納涼ハウス





突然だが、私たちの家はボロい。相当ボロい。
この間はクラウドが歩いただけで床を踏み抜いた。
腐っていたみたいだ。
そのくらいボロい。

「……ナマエ、そろそろ引っ越さないか。」

「引っ越せるもんならとっくに引っ越してるよ。
仕方ないでしょ?今はまだお金無いんだから。」

踏み抜いた床に釘で板を打ち付けながら不満げに口を尖らせる彼がため息をつく。


「それに、こんな値段で借りられる部屋なんて他に無いんだから。
我慢だよ我慢。」


とんかちを振りながら文句を垂れる彼を諭すが、彼はやれやれと首を振るばかり。


「そうは言っても限度があるだろ。」

「もう、文句言わないで手を動かす!」


再びため息をつく彼の首にタオルを掛けて汗を拭ってあげると、クラウドは眉を顰めて私を見上げた。


「こんなボロ家だったら、そろそろ幽霊でも出たりしてな。」


「んな訳ないでしょ。」


ハンドクリームを塗りながら鼻で笑う私の方を、クラウドが突然神妙な面持ちで向き直る。
床に置いたとんかちが、ことん。と音を立てたのがいつもより少しよく響いた。




「……これは孤児院の近くの夫婦に聞いた話だ。」

「えっ、何?やめてよ。」



「夜中、誰もいないはずの1階から足音が聞こえてきて」

「やめてってば、ちょっと。」



「それはリビングを通って、階段をのぼって……そして、2人が寝ているベッドの隣でぴたりと止まった。」

「クラウド、ほんとに、ガチで」



「恐る恐る目を開けるとそこには……」

「うわあああもう!!!やめてってば!!!!」


叫ぶ私を揶揄うみたいに笑った彼が、とんとんと床を叩いた。


「床、塞いだぞ。」

「……ありがと。」


首元のタオルで汗を拭いながら、反対の手がぽんぽんと私の頭を撫でる。


「風呂に入ってくる。先に寝ててくれ。」



「……早く上がってよ」

その手をぐいっと引くと、クラウドが小さく首を傾げた。


「怖いのか?」

「はっ!?いや!まさか!全然怖くねーし!!」

「分かった分かった、さっさと寝ろ。」

「言われなくても!寝るし!」


からから笑いながら風呂場に向かう彼を見送って、私は2階の寝室に上がった。



それから、だいたい15分か20分。


「クラウド、遅くない……?」


いつもは10分ちょっとで風呂から出る彼だが、なかなか2階に上がってくる様子がない。



仕方がないから目を閉じて待っていると、
1階のリビングの方から小さく音がした。


ギシ……ギシ……





えっ?いや、まさかね……


ギシ……ギシ……


聞こえないふりしたその音が、今度は階段を1段ずつ上がってくる。

全く、可愛い顔して、クラウドも相当悪いイタズラを考えるヤツだ。


「ちょっと、クラウド!趣味悪いよ!」


目を閉じたまま階段の方に呼び掛ける。



「何か言ったか?」


クラウドのこたえる声は、1階の風呂場から聞こえた。



「……えっ?」


じゃあ、

この足音って

一体




ミシッ……ミシ…………



「クラウド!!!」


思わず叫ぶと、クラウドがドタバタと焦ったように階段を駆け上がって私を抱きしめた。

「っナマエ!どうした!」


「あ、足音が……」


「足音?」


ゆっくりと布団を捲って私の顔を覗き込むクラウドに、心拍数が落ち着いていく。

でも、あれは……?


「クラウドはずっと1階にいたのに、下から足音が上がってきて……と、隣で、止まった、」



クラウドの後ろの階段の方に目を向けられなくて、彼をじっと見つめるその目が涙目になる。

必死な私と対照的にぽかんとした彼が、思い出したように声を出した。

「……ああ。」


「えっ!?反応薄くない!?」


何かを知っているような彼が、私を抱き起こす。

ベッドに座らせると、彼は床板の方を指さした。


「見てろ。」


彼が、その足に体重をかけて床を踏み込む。


みしっ。

古い木材でできたその床板が、その瞬間すこし下に沈んだ。


そして、数秒時間を置くと、ぎしっと音を立てて、その板が沈んだ分反発した。


「ナマエが踏んだ床板が、順に元の形に戻っただけだ。」


何故かご機嫌な彼が、少しドヤ顔でこっちを見る。


「あ……あー、なるほど……」

「お化けかと思ったか?」

「そ、そんな、訳、」


もごもご言い訳をする私を、彼が布団で包んでぎゅうっと抱き締めた。


「可愛いな……」

「うっさい!ばかにすんな!あほぼけ!」

「あ、あほぼけ……?」


なんで遅かったの?と聞くと、「木くずが落ちてたから拾ってただけだ。」と、また彼が笑う。

まあ、存在しないオバケなんか気にする暇があるなら、たぶん貯金額の事を考える方が優先順位高いよな。
なんて何も面白くないことを考えながら、私は目を閉じた。


「おやすみ、クラウド。」

「ああ。おやすみ。」














ギシッ、








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