寿海は赤子を大切に抱え、自分の家へ戻っていった。
 不思議なことに、家を出てきたときには二度と戻ってこないだろうと思いつめていた気持ちはすっかりなくなっている。
 今は、この子をなんとか生かさなければという思いだけだった。
 なるべく安全な道を選んで歩いていると、来た時には目に入らなかったものに気が付いた。親子だ。母親が蓑の上に座り込み、その横にぼんやりとした様子で娘が寄り添っていた。母親は目が見えていない。母親の膝の上には、布で包まれた赤子がいた。新生児のようだ。もしかしたら、と寿海はその人に駆け寄った。
「もし」
「はい」
 母親は掠れた声で返事をした。
「あなたは、乳が出ますか」
「ええ、息子を産んだばかりなもので」
 見込み通りだ、と寿海は勢い込むが、母親が抱き寄せた赤子を見て言葉を失った。
「この子は、一口も飲まずに死んでしまったんです」
「……それは……死産でしたか」
「産声も聞けなかったのですから……」
 母親はそう言いながら、いとおしそうに亡骸をあやす。
「失礼ですが……お二人は、なぜここに?」
「実は……家がおとりつぶしになりましたので」
「それでも、身重の女性を放り出すなんて」
「仕方がないのです。夫が、不始末をしましたので」
「そうでしたか……」
 やはり、頼る者がないのだ。目が見えていればまだどこかへ落ち延びようもあったのかもしれないが、行く当てもなく彷徨うには、この森は深すぎる。彼女の体力はここで尽きようとしている。
「親切なお方。ここでお会いできましたのも何かの縁。どうかこの子だけでもつれていってやってはくれないでしょうか」
 自分のことはすっぱり諦めて、子供への深い慈愛ばかりに満ちた声音だった。寿海は迷わず答えた。
「もちろんです。ですが、どうかあなたも一緒に来てはくださいませんか」
「私はもう動けません」
「そう言わずに。あなたを必要としているものがいるのです」
「私を?」
 女性がわずかに顔を上げる。寿海は、女性の手を掴み、赤子に触れさせた。
「……まあ」
「この子は、母親を必要としているのです」
「可哀そうな子」
 女性は赤子を抱き上げると、乳へ押し付けた。赤子はなかなか吸い付けない。寿海が女性に断りを入れ、あふれた乳を指先につけると、それを赤子の口元に運んだ。赤子は唇のない口を動かして、それを吸った。
「……ああ、吸った。吸いました」
「吸いましたか」
「はい。ちゃんと、飲んでいます」
 皮膚も、眼球もない、血まみれの赤子だが、やはり、確かに生きていた。生き延びようとする何者かの強い意思が働いているとしか思えない。赤子に与えられた加護が寿海を引き寄せ、この女性を見つけさせたかのようだ。
「きっとこの子は私の子の生まれ変わりだね。あの子の分まで、生きようとしてくれているんだねぇ……」
 女性は涙ぐみ、今は自力で乳を吸っている赤子と、もう動かない赤子を見比べる。
「私は寿海といいます。この先に、私の庵があります。そこまでおいでくださいませんか」
「寿海様。わかりました。行きましょう。なまえ、おいで」
 女性が手を探る。なまえと呼ばれた娘は、ぼんやりと顔を上げた。ずっと母親に寄り添って、うつらうつらしていたが、母親が寿海に支えられて立ち上がると、着物の裾をしっかりと掴んだ。
「うちへ戻れば漬物があります。冷や飯も少しある。頑張ってください」
「ええ。なまえ、よかったねぇ」
 寿海は三人と小さな亡骸一つを連れて、庵に戻ってきた。朝、永久の別れを告げた我が家だ。そこで、親子にご飯を用意し、その間に、赤子のむき出しの肌を洗い、清潔な布で巻き直してやった。赤子は声一つ発しない。目だけでなく、耳の機能もないようだ。手足もない。それでも生きていた。
「こんなことがあるものなのか……」
 まったく不思議なことだった。
 女性は、ふじと名乗った。ふじに、寿海は赤子の様子を話した。
「普通に考えれば、生きてはいない。だが……」
「ええ、あの子は私の乳を飲みました。きっと、観音様のご加護でしょう」
「ご加護……そうかもしれぬ」
 赤子は不思議な力の働きによって生かされているとしか思えなかった。
 それからは、寿海は新しくできた家族のために働いた。
