03.楽屋
金髪の彼は、不思議な男性だった。
ニコニコ愛想良く振舞ってくれる訳じゃないのに、時折小さく頷く彼に、なんだかずっと話していられる気分になる。
なんだか親近感というか、近所のお兄ちゃん感というか。
よし。と心の中で自分を鼓舞して、私はついに彼に切り出した。
「ステージに上がるには、誰に媚びればいい?」
私の言葉に、彼の瞳が見開かれる。
「俺に媚びてるのか?」
「まさか。厚化粧の人に媚びても仕方ないわ。」
「はぁ……楽屋に行って、マムに会ってみろ。
媚びるならあの人だ。」
ため息をつきながらも親切に教えてくれた彼の言葉に頷いて、肩にかけたバッグを持ち直す。
「ザントリーフ。」
背を向けた私を彼がもう一度呼び止めた。
振り返ると、差し出された彼の名刺。
"Cloud Strife"
勇ましくて強い名前だ。なんて、彼の名刺を読んで思う。
「俺の名前を使え。」
「ありがとう。クラウド。」
名刺を受け取って、私は改めて楽屋に足を進めた。
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「……相棒。」
「なんだ。」
「見たか、あいつ。」
「ああ、見た。」
「俺は分かる。
あいつは大物になるぜ。」
「そうだな。」
「そしたら、俺たちが連れてきたって周りに自慢してやらねえとな?」
「ああ。」
「しっかし本当に……
向かいに建ってる高層ビルなんかよりよっぽど、こっちの景色が好きだな、俺は。」
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「幕間は5分です!」
「やば、急いで!」
「まだジェシー来てないの!?」
恐る恐る足を踏み入れた楽屋。
そこは騒がしくて、でも……夢が詰まった空間。
セクシーな衣装に色とりどりのアクセサリー。
それを身につけるダンサーたちは、まるで映画から出てきたプリンセスみたいだ。
「ねえ、トイレが流れないんだけど!」
「修理する金なんてないんだから、諦めるんだな。」
……今のは、少し想像と違うけど。
呆気に取られる私を、誰かが押しのける。
振り返ると、彼女もダンサーのひとりだった。
「マム!コンタクトがないの!」
「知らないよ!舞台で転ぶ時は色っぽくしな!」
ダンサーの目線を追うと、そこにはドレッサーの前に腰掛けた大人な雰囲気の女性。
マム……彼女だ、クラウドが言っていたのは。
「すみません、貴方がマムさん?」
「そうだけど、鏡越しに話しかけるなんてどこのお嬢様だい。」
「ああ……すみません。
えっと、仕事を探してるんです。
……あっ、クラウドの紹介で!」
横から彼の名刺を差し出す。
マムはそれに1度も目もくれず、リップに紅をさした。
「経験は?」
「あんまりないけど、でも踊れます。」
「……オーディションがあるから、それに申し込みな。」
「日程は?」
彼女が、はぁ。とため息をつく。
忙しいのか、メイクをする手も忙しない。
「ちょっと!ジェシーはどこだい!?」
「また遅刻よ」
マムの呼び掛けに、近くのダンサーが呆れたように答えた。
「私なら遅刻しない、」
「そう、いい心がけだね。悪いけど今忙しいんだ、また今度来な。」
「ショーに感動したの、ここで働かせて!」
「間が悪かったね。クラウドに名前と電話番号を。
気が向いたら連絡するよ。」
ついに彼女はぽんぽんと私の肩を叩いて立ち去っていく。
……仕方ない、また時間を改めよう。
そうして客席に戻るための階段を降りようとしたその時、私の肩が誰かにぶつかった。
「ちょっと」
サングラスに、ゴージャスなファーのコート。
甘い香水の匂いと、巻かれた髪を靡かせた彼女は、荷物をドレッサーの前にどすっと置いた。
その姿を見たマムがはっとする。
「ジェシー!今ちょうどあんたの話をしてたんだ。」
とっさにマムが捕まえたダンサーがこくこくと頷く。
「ジェシーがいない幕開けは寂しいけど、2曲目に間に合えばいいねって」
「マニキュアに手間取って、服だって決まらなかったの。分かるでしょ?」
「新しい仕事探しの方がよっぽど時間が掛かるよ。
さっさと支度しな!」
はいはい。と頷いたジェシーと呼ばれるその人が、鏡越しに私に話しかける。
「ストレートのマティーニを持ってきて、大急ぎ。」
「あ、えっと……私まだここで働いてなくて。」
「だったら暇ね。」
……癪に障る。と、素直に思った。
ふ、と小さく笑って、私も鏡越しに彼女を見つめる。
美しいけど、外見だけだ。
「……ねえ、そんなに見つめて失礼じゃない?」
「ああ、すごくキレイだから、思わず。」
私の言葉に、気を良くした彼女がふっと笑う。
「そう?だったらどれだけでもどうぞ。」
「貴方が男だなんて、きっと誰も気付かないわね。」
「はぁ!?」
べーっと舌を出して、私は楽屋を後にした。