ほっとして胸をなで下ろすシシーの前に、バーナビーは視線を同じ位置にするように屈んだ。
「終わりましたよ。全部」
「――はい」
「ありがとう、シシー」
「私は、何もしておりません……」
恥ずかしそうに俯くシシーの髪はボロボロで、前髪で以前のように顔が隠れてしまっていた。
「そんなことありません。貴女がいたからここまでこれたんですから」
そう言ってバーナビーはシシーの頬についた汚れを拭った。
全てを思い出したと言ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。
思い出す前よりも愛しく感じる目の前の存在に気付けば顔が綻んでいた。
「シシー、この事件が片付いたら話があるんです。聞いてくれますか?」
「勿論で、ございます」
「ありがとう、シシー」
再びお礼を述べて、シシーの頭を優しく撫でていると後ろから声がした。
「俺には礼はいいからな」
バーナビーは横目で見やると、虎徹が鼻をかきながら自慢げに笑っていた。それが少し癪に触って、バーナビーはわざとらしく溜め息をついて肩をすくめた。
「貴方にはお礼なんて言いませんよ」
「へっ?」
「なんで僕を騙したんです? 最初から閃光弾だって言えばいいじゃないですか」
「そんな事したらバレちまうだろ。アイツ、心が読める能力なんだぞ。な。シシー」
「確かにその通りでございます」
顔を見合わせる二人にバーナビーは訝しげな顔をして訊いた。
「心が読める? 耳が良いんじゃ?」
「まーだ気付いてなかったか。にっぶいなぁ」
「敵を騙すにはまず味方から、という作戦だったのでございます」
「そゆこと。シシーがあの時、話を合わせてくれて助かったよ」
「あらかじめ虎徹様に質問されるまで何も答えるなとご命令されておりましたから。ですがジェイクが一人の心しか読めないことに気付くとは、さすがでございます虎徹様」
「え、あ、おう」
尊敬の眼差しを送るシシーに虎徹は堅い表情で笑った。
バーナビーは一人、納得のいかない顔をしながら虎徹に訊いた。
「――どうやって分かったんです?」
ジェイクの能力が心を読むことだと、なぜ虎徹は気付いたのか疑問だった。戦っていた時も能力を見せる素振りなんてなかったはずなのに、虎徹はどうしてジェイクの能力を見抜いたのか。
虎徹は帽子をかぶりなおしながら言った。
「アイツ、俺の事「虎徹」って呼んだんだ。俺の本名は公になってない。なのになんで、俺の名前を知っていたのか。あん時、心の声を聞いたんじゃねえかってな」
ジェイクとの試合中、気持ちを落ち着かせるために虎徹は心の中で自身の名前を呟いた。それが聞こえていたから名前がわかったのだと推測したのだ。
「だから全部聞こえてる……」
「そうだ」
普段はあまり冴えない虎徹にこんな洞察力があったことにバーナビーは内心脱帽していた。しかしそれを口にでもすれば、途端に調子に乗るだろう姿を想像して、言わないことにした。
「それにしても、超聴覚って何ですか。筋肉の音を聞く? もう少し真実味のある事を言って下さいよ。僕があなたの言う事を信じなかったらどうするつもりだったんですか?」
褒める代わりに悪態をついてみれば、虎徹はけろっとした顔で答えた。
「それはねーだろ」
「え?」
「だって俺は、お前が俺を信じてくれるって信じてたからな」
至って冷静な表情をして答える虎徹に、バーナビーは驚きを隠せなかった。
信用しないと言った自分をここまで信用している。バーナビーはそれが純粋に嬉しかった。
改まって見ると、虎徹が今までと違って見えた。
事件は解決した。そんな空気が漂い始めた時だった。エンジンのけたたましい音がした。三人が音の方を見てみると、クリームがヘリコプターを操縦しながらマイクを握っていた。
『ジェイク様を渡しなさい。人質がいるのをお忘れ? 市民の命がどうなってもいいのかしら』
「貴様ら……!」
バーナビーは焦る。ジェイクを倒したとはいえ、パワードスーツは未だにシュテルンビルドの柱に張り付いたままだった。そちらをなんとかしないと、この街に平和は訪れない。
「残念だったなぁ……」
人質がまだいるときいて、手出しできないことに気付いたジェイクは立ち上がった。
緊張するバーナビーと対照的に、虎徹は不敵に笑って言った。
「残念なのはお前だよ」
「あ?」
「人質なんてどこにいんだよ?」
虎徹の言葉の意味はすぐに理解できた。アリーナにあるモニターに、ヒーローの姿が映っていた。
『はぁーい、こちらは今パワードスーツを破壊したところでーす』
ブルーローズは一番映りの良い角度で微笑むと、瓦礫と化したパワードスーツを指差して笑った。
『このぬいぐるみ可愛いわあ。チュッチュ』
ファイヤーエンブレムは取り出したマッドベアを両手いっぱいに抱えて、頬や口に容赦なく口付けている。
パワードスーツの山の上でピースをしながら笑うドラゴンキッドが言った。
『スタジオさーん』
『『お返しまーす』』
最後は三人で合わせるようにして言った。
放送を見終わったジェイクの顔はあおざめていた。試合には負け、人質も全て解放されてしまえばこちらには何もないからだ。
「もうお前らの好きにはさせねぇぞ」
虎徹が言った。ジェイクはゆっくりと後ずさりしたかと思うと、ヘリコプターに向かって駆けだした。
「おいクリーム、受け止めろ!」
ジェイクはアリーナの屋根から駆け抜けると、クリームの操縦するヘリコプターへと飛び乗ろうとした。
「ジェイク様!」
「させるかぁー!」
このままみすみす逃がすようなことはしなかった。虎徹は怪我の痛みを忘れ、時計に仕込んでいたギミックを使い、ジェイクに向かってワイヤーを投げつけた。それはジェイクの腕に絡みつく。寸でのところでヘリコプターに乗せずには済んだが、捕まったジェイクは激怒していた。
「離せってんだこのやろうがああ!」
ジェイクは虎徹めがけてバリアを撃ちまくる。連射されたバリアは虎徹に当たることはなかったが、屋根を破壊していく。
ぐらりと、足元が揺れた。ジェイクの攻撃によって崩れようとしている場所にはバーナビーがいた。
「しまっ――」
バーナビーは動くことができなかった。バーナビーもまた、虎徹と同様に無理をしたせいで立っているのもやっとだったからだ。
スローモーションがかかったように足場が歪んで崩れた。刹那、体に何かが激突した。その衝撃でバーナビーは後ろに倒れてるが、幸いそこはまだ崩れてはおらず、腰を打ち付けるだけですんだ。
だが、目の前で起こっていることでその痛みは吹き飛んでいった。
バーナビーがいた場所にはシシーがいた。先ほどの衝撃はシシーが体当たりしてきたのだ。
理由は一つしかない。バーナビーを助ける為だった。
シシーは言葉を発することなく瓦礫と共に落ちていく。
シシーが死ぬ。そう思ったバーナビーは必死に手を差し伸べたのだった。