All You Need To Know #2





ナマエとの約束、大人気ないけどすっげえ楽しみで、俺にしては珍しく前の日の夜から着る服を考えたりした。

待ち合わせ場所でナマエを待つ間、彼女がどんな服を着てくるか想像する。


……でも、どんなに待ってもナマエが来ることはなかった。


ナマエの事だ。ただ忘れて寝てましたなんて事は無いだろう。
連絡先から彼女の番号にかける。

着信音が5回ほど鳴って、ついにそれは繋がった。


「あ、もしもしナマエ?
何かあったか?もう約束の時間過ぎて───」

電話が繋がった途端感じる、嫌な予感。
それでも努めて明るく彼女に語りかけようとしたその瞬間、彼女が小さく、でもはっきりと呟いた。


『ごめん、行けない』

「はっ?ちょっ、行けないってどういう……」


電話が切れる。

何かがあった。


考えるより先に、俺はナマエの家に向かって走っていた。





ナマエのアパートの前。
恐る恐るドアをノックして反応を待つ。

「……ナマエ?」


反応がない。
耳を澄ますと、ドアの向こうから水が流れる音が聞こえた。
……風呂に入ってる?




はっとして、全身に鳥肌が立った。
ナマエ、まさか、
心拍数が上がって、息が苦しい。
怒りが渦巻くこの気持ちは、鎮められそうにない。

とっさにドアノブに手をかけると、それに鍵はかかっておらず、そのままがちゃりとドアが開いた。

「ナマエ、入るぞ!」


靴を脱ぎ捨てて風呂場に急ぐ。
聞こえていないのか、シャワーの音は止まらない。

浴室のドアをあけると、そこには
血が滲むまで身体を擦って泣きながらシャワーを浴びるナマエの姿があった。



指先が震える。足元にかかる水が冷たい。
ガスもつけず水のまま浴びてるのか。
彼女の後ろから咄嗟にシャワーを止めて、そのままナマエを強く抱きしめた。


俺に気付いたナマエが、鏡越しに俺を見る。



「……ザッ、クス……?」


「辛かったな。もう大丈夫だ。」



俺の声を聞いた途端、ナマエが泣き崩れた。

そこに積んであったバスタオルでナマエの肩を包んで、向かい合う形で抱きしめ直す。

冷たい身体が震えるのは、寒いからか、何かが恐ろしいからか。


「ごめんなさい、ザックス、ごめんなさい……!」

「ナマエは何も悪くない。大丈夫だ。大丈夫。」

そっと頬を撫でると、ナマエが怯えた目で俺を見上げた。

どうすれば安心するかと、できるだけ穏やかに笑いかける。


優しく髪を撫でて、名前を呼んだ。


「ナマエ、髪切ったな。似合ってる。」


手を取って、可愛く光る指先に口付ける。


「ここも、可愛くなっててびっくりした。」


ナマエが、ふるふると首を振る。
涙目で俺を見上げると、そっと口を開いた。


「……可愛くなんてない。だって、私、」

「ナマエ。」


続きなんて、言う必要もない。
言わせたくなくて、抱きしめてキスで塞ぐ。

俺の熱がうつるように、そのまましばらくそうしていた。



ゆっくりと、唇を離す。
ナマエはかなり落ち着いたようで、怯えてはいるもののしっかりとした目で俺を見た。

その身体を抱き上げて、そっとソファに下ろす。
その前に跪いて、両手を握った。
そっとその両の手の甲に口付けて、ナマエを見上げる。


「ナマエ。」

見つめ返すその瞳はまだ不安に揺れている。


「どんな感情も、不安も、悲しみも、全部俺に預けろ。
どこにいても、俺がナマエを引き上げるから。」

そっと手を伸ばして、その頬を撫でた。
ナマエの伏せた長いまつ毛が綺麗で、見蕩れそうになる。


「ナマエは絶対に1人じゃない。
それだけは、何があっても知っていて欲しい。」

分かったか?と髪を撫でると、ナマエが小さく頷く。


「もし忘れてもいい。また何千回でも伝える。」


優しく抱きしめると、今度はナマエの腕が背中にまわった。


「……ザックス。」

「ん?」

「まだ……一緒に居ても、いい?」

「言っただろ。ナマエは1人にしないよ。
……例えお前が1人になりたくても、離してやらないから覚悟しとけよ?」


耳元で言って首元を擽ると、首を竦めてナマエが小さく笑う。

うん、やっぱりナマエは笑顔が似合うな。
もう、泣きながらボロボロになっているナマエは見たくない。
心臓が掴まれるようなあんな思いは、もうたくさんだ。

絶対に1人になんてしてやるか。
彼女をまた強く抱き締めて、俺はそう心に誓った。








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