「響也くん……響也くん!」
「ん……?」
 波の音と潮の匂い。海だ。
 肩を揺すられる。目を開けると、青い空が飛び込んできた。
「え……?」
 外!? 驚いて勢いよく起き上がる。わ、という声がしたので振り返ると、いるはずのない人がいた。
「なまえ先生!? なんでここに!? ていうかどこだよ、ここ!?」
「それが、私にもよくわからなくて……」
 なまえ先生は芝生に膝をついて、不安げに辺りを見渡した。俺はここが外であること以上に、なまえ先生の姿に気を取られた。
「ていうか……先生、その恰好……」
「え? それは、響也くんこそ……」
 なまえ先生は俺を見てから、自分の姿を見下ろした。
「これ……制服? 響也くんのと似てる……かも」
「俺の? なんだこれ、パジャマじゃねえし、星奏の制服ですらねえ」
 俺は立ち上がり、自分の身体を捻る。恐る恐る立ち上がったなまえ先生は、心なしか背が低い。
 肌のなめらかさ、目元、髪型が違う。何より、化粧をしていない。
 雰囲気が違う、というか、若い。若返ってる。
「なあ……先生。あんた……」
「あ、ち、違うの、私だって好きでこんな格好してるわけじゃなくて! 起きたらここにいて、この格好して……」
 なまえ先生は赤くなってしどろもどろに言い訳をする。先生は確か28歳。とっくに制服を着る時代は卒業してる。でも、今目の前にいる先生は、無理してる感なくて、いや、元の年齢でもそれはそれで似合ってるだろうけど……じゃなくて。
「ああ、いや、それは俺も一緒だし……じゃなくて、あんた、若返ってる。たぶん」
「……え!?」
 俺の指摘に、なまえ先生は衝撃を受けた表情で頬を手で押さえた。こんなに慌ててる先生、初めて見たかもしれない。
「若返ってるって、どういうこと!?」
「よくわかんねえけど……。よくわかんねえっていうなら、まずここはなんなんだろうな」
 見渡す限り、海と丘だ。
「昨日、夏の全国大会がようやく終わって、寮のベッドでぐっすり眠れる! ってなってたはずなんだが……」
「私も、小日向さんと支倉さんと別れて、すぐに寝ちゃったのよね。これ……夢じゃない、のよね」
 不安そうな顔をする先生に、俺は何も言ってやれない。だってこれが夢じゃないって、俺自身実感してしまってる。こんなリアルな夢ってあるかよ。
「あは、ま、夢でもなきゃ、先生と俺が同じ制服着てるなんて、あり得ねえよな。教師と生徒じゃなくて、同級生として過ごせたらなぁって妄想が現実になっちまったかな……」
「響也くん!」
 ふざけてみたが、先生に厳しい表情で睨まれてしまった。でも、その表情はやっぱり見慣れた凛々しい顔じゃなくて、どこか幼くて……。
「同い年っていうよりは、年下? 16歳くらい……か?」
「もう、まじまじ見ないの!」
 思わずしげしげと顔を見つめていたら、真っ赤になってそっぽを向いてしまった。すげえ、かわいい。
「問題が山積みなんだから、ふざけてる場合じゃないわ。まず、ここがどおこなのか確かめなきゃ。それから、もし夢じゃないのなら……どうやって帰るのか、調べなくちゃいけないわ」
「そっか……。突然来たから、帰りも同じように、寝て起きたら帰ってるかもしれねえけど……」
「そうじゃない場合、困ったことになるわね」
 そういいながら、先生は森の方に向かって歩き出した。
「お、おい、どこ行くんだよ」
「誰かいないか探すのよ。民家とかあるかもしれないし」
「だからって、やたらに知らないところを歩き回るのは危険だぜ。森の中なんて、迷ったら出られなくなる」
「とりあえず、あそこに道はあるわ」
「道? あ……」
 なまえ先生が指さした先には、確かに踏み固めた形跡のある道があった。人が出入りしていることが感じられて、少しホッとする。
 すると、そこに白い猫が現れた。猫は道の真ん中に座る。明らかにこちらを見ていた。尻尾を一振りして立ち上がり、こちらを振り返って、にゃあと鳴き、また歩き出した。
「なんだか着いてこいって言ってるみたいだな」
 そんなわけはないのだが、不思議なことの連続で、ついメルヘンチックな想像をしてしまった。なまえ先生は、一足先に歩き出した。
「あ、おい、先生。マジで行くのかよ」
「ここにいてもしょうがないわ。君が起きるまで待ってみたけど、誰かが来る様子もなかったし」
「え、俺、そんな寝こけてました……?」
 急に恥ずかしくなってきた。考えてみれば、俺、先生に寝顔見られちまったのか。
 猫は俺たちからつかず離れず、どんどん進む。
 どこに案内してくれるのやら、まさか注文の多い料理店でもないだろうな、と不安になってきたところで、俺たちはかなでと支倉に会うことになるのだった。




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