 なまえは少しずつ打ち解けてくると、すぐに家の中をはしゃぎまわるようになった。まだ五つだという。慣れてみれば、よく笑い、よく喋る、元気な普通の子供だった。彼女と一緒に、寿海は彼女の弟の墓を作ってやった。
「今日からあの子がお前の弟だよ」
 ふじは赤子をなまえに見せる。なまえは赤子の顔を見て泣き出した。
「おや、困った子だねぇ。お姉ちゃんだというのに、泣き虫で」
 赤ん坊の顔があのままでは可哀そうだと寿海は考える。保護のために包帯を巻いているが、それではあまりにもそっけない。だが、義眼や義足をつけてやれるのはもっと大きくなってからだ。
 なまえと赤子はなるべく離していたほうがいいだろうかと思っていたが、数日でその悩みは解消された。いつの間にか、なまえは赤子をあやすようになり、笑いかけていたのだ。
「ほほ、まるで本当の姉弟のようですこと」
「この子には、赤ん坊の気持ちがわかるようだ」
「子供同士、通じるものがあるのかもしれませんね」
 ふじはおっとりと言った。
 一年はあっという間に過ぎた。
 ふじは乳が出なくなって少しして、この世を去った。
「おかあさん」
 朝起きて、隣に寝る母を揺すったなまえは、そこで異変に気付いた。母の体が冷たい。揺すっても、反応がない。
「おかあさん」
 それでも何度か揺する。そのうち、母が「おはよう、なまえ」と微笑んでくれるはずだった。
 しかし、それは起こらない。
「おかあさん」
 ずっと揺すり続けるなまえに、寿海が気付いた。寿海はふじの脈をとり、息を引き取ったことを確かめた。
「なまえ。お母さんは、君の弟のところへ行ったのだ」
「弟は、ここにいるよ」
「この子ではないよ。本当の、君の弟がいるだろう」
 なまえは首を振り、母の着物にしがみつく。
「おかあさん、おきて」
「なまえ」
 寿海は、幼子に死を理解させることの難しさを考えた。
「お母さんは……もう、起きないんだ」
「起きるよ」
「起きないよ」
「なんで」
「もう、ずっと眠るんだよ」
 ほら、見てごらん、とふじの固く閉ざされた瞳を示す。
「こんなに幸福そうに眠っている」
 寿海はその表情のまるで仏のような穏やかさに、思わず息をのんだ。
「……お母さんは、……幸せなのだ」
「ずっとねむってるの、しあわせなの……?」
 なまえはぐずぐずと鼻を鳴らす。
「ああ、そうだ。だから、静かに寝かせてあげよう」
「……んん」
 なまえは布団を掛けなおすと、あやすようにぽんぽん、と布団を叩いた。
 寿海はその頭を抱き寄せた。
「さあ、朝ご飯を食べような」
「はい」
 遺体はしばらく寝かせておこう、と考えながら、寿海はなまえをそっとそばから引きはがした。
 なまえは母がいなくなったことを理解するにつれ、ふさぎ込み、赤ん坊に当たるようになった。落ちくぼんだ眼窩にご飯粒を入れたり、泣かないのをいいことに、揺さぶったりした。母親を取られたとでも思っているのかもしれない。寿海は、やめさせるのに苦労した。他に興味を持てることがあればいいのだが、と考えるが、女の子の好きそうなものは寿海にはわからない。
 ある日、なまえは熱を出した。かなり高熱になり、命も危ういくらいだった。
 寿海は薬を調合し、焚火をくべ続け、汗を拭いてやった。ふと、なまえの隣に赤ん坊が寄り添っていることに気付いた。彼も、なまえが苦しんでいることを感じているらしい。
 半月をかけて、なまえは徐々に回復していった。
 それからは、すっかり赤ん坊をいじめることをしなくなった。寿海の看病も功を奏したようで、なまえは寿海に前よりも心を許してくれるようになった。
 元気になったなまえは、赤ん坊を背負い、庵の周りで遊ぶようになった。目の届く範囲で遊ばせるようにと気を配るのは大変だったが、なまえの笑顔は寿海の安らぎでもあった。
 しばらくして、また医者を始めた。今度は罪滅ぼしだけでなく、子供たちを食わせるためだ。
 それだけで張り合いが違うようだった。

 季節は過ぎ、なまえは七つになった。赤ん坊はみっつになり、寿海は名前を与えることにした。
「百鬼丸だ」
「百鬼丸?」
 なまえは最近、寿海に文字を習っている。寿海は百鬼丸、という字の書き方をなまえに教えた。
「ひゃっきまる」
 なまえは何度も書いては、声に出して繰り返した。
「お前は、百鬼丸だよ」
 そして、百鬼丸を抱き上げて、何度も名前を呼んだ。
