骨は海に撒いて欲しい。
「好きですレノさん……好きですレノさん……」
今日は、私の一世一代の決戦の日。
入社以来だから かれこれ1年ほど片思いしている赤髪の彼、レノさんに、私は今日告白するのだと決心したのだ!
……いや、正確に言えば決心したというか玉砕する覚悟を決めたというか、腹を括ったというか。
そんなことはどうでもいいんだ!
とにかく、会社で見かけて一目惚れしてから1年の彼に、私は今日、告白する。
……そしてたぶんフラれる。
そもそもちゃんと話したことほぼ無いし、こっちが勝手にキャーキャーしてるだけで、もしかしたら認識されてないかもしれない。
骨は海に撒いて欲しいです。
そして私は今、レノさんがいる資料室の前で絶賛出待ち中。
スケジュールは受付で働いてる友人からリークを受けて調査済みだ。
これが終われば、レノさんは本日お仕事終了のはず。
そのために今日は必死で仕事を終わらせてきた。
……頑張れ、私。
いくら玉砕覚悟とはいえ、人は結果ではなくて過程だ。
せめて美しく散ろう。
がちゃ。
資料室のドアが開く。
蛍光灯の下で揺れる赤い髪が綺麗に揺れた。
「れ、レノさん!」
「お?おお。お疲れさん。」
逃げられたら困るのでとりあえず声をかける。
彼はわざわざ足を止めてくれて、私に向き直った。
やばい、緊張する、手も震えてきた。
「お疲れ様でございます!」
ステップ1、咄嗟の挨拶が空回った、最悪。
でもそんなパニックの私の言葉に、レノさんがくすっと笑う。
あ、カッコいい。好き。
「くは、何だそれ、流行ってんのか。
ってかお前どこの部署の奴だ?こんな所に人がいるなんて珍しいだろ。」
……やっぱり、認識されてないよな。
ショックだけど、想定内!
こんなことで挫けている場合では無いのだ!
「あ、えっと、実は私、レノさんに会いたくて!
すみません、待ち伏せみたいな事をしてしまって……
驚かせちゃいましたかね、」
なんだか少女漫画みたいなセリフだな、と内心自分に引きながら尋ねる。
「いや、全く驚きはしなかったな。」
彼が可笑しそうににやにやしながら言った。
なんか、含みがある気がする。なんだ?
「あ、そ、そうですか…」
わざとらしく彼が私に背を向けた。
「じゃあ、俺行くわ。」
彼が2歩、3歩と離れていく。
だめだ、まだ伝えてない。
「ちょ、ちょっと、待ってください!」
咄嗟に腕を縋るように掴んだ。
ちょっと失礼だけど、許してほしい。
「ああ、何か言いたい事があるんだったか?」
ゆっくりとした仕草で振り返って、小首を傾げて私を見つめる。
言わなきゃ。
絶対言わなきゃ。
今日は決戦の日なんだ。
「す……」
「す?」
「す……!!」
「寿司を!一緒に食べに行きませんか!!!」
はーー!!!言えなかったーーー!!!!!
顔が赤くなってるのが分かって両手で顔を押える。
最悪だ。終わった。
寿司は好きだけど、お茶がしたい訳じゃなかったのに。
おそるおそる、返事を待って彼を見上げる。
……なんか笑ってない?
肩がカタカタ震えてる。肩だけにってか。
はぁもう、殺すなら一思いに殺してくれ。
「……っく、あっははは!!お前…マジかよ、くくっ、」
遂に吹き出したレノさんは、手の甲で口を押さえながら笑って、私の髪を荒く撫でた。
「いいぜ。行ってやるぞ、と。名前は?」
「ナマエです、」
「ナマエな。
ちょっと待ってろ、準備してくる。」
……え?
なんか、ご飯誘えちゃった?
待って、デートじゃんこんなの!!!
私に一度背を向けた彼の後ろで、思わずガッツポーズをする。
嘘!信じられない、嬉しい、
「あー、わり。」って断られるくらいだろうなと思ってたのに!
レノさんが用意してる間に美味しいお寿司屋さんを調べようとスマホを取り出す。
すると、数歩先に離れたレノさんがふっと振り返った。
「ああ、それと」
親指で上部分が吹き抜け状になった資料室の壁を指差す。
…ん?吹き抜け状?それって、
「全部、丸聞こえだったぞ、と。」
べ、と舌を出して彼はまた歩みを進めた。
今日はナマエの奢りな。
そう呟いた彼の声は、私の絶叫にかき消された。
やっぱり骨は海に撒いて欲しいです。