Episode 14
熱のこもった、俺を見つめるあの瞳が瞼から離れない。
妹のような存在だと思っていた。
いや、実際そうだったはずだ。
同じ故郷で育ち、何にも馴染めず頼れなかった俺たちは、互いに磁石のように引かれあった。
何もかもを失ったナマエを前に、この存在を俺が守らないといけないと幼いながらに強く思ったのを、今でもよく覚えている。
でも、彼女は強かった。
何にも寄りかからず、ひとりきりで、まるで何かを誤魔化すように必死に生きていくナマエを見て、
次第に俺のその心も離れ、あの日、俺は身一つでニブルヘイムを飛び出したんだ。
さっきナマエの目を見つめた時、心の中を埋めつくしたのはあの時の記憶と決意。
"俺がナマエを守る。"
でも、何かがあの時と違うのは確かだった。
その何かが、なんなのか。
その答えは、まだ分からないままだけど。
クラウドとエアリスさんと別れて、観客席に戻る。
舞台はもう盛り上がりの真骨頂を迎えて、ボルテージは上がりきっていた。
席に座って画面を見ると、ポップなイラストと共に表示される「Surprise」の文字。
……コルネオ杯の優勝はクラウドたちで決まりじゃなかったっけ?
先輩とリーダーが振り返って私を見る。
カッターとスイーパーをぶっ壊されたからかどことなくテンションが低いが、まだ2人は帰るつもりはないようだ。
先輩が私にいたずらっぽく笑う。
「ああ、ナマエ。おかえりー。
彼と抜け出して帰ってこないんじゃないかって話してたんだけど、案外早かったね。」
その言葉に、次はリーダーが乗っかった。
「彼氏とイチャイチャしなくて良かったのか?」
「もう、何ですか それ!
彼氏じゃないですから!」
慌てて否定する私を見て、2人がうんうんと頷く。
「じゃあ、絶賛片思い中か。」
「だな。」
……いや、まあ、図星ですけど。
話を逸らしたくて、私はモニターを指さした。
「あの、何ですか、あれ。
今から何かあるんですか?」
「ん?ああ。あれな。なんかドン・コルネオからのプレゼントだってよ。」
「プレゼント?」
「もう1マッチやるんだってさ。
まあ私たちはカッター達の活躍を見に来たんだけど……せっかくだから最後まで見ようかなって。」
実況の2人が、さっき以上に観客を煽る。
お客さんたちのテンションは上がりきってて、熱すぎて誰か倒れていそうだ。
『もちろん出場するのは今宵の主役、地下闘技場に突如として舞い降りた新星カップル。
クラウド&エアリス!』
クラウドたちが登場した瞬間、さらに高まる熱気。
「あ、ナマエの未来の彼氏。」
「クラウドー!頑張れー!」
その一方でリーダーは何かふざけた事を言ってるし、先輩もクラウドを応援してるように見えて私をいじってるだけだ。
もうこの人たちの事は知らない。
『対しますは、地下闘技場のさらに地下、地中深く封印されしモンスター、今 解き放たれる!』
『我らがドン・コルネオの秘密兵器、ヘルハウスの、入場です!』
そして相手の紹介があったその時、闘技場の真ん中の床が音を立てて開いた。
その中から出てきたのは……
「家!?」
「家だ」
「家だな」
『謎多き悪魔の家vs最強カップル!
これほどシュールな対戦が今まであったでしょうか!』
『ありません、あるわけがありません』
『歴史に刻まれるのは確実でございます』
『よそ見 まばたきは厳禁でお願いします』
『それでは最終決戦、レディィィィファイッ!!』
戦いの幕が切って落とされる。
ついに最後の試合が始まった。
クラウドの剣が火花を散らしながら、その家を斬りつけていく。
エアリスさんの魔法も強くて、属性の切り替わりを見ながら的確にダメージを与えていく様は、戦いなのに見ていてうっとりする。
それから確実にダメージは蓄積していって、その家が、ある時ついに動きを止めた。
……やったか?
「いや、まだだな。」
リーダーが隣でつぶやく。
その瞬間、その家から手足と頭が生えてきて、ついにそいつはまるで家ではない形相に変わった。
「何あれ……!
動力源は!?プログラミングは!?
つか、なんで手足生やそうと思ったのコレ設計した人!!」
先輩が観客席から身を乗り出す。
さすがは兵器開発部門。
言い方は悪いが、兵器開発部門は機械オタクの集まりみたいなものだ、彼女も例外ではなく、情報収集に余念が無い。
「たしかに……
でも生き物っぽい形にすることで、相手の動向が読めない恐怖みたいなものは与えられるかもな。」
「なるほど!じゃあ私たちの次の兵器には顔の装飾品付けてみる?」
「無駄に予算削るから却下。」
先輩方の話はさておき、私も思わずその家……ヘルハウスに夢中になる。
たしかに属性が変わるのは色々な魔法を使う対人には有効だし、複雑だけど形を変化させるのも面白い。
兵器に攻撃の選択肢は、多ければ多い方がいい。
実際、壱番魔晄炉でガードスコーピオンが破壊されたのは、単一属性という弱みがあの兵器にあったからだと思っていた。
そうこう考えているうちにも、クラウドたちは簡単にとは行かないが攻撃を確実に当てている。
時にはその剣で防いだり受け流したりしながら戦う様子は、まるで踊っているようだった。
クラウド、実はダンスも上手かったりして。
そして程なくしてついに膝をついたのは、ヘルハウスの方だった。
壊れたそれは、まるで最後の足掻きかのように爆発して破片を散らす。
その破片は、観客席の方へ飛んで行った。
「危ない!!」
私が叫んだ瞬間、粉々に砕け散ったそれらの破片。
エアリスさんがやったんだ!
クラウドもその残骸を斬りつけながら高く飛び上がって、ついにそのままヘルハウスの頭部分にその大剣を突き刺した。
その傷口を見て、私は首を傾げる。
丸い金属に縦に一筋入った剣のあと。
あの傷跡、どこかで見た。
……ああ、そうだ。たしかあれは、
「……ローチェさんのバイク、?」
いや、まさかな。
自分の思考に思わず笑う。
ありえないでしょ。ありえない、ありえない。
クラウドがアバランチなんて。