 寿海のもう一つの悩みは、なまえの立ち居振る舞いだった。身近にいる大人が寿海だけなので、どうも女性的な振る舞いが身についていないのだ。七つともなれば、手習いの一つも初めていい年齢だ。
「一度、村に連れていくべきか……」
 よく食料を分けてもらいにいく村に、歳の近い娘がいた。その娘と引き合わせてやれたらいいのだが。
「なまえ」
 寿海はさっそくなまえを呼び寄せた。
「今度、私と百鬼丸と、三人で村に行こうか」
「村に?」
 なまえは目を丸くする。これまで、庵の外には連れて行ったことがなかった。
 一週間後、寿海はさっそく百鬼丸を担ぎ、なまえを連れて食料調達に向かった。なまえは興味津々であちらこちらを見、元気に歩いていた。歌を歌い、駆け回った。
 村までは寿海の足では二刻ほどだが、なまえを連れているとさらに半刻も掛かってしまった。
 さすがに疲れたのか、なまえは村の入り口前にある地蔵の前に座り込んでしまった。
「なまえ、もうそこだ」
「ん」
 なまえは足をばたつかせながら、立ち上がろうとしない。
 寿海は何度かなまえを促すが、だめだった。
「仕方がないな」
 寿海も荷物を下ろして、少し休んでいこうとしたところ、子供たちの声がした。
「誰?」
「誰かおるよ」
 彼らはさっそく、なまえに気付いた。なまえは目を見開いて、子供たちを見つめ返した。
「なに?」
「あ、寿海先生だ!」
「寿海先生!」
 子供たちは寿海に気付くと、なまえが寿海の知り合いであることを知り、そして警戒を解いた。
「あんた、寿海先生のとこの子か?」
「名前、なんていうの?」
「……なまえ」
 なまえが喋ると、子供たちはくすくす笑って村へ走っていく。なまえもそれにつられて駆け出した。子供たちは大丈夫そうだ、と寿海は村人たちの方へ歩いて行った。
「いつも助かりますよ」
 わずかばかりの薬を持っていけば、村人たちは嬉しそうな顔をして、野菜やいもを持ち寄ってくれた。そして、今はどこの誰が病気に罹っているか、または怪我をしているかを話し、寿海は診察をする。その中で、様々な話を耳にする。情報と食料を得て、寿海は庵へ帰っていく。
「なまえ、帰るぞ」
 しかし、子供たちの姿がない。村の大人に訊ねれば、すぐに呼び戻されてきた。なまえの上気した頬を見れば、楽しんだことは一目瞭然だった。
「また来よう」
 去りがたそうななまえを、そう言って励まし、帰路に就く。
 家に帰ってからは、いつ村へ行くのかとなまえは何度も訊ねた。そのうちな、と答えながら、寿海は手習いを再開する。
「みんな、字は書けんと言っていた」
「そうだろうな。あの村には教える人がいない」
「先生、教えてあげたら?」
「……そうだなぁ」
 往診の時間くらいならとれるが、そうしょっちゅう村へ行く時間はなかった。
「私は、あれを作らねばならんからな」
「その間に、少しだけ、村に行けばいいでしょう」
 できれば、村人たちとは今の距離を保っていたかった。
 だが、それは寿海の理屈だ。なまえには通用しない。どう言って聞かせようかと悩んでいると、なまえは村に行きたくないのかと眉を寄せた。
「そうじゃない。お前に友達ができたことは私もうれしいよ」
「じゃあ、どうして?」
「百鬼丸がいるからな」
 百鬼丸をずっとおぶさっているわけにもいかない。
「百鬼丸の薬と、包帯、ご飯の支度、いろいろとある。これ以上は割けん」
「……むぅ」
 なまえは百鬼丸を睨んだが、ぷいっと背を向けると外に出て行った。百鬼丸自身に当たらなくなっただけ大人だ。百鬼丸も七つになれば義足をつけてやれるが、まだ先のことだ。それまでは、今の生活は変わらない。百鬼丸が七つになれば、なまえは十三だ。十三といえば、もう嫁ぎ先を考えてもいいころだと気づいて、寿海は絶句した。なまえをどうしてやるか、考えていなかった。ふじも、そこまでは望めないと考えていたのだろう。ただ、なまえを頼みますとしか言わなかった。できれば、いいところに嫁がせてやりたい。あの村ではだめだ。十里行った先に、もう少し大きく、豊かな村がある。そこならどうだろう、と寿海は考えた。なまえが大きくなり、百鬼丸も歩けるようになれば、そこまで連れて行ってやれるだろう。そう、だがまだ先の話だ。寿海は首を振り、家の前でいじけているなまえを呼び戻して、夕飯にした。

