6/7 時には近場で 編





6月の憂鬱とした空気が吹きだしたころ。
私はクラウドと、ティファのバーで酒をのんでいた。


「雨だねえ、クラウド。」

「そうだな。」


外では雨とカエルの大合唱。
いつものお出かけも、これじゃあ難しそうだ。
バイクなんてもちろんだし、そもそもこの雨の中外を出歩くのはかなり面倒くさい。


そう思っているのは私だけじゃなかったようで、珍しく私たちはどちらからも、「どこか出かけようか」なんて言い出さなかった。

でも、なんとなく毎月の恒例行事になっていた彼とのお出かけ。
行けないのが少し残念に思ってる自分もいる。



クラウドの後ろに乗りたいな、なんて。


「……時にはいいんじゃないか。
こう、のんびりするだけの月があっても。」


グラスを傾けて小さく笑った彼が、私の髪を掬うように撫でる。



「クラウド、私の考えてること読んだ?」


そんな訳ないだろ。とまたグラスに視線を戻したクラウドは、「……でも、」と、小さく呟いた。


「ナマエの考えそうなことくらい、分かる。」


彼の頬があかく染まったのは、その呷ったお酒のせいか、はたまた他の何かか。

見ているこっちが恥ずかしくなって、私も負けじとグラスの中のそれを飲み干した。









「……ナマエ。」



「……ナマエ、おい。」


「ナマエ。もういい加減にしろ。」



はっとして我に返る。

「んおおっ、クラウド!」

「んおお、じゃないだろ。飲みすぎだ。ぼーっとしてたぞ。」


困ったように眉尻を下げたクラウドが、私のグラスを取り上げた。

もう何杯飲んだ?記憶に無い。


たしか照れたクラウドにこっちが恥ずかしくなって、
そして私の頬まで赤くなったのを指摘されたから誤魔化すみたいにまた飲んで、
いい飲みっぷりだなって言われてまた飲んで、
それを見た他の常連さんに煽られてまた飲んで……


クラウドが差し出してくれた水を、ちびちびと飲む。

ってか水いつのまに用意してくれたんだ、好き。



……ここ数ヶ月、ずっとこんな調子だ。
春の初めに彼と出かけてから、気持ちは大きくなる一方。
いつかうっかりこの気持ちを口に出してしまいそうで、気が気じゃない。
頭が全く回ってない今なんて尚更だ。



「ナマエ、もうそろそろ帰らないか。」

「……帰ったら、クラウドも帰るの?」

「まあ……そうなるな。」

「……じゃあ、まだ居る。」


目を見開いたクラウドを横目にお酒をもう一杯ぐいっと呷ったところで、私の記憶はぶつりと途絶えた。











暖かい夢を、見ている。
見たことも無い場所。でも、どこか懐かしい花の香り。
その香りの中心に、私とクラウドがいた。
彼も私も普段着ないような服を身にまとって、クラウドなんてその背に、見たこともないような大きな剣を背負っている。

彼は、泣いていた。
私はそんな彼の腕の中に居て、身体は冷たくなっていくのに、心は暖かいまま。



「だいすき。クラウド。」

その言葉に彼はこくりと頷いて、でも彼の返事を聞く前に、私は眠ってしまった。










すぅっと、意識が浮上する。
ゆっくり目を開けると、見慣れた天井。
……私の家だ。


「起きたか、ナマエ。」


隣から聞こえた声に、思わず肩が跳ねた。


「わっ、クラウド……!!」

「ぐっすり寝てたな。」

「あー……もしかして、酔い潰れちゃった?私。」

「ああ。ここまで運ぶのも一苦労だったな。」

「んあー、ごめん……」


私のアパートの部屋は2階。
大の大人、それに酔い潰れてるとなれば、かなりの労力だったに違いない。


申し訳なくて肩を竦めてみせると、クラウドがふっと笑った。

柔らかく、穏やかに。
まるで……愛おしい誰かにするように。


「久々に、あの時のあんたの言葉を聞けた。」


「あの時?」

「……いや、気にしないでくれ。」



まるで私の存在を確かめるかのように、彼の指先が、私の頬を撫でた。


その感覚に、なんだか泣きそうになる。


覚えのない感情。
まるで、私の中に違う私がいるみたいな。



ふっと離れた彼の手を握りたくなって、はっとした。

いやいやいや……何を考えてるんだ、一体。


じゃあ、おやすみ。と彼が部屋を出ていった方を見つめる。

なんだか苦しくて、切なくて。
でも暖かくて、優しくて。
私は胸元で、ぎゅっと手を握った。








次回、最終回。








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