瞳の奥のあなたを 中編





夜風が肩を撫でる。

慣れたはずの会食。
肩を晒したドレスがいつもより身体を冷やすのは、暖めてくれる人が居ないからだと気付いた。


少し顔を出した星を見上げて、目を乾かす。
何だか最近、泣いてばっかりだな。




ルーファウスが目を覚ましてから、1週間が経った。
本当はもっと長い期間入院しないといけなかったのを、彼は無理を言って退院したらしい。

隙を見せれば足元を掬われるのを、彼はよく知っている。



「だからって、パーティなんてやりすぎじゃない……?」



いつもの高級老舗ホテルの前、高い建物を見上げながらため息をついた。

久々に、家の車で来たなあ。
いつもは彼と一緒に来てたから。


あれからしばらく経つのに、私は彼の影を、未だに追いかけている。







神羅主催のパーティだ。
彼を見ないはずが無かった。
それでも、未だに傷が残るルーファウスの姿を見て、心臓が潰されような思いがした。


愛してるのに、触れられない。


1度は踏ん切りを付けたつもりの気持ちは1週間やそこらで整理がつくものだったはずもなく、呪いのように身体の中を熱とともに巡っている。





そういえば、彼と出会ったのも神羅主催のこんな会食だった。
あれは、まだぎりぎり彼が副社長の時だったっけ。

周りから向けられる探るような視線だけでなく、その事実さえも私の心を押し潰してしまいそうな気がして、涼んでくるとか適当なことを言った私は、ひとり逃げるように会場を出た。






「お嬢さん、おひとりですか?」


適当にグラスをあおっていると、突然隣から声がかけられた。


「あ、まあ……はい。」


こんなところでナンパのつもり?
どこの人だろう、趣味悪いなあ。


思わず怪訝な顔をしていたのか、私の表情を見て相手が苦笑いする。


「ナンパじゃないですよ。
僕すこし人酔いしてしまって。
もし貴女もそうなら、仲間だなって思っただけです。」


人の良さそうな微笑みに、強ばっていた肩をおろして私も笑った。


「なんだ、すみません変な顔しちゃって。
私は人酔いっていうか……居づらくなっちゃって。」


「へえ、苦手な相手でもいましたか?」


「いや……まあ。あはは……」


「俺も居ますよ。ほら、香水キツい人とか、あとは妙に威張ってる人とか。」


「分かります、嫌になっちゃいますよね。」


たわいも無い話の中でも、彼の顔が浮かぶ。
彼の香水は爽やかで近寄りたくなる香りだったし、彼は俺様に見えてかなりの気遣い屋だった。


その男性とのお話は楽しかった。
でも、彼が……ルーファウスが恋しいな、なんて……



「……泣いてるんですか?」

「……えっ?あっ、すみません……」


思わず零してしまった涙を慌てて拭う。
その時、その手を突然男性に取られた。


「ちょっと……!?」


「抜け出しちゃいましょうよ。いいお店を知ってます。」


「いや、でも抜け出すなんてそんな失礼なこと、」


「大丈夫。こんなに人がいるのにバレませんって。」



いやいや、バレるに決まってる。
ただの一般人の集まりでは無いのだ。
みんなどこかに取り入ろうと必死なのに、1人でも抜け出せば誰も気付かないはずなんてない。


手を払おうとした瞬間、その手が予想より遥かに強く握られていた事に気がついた。


こいつ、これが目的で一人になった女に近付いたな。



年齢はルーファウスより少し上。
おおかた、散々周りに急かされた挙句、婚期を逃す前に既成事実を作ってしまおうというところだろう。




嫌だ、絶対やだ。


いくら彼が私を忘れたとしても、私は彼をそう簡単に忘れられないし忘れたくもない。



思えば最初から不自然だったんだ。

かのルーファウス神羅の、元といえども彼女の顔を、ここにいる人間が知らないはずが無かった。
それが嫌で、私は会場を抜け出してきたのに。



「は、離してください、」

「大丈夫だって。良いから黙って来いよ。」





ついに引き寄せられようとした瞬間、力強く私の肩が抱き寄せられた。





……あ、また泣きそう。




「人のパーティで女を引っ掛けようだなんて、大層なご身分らしい。」


「る、ルーファウス神羅……!!」



ふわっと香る爽やかな香水と、強いくせに優しい腕。
顔を見ずとも、すぐに分かった。



「立ち去れ。お前も、お前の会社も、もう神羅に居場所は無い。」



男が、苦虫を噛み潰したような顔をして走り去って行く。


ふっと離れた腕を抱きとめたい気持ちを押し殺して、私は笑顔を作った。


「ありがとうございます、ルーファウス社長。
お見苦しいところをお見せしてしまって、恥ずかしい限りです。」


ああ、あの時と一緒だ、と思った。
彼と初めて出会った時と。


過去のページばかり見返してしまう自分が嫌になる。
助かりましたと頭を下げて、立ち去ろうと背を向けた。



「待て。」


思わず言われた通りに止まってしまった足に、苦笑いする。
でも振り返る気にはなれなくて、私はそのまま俯いた。
勘のいい彼だ、きっともう気付いてるんだろう。

この違和感に。





「間違いであれば謝るが、俺はお前と恋人だったのか?」








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