04.Rufus
「ウェートレス!こっちも頼む」
「すみません、今忙しいの。」
「さっき頼んだのはまだか?」
楽屋から階段を降りて、客席を見回して、私はある事に気が付いた。
ステージに目がいきがちだけど、肝心のフロアが全然回ってない。
客はイライラし始めてるのに、ウェートレスは誰一人急ごうとなんてしてなかった。
……なるほど、だからクラウドはステージとバーテンダーを兼任してるって訳ね。
そこで思いついた、あるアイデア。
上着を脱いで、ふっと息をつく。
私はカウンターにひとつ置かれたトレーを手に取った。
悪あがきでもなんでもしてやる、私は絶対ここのステージに立つって決めたんだ。
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「テキーラと……あそこのお客さんにはコスモポリタン。あと赤ワイン1つと、お水を1杯だけお願い。」
空になったグラスをカウンターに持って行って、クラウドに首を傾げてみせる。
そのトレーを見て、彼は眉を顰めた。
「あんた、一体何して……」
「一晩だけでいいから働かせて。
ここにいるウェートレス達の20倍は役に立つから。
給料も要らない。」
はぁ。と、クラウドがため息をつく。
「俺に人を雇う権利があると思うか?」
「だったら勝手に働くわ。ほら、早く。」
「……どうなっても知らないからな。」
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結局あれから4日はタダ働きしたと思う。
むしろ毎回入場料を支払ってるから、大赤字だ。
それでも、私はお金以上のものをそこで得た。
トレーを運びながら客席を見回す。
あそこの男性はいつもテキーラ2杯、そこのカップルは白ワインと赤ワインを1つずつ……
頭の中で繰り返し唱えながら、トレーの上に乗ったドリンクを捌いていく。
最後のドリンクをテーブルに置いて、その時ちょうどフロアの照明がおちた。
よし、今日も上出来。
そして客の目がすべて、ステージに向けられる。
私もそのステージに目を奪われつつ、次は空になったグラスを集めて回った。
……いつか、私もあの煌びやかな舞台に立ってみせるんだと、心の中の炎を燃やしながら。
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「……あれ、この間楽屋に来てた子かい?」
マダム・マムは、客席にナマエを見つけて首を傾げた。
「はい、そうだと思います。」
隣で頷くのは、銀の髪とモノクルが特徴的な少年。
チャドリーと呼ばれた彼が、こくりと頷く。
「……クラウド。あの小娘は何をしてるんだい」
「仕事を探していた。
新人のウェートレスだ。」
「あんた、勝手に雇った訳じゃないだろうね」
「まさか。
彼女が勝手に働き始めたんだ。」
「信じ難い事ですね……」
「ナマエって名前だ。」
次はチャドリーが首を傾げる。
そしてマムを見上げると、彼女はナマエに目をやった。
「ナマエ。ちょっと来な。」
その声に、ナマエが顔を上げる。
トレーを置いて歩み寄った彼女に、マムは立ち上がってナマエの服を摘んだ。
「あんたね……今後はあたしに断りもせず働くんじゃないよ。」
「すみません!
……って、えっ?それって、その、正式に……」
「ぐちぐち言ってんじゃないよ、客は待ってるんだ。
さっさと行ってきな!」
背中を押されたナマエはトレーを持ち直してフロアに戻る。
クラウドに目を向けると彼の瞳もナマエに向いていて、ナマエは肩を竦めて見せた。
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幕間を縫うように、客の間をすり抜けてドリンクを運ぶ。
まだまだ働き始めたばかりだけど、なんとなく掴めてきた。
楽しい、と思った。
心を弾ませながら空のグラスをトレーに乗せていく。
騒がしい客席。
でも、次の瞬間、私の足はなぜか止まった。
「そこのお嬢さん。」
賑やかなはずのフロア。
そこから真っ直ぐに届いた声に、私が振り向くのはごく自然な事だった。
視線の先には、クリーム色とも銀とも言える髪を掻き上げた若い男性。
でも、その声には何か私から力を奪うような力強さがある。
「スコッチとシャンパンを。
……それから、ジェシーを呼んでくれ。」
ジェシーを?何の用があるんだろう。
「その……あなたは?」
私の問いに、彼がふっと笑う。
「ただの古い常連だ。」
そして差し出されたのは、ブラックカード。
その所作の隅々に育ちの良さも見える。
「ルーファウス。君は?」
「ナマエよ。」
それだけ答えて立ち去ろうとした私を、ルーファウスと名乗った彼が呼び止めた。