいと思います」

「これで私の知り得ることは全てです」シシーは顔をあげずにベッドに向かって言った。
 全て話してしまった。自分が作られた人間だということも言ってしまった。母のことも、本当の母親ではないにしろ犯罪者の遺伝子が混ざっていることも知られてしまった。
 だがシシーは後悔していなかった。バーナビーが自分のことを思い出してくれた。それにバーナビーと少しでも一緒にいることができた。それだけで充分だった。

 「気味が悪いとは思います。母の変わりに罵倒してくださっても構いません。一緒にいることを拒絶していただいても結構です」

 もしそうなったとしたら、最後に声を聞ければ良いと願いながら、シシー二人の言葉を待った。
 再び沈黙が訪れた。これから何を言われても良いようにシシーは覚悟を決めて目を閉じた。

「――っく」

 固唾を飲んで緊張するシシーとは対照的に、聞こえてきたのは虎徹が噴出した声。シシーは思わず顔を上げた。

「いや、ワリ。だって、作られたって言っても、全然そうは見えねえからさ」
「それは遺伝子操作されただけですので見た目は普通の人間に見えるかと、」
「そうじゃなくってよ。バイオハザードだかなんだかしらねえけど、バニーのサプライズの手伝いなんかしないんじゃねえの?」
「そ、それは成り行き上で……」
「――確かにそうですね。それに焼肉見て目を輝かせるバイオロイドなんて、聞いたことないですよ」
「あ、あれはですね、」
「そーそー! それにあの時の飲みっぷりはやばかったな。――やべ、思い出したらまた腹痛くなってきた」
「あれはすごかったですからね。ビール一気飲みで負けず嫌いを発揮するバイオロイドなんていませんよ」

 二人は何故か笑いあっている。シシーはそんな二人を交互に見ながら困り果てた顔をしていた。

「そういえばこの間なんて買っておいたキャンディの袋、二十分くらいで食べ終わっちゃったんですよ」
「どんだけ甘党だよ! あ、でも俺も前にキャンディポケットに一杯入れてるとこ見たわ」
「何かしら甘いもの持ってるんですね」
「俺よくチョコレートもらうわ」
「あの、お二人とも――」

 シシーは顔が赤くなっていた。なぜか始まった恥ずかしい話の暴露大会に花が咲いていることに混乱していた。

「俺が打ったメールを見間違えて病院に駆けつけてくるし」
「能力使えばどんな状況かわかるんじゃないんですか?」
「え、っと、あの時はバーナビー様が怪我をしたと思って、いてもたってもられなくて能力を使うの忘れてて……」
「天然だ」
「天然ですね」
「も、もう、お二人とも一体、」
「人のこと考えて四苦八苦するような人造人間いねえよ。な、バニー」
「え?」
「そうですね」
「つーわけだからさ、やっぱりシシーは俺らと同じ人間だ。だから変な心配はすんな」

 話が飛躍していて、理解するのに時間がかかってシシーは唖然とした。
 この人達は自分を差別することなく、一人の人間としてみてくれたんだ。そしてこれからも以前と変わりなく一緒にいるつもりなのだと、二人の言葉の意味をようやく汲み取った時、シシーの瞳からは涙があふれていた。

「――ありがとう、ございます」
「いいってことよ」

 虎徹の手はわしわしと泣きじゃくるシシーの頭を撫で回す。それを見たバーナビーはムッとした表情をして虎徹の手を掴んだ。

「触りすぎです。もう充分でしょ」
「うわ、バニーが嫉妬した! コワーイ」
「当たり前でしょう!? 恋人が他の男に触られてるの見て喜ぶ男なんていませんよ!」
「え」

 声を出して驚いたのはシシーだった。虎徹は目を見開いてぽかんとしている。

「え、ってどういうことですかシシー。だって僕さっき貴女に告白したんですよ。それに貴女だってあの時僕のこと慕ってるって言ったじゃないですか」
「そ、それは確かに言いましたけど……私はバイオロイドでございますし、それに、」
「だからそういうことは関係ないって言ってるじゃないですか」

 何故か雲行きが怪しくなっていく二人を見て、虎徹が慌ててバーナビーの腕を掴んだ。

「ちょ、バニー、バニー!」
「なんですか!」
「こっちきて早く!」

 そういって二人は部屋の隅へと移動すると、メカニックの斉藤に負けず劣らずの声量で話し始める。

「お前、シシーに告白したのか!」
「当たり前じゃないですか。全部終わってから言おうって決めてたんです」
「そ、そうか。じゃあ、気付いてないとか?」
「好きだって言ったのに気付いてないとかどこの間抜けですか」
「いやーでもほら、意外と抜けてるからなシシーちゃんってば」
「――確かにそうですね」
「もっかい言えば? 俺が証人にもなるしよ。シシーもお前のこと好きだっていったんだろ」
「そうですけど、また気付かれなかったらどうするんですか」
「そうならないようにちゃんと言えば良いんだよ!」

 そして虎徹はバーナビーの背中を押した。

「よっしゃいけ、バーナビー!」
「――こういう時だけあだ名じゃない」

 バーナビーはふう、と息を吐くとベッドの横にある椅子に腰掛けてシシーの手を取った。

「シシー」
「は、はい」
「シシーが好きです。これからもずっと僕と一緒にいて欲しい。勿論恋人として」

 虎徹の前だというのに恥ずかしげもなく言いのけた。シシーは再び顔を真っ赤にしてあわあわと口を開けて狼狽していたが、きゅっと口を閉じて俯くと、蚊の鳴くような声で呟いた。

「――申し訳、ございません」

 それを聞いたバーナビーは勿論、虎徹ですら固まって動くことができなかった。



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