指輪創作と知り合ったのは事業拡張のためあらゆる業界に触手を伸ばしまくっていたときだった。接触してきたのは向こうからだ。指輪財団とのコネクションを作れるならこれ以上はない。私は何よりも優先して彼との交渉を進め、食事の約束を取り付け、付き合うところまでこぎ着けた。指輪財団に嫁入り。玉の輿。すでに充分稼いでいたが、私の目標は貯蓄じゃない。さらに事業を拡大して、誰にも負けないくらいの一流企業にすること。それだけだ。父の思惑なんて関係ない。女子高生社長の肩書が面白がられてるだけだなんてもう二度と言えないように。

「創作くん、付き合っている人はいるの?」
「付き合う? ……いいえ」
 彼は特に考える様子もなく答えた。小学生なんてまだ幼すぎて、色恋ごとなんてまだわからない様子だ。
「じゃあ、好きな子は?」
「……いません」
 彼は少し目を伏せた。
 仕事の話以外となると、途端に彼は寡黙になる。私は会話を疎むような彼の態度をまったく気にせず、続けた。
「だったら、私と結婚を前提に付き合ってちょうだい」
「……」
 聡い眼差しが、私を見上げた。
「惚れたはれたの話じゃないわ。私の野望のために、指輪財団の力が必要なの」
 私は正直に告げた。子供に下手な誤魔化しや嘘は伝わらない。むしろ、純粋だからこそ正しさを求める。私と同様に。
「……いいですよ」
 ただ、そう答えてくれた彼の心中は、私にはわからない。
 でもいい。彼は私に応えてくれた。それだけで十分だ。



  最近忙しいの、と先輩に訊ねられ、うっかりと「調査で」と答えてしまったところから、間違いだった。
「調査? 仕事じゃないの?」
「いえ、……仕事です」
「どんな調査? 手伝おうか」
 そしてその申し出に魅力を感じてしまったのがいけなかった。
 彼女に美少年探偵団で活動していることがバレてしまった。
 バレてしまったこと、それ自体は問題ないのだが、困ったのは、彼女を他のメンバーに会わせることだった。会わせる前は、何も考えていなかった。むしろ、少し誇らしくすら思っていた。彼女に僕の団員を紹介することは、特別なことだった。
 だから僕は深く考えず、放課後、正門で彼女と待ち合わせ、彼女を僕達の事務所である美術室へ案内した。
「君が創作の彼女か!」
 部室に入り、一番に飛び上がったのは美少年探偵団団長、双頭院学その人だった。
「年上だ! 髪が長い! 話に聞いていたより……」
 学は無遠慮に彼女を上から下までつぶさに観察し、顎をさすると、
「ずっと美しいくびれだ!」
 と、腰に視線を固定した。
「君が……んんと」
 お返し、とばかりに彼女は腰をかがめ、学の全身を観察する。胸元が強調されたが、学はあくまで腰を見ている。見過ぎだ。
「美脚……ではあるけど、美声……? でもあるけど、美食? ではなさそうな感じだし。美学、の双頭院……学くん、かしら」
「ご名答です、麗しきレディ」
 学は胸元に手を添え、恭しくお辞儀をしてみせる。
「申し訳ありません。他のメンバーは少々調査があって出払っておりまして、残っているのは団長である僕だけという有様で」
「忙しいところに来ちゃったかしら」
「いいえ、大したおもてなしもできませんが、そのうち戻ってくると思うのでどうぞおくつろぎください」
 学に勧められソファに腰を下ろした彼女のために、紅茶を淹れる。満先輩ほどうまくはないが、それなりにはなると思う。
「創作、僕にもくれ」
 三人分の紅茶を淹れ、茶菓子と一緒にワゴンに乗せる。
「この部屋、殺風景ね」
 美術室として使われなくなって久しい部屋を眺めながら、彼女が言う。ソファと食器棚など、必要最低限の調度は揃えたが、確かにまだ何か物足りない。
「苗字なまえさん」
「なまえでいいわ。学くん」
「では学と呼び捨てにしてください、なまえさん」
「探偵団とは言うけれど、具体的にはどんなことをしているの?」
 探偵団に守秘義務はない。だから今請け負っている依頼の内容を、学は詳細に彼女に語って聞かせた。彼女をここに連れてきたのは調査の手伝いを頼むためなのだから、どちらにしろ話すわけだが、それにしても学はなんでも話す。話していいことと悪いことの線引をせずに語ってしまう。彼女は依頼に興味を示したようだった。
「私のやるべきことがわかったわ」
 そうしておもむろに立ち上がる。
「そうちゃん、紅茶ごちそうさま。学、せっかくだけれど今日は失礼するわ。何かわかったら連絡する」
 すでに連絡先の交換は済んでいた。彼女は他のメンバーに会う前に飛び出していってしまった。学は彼女を見送ると、ふうん、と僕を振り返った。いやな感じの笑みを向ける。
「そうちゃん、と呼ばれているんだな」
「……だからなんだ」
「呼び捨ての方がより親密な感じがしないか?」
 じり、と胸の奥が焦げた気がした。学の笑みが嫌なものに見える。
「君と彼女の間に愛はない、そうだね」
「契約だ」
 互いの利益のために手を取り合った。そのための約束。それ以上の意味は無い。
 初めからそれは承知の上で、僕は彼女の提案を受け入れ、将来を誓った。
「だが婚約者のいる相手に手を出せば世間的には浮気になるか。ふむ」
 学は不穏なことを言う。婚約であっても、契約は契約。それが反故にされるようなことがあれば、慰謝料を請求することも可能だ。
「だがもう他に考えられない。すまない、創作。僕は道ならぬ恋をしてしまったよ」
 学は正直すぎるほど実直に、僕に告げた。
 その隠し事をしない、相手に無骨なほど誠実に向き合おうとする姿は、僕に婚約を申し出たときの彼女とあまりにもそっくりで――残酷だった。



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