 百鬼丸は五つになり、なまえは十一になった。村の子供たちとの交流は続いており、どうやらなまえは女らしさを身に着けたが、山で遊ぶお転婆なところはさらに盛んになっていた。百鬼丸を担いで、どんどん入っていく。イノシシやクマが出るから遠くへ行くなと言ってあるが、まだまだ、危機感は薄い。
「百鬼丸。これ、私の花よ」
 なまえが気に入っている場所は、菖蒲の自生しているところだった。五月になると、一斉に紫色の花をつける。なまえはそのうち一つを手折り、うちに持ち帰って活けた。百鬼丸には、目が見えない代わりに、物の魂が見える力が備わっている。花が咲いているうちはぼんやりと緑色の炎が見えるが、なまえがたおるとそれは散ってしまった。それでも、なまえは楽しそうにして、魂の残り火を持ち帰る。それが、花の形の見えない百鬼丸には不思議に映った。
 だが、百鬼丸にも、その形の花が特になまえには大事なものであることはわかっていた。
 まだ義足はつけられないが、寿海は百鬼丸の顔に面をかぶせ、硝子でできた義眼をはめ込んでいたので、少しは人間らしい見た目になっていた。その口が動くのを見なければ、人形にしか見えない。
「ほら、百鬼丸」
 なまえは百鬼丸を背中から下ろし、花に触れさせる。
「お前、においはわかる? とても爽やかでほのかに甘い匂いがするのよ」
 百鬼丸は地面に座ると、短い肩を伸ばして花を手繰り寄せ、その形を布の上から、肌で感じようとした。それから、なまえに向き直ると、なまえの身体に触れた。なまえの身体は、寿海の身体よりも小さく、柔らかい。背におぶられるのは大きく揺すられるのであまり好きではなかったが、その腕でぎゅ、と抱き寄せられるのは好きだった。
「そうよ。どっちもなまえなのよ。あ、や、め」
 何度も、なまえは百鬼丸に言い聞かせる。百鬼丸に言葉は聞こえないが、なまえに触れていると、声の振動が身体を通して伝わってくるので、発声をしている、ということは感じ取れた。
「ああ、昔はもっとお前が何を考えているかわかったような気がしたのに。最近はぜんぜんね」
 なまえはぱたりと後ろに倒れ、空を仰いだ。
「どうしてかしら。言葉を覚えたし、そろばんだってできるようになったのに。お前の心が遠くなっていくようだ」
 百鬼丸は何も答えない。ただもぞもぞと花の中へ突き進んでいく。なまえはぱっと起き上がると、百鬼丸をひょいと抱え上げた。
「さ、帰ろう。夕飯の時間だ」

 いよいよ百鬼丸は七つになり、寿海と義足を操る練習を始めた。本当なら時間がかかるはずだが、百鬼丸はすぐに立ち上がり、歩けるようになり、走ることさえ簡単にこなした。
「まるで、元からついていたかのような不自由のなさだ」
 寿海は感心半分、恐れ半分でつぶやく。百鬼丸の不思議さが、ここでも発揮された。なまえは走り回る百鬼丸に、はじめは追いかけられていたが、すぐに追い越され、追いかけるようになった。
「ねえ、速いよ!」
 ずっとなまえに背負われていた百鬼丸は、自分の足を得て、どこへでも自由に動き回れるようになった。なまえは少し寂しさを感じる。
「もう、お姉ちゃんがいなくても大丈夫なんだね」
 ある日、山へ入っていった百鬼丸が物の怪に襲われた。寿海が退治して事なきを得たが、その後もたびたび物の怪がやってくるようになった。寿海は、百鬼丸がひきつけているらしいことをすぐにみやぶった。そして、なまえのためにここはもはや安全な場所ではなくなったことを認めなければならなかった。
「なまえ、話がある」
「はい」
 寿海は百鬼丸が外へ行っている間に、なまえを呼び寄せた。
「ここは物の怪に狙われて危ない。ついては、お前を三里先の村に預けようと思う」
「おうちを出るっての? いやよ」
「私も心苦しいが、物の怪は百鬼丸を狙ってここに来る。私だけでは、お前を守ってやれないのだ。離れた村にいれば安心だ。何、私も時折様子を見に行くよ」
「先生、やだ、私を捨てないで」
「ばかな。どこでそんな言葉を覚えた。そんなことするはずがないだろう」
「だって知らない村においてくなんて、ひどいわ。私、物の怪なんて平気よ。百鬼丸のそばにいてあげなくちゃ。私はお姉ちゃんなんだから」
「なまえ。聞き分けなさい」
「やだ!」
 なまえは庵を飛び出した。菖蒲の花畑に倒れ込み、声を殺して泣いた。ふと、あたりが薄暗くなってきたことに気付いた。
「百鬼丸?」
 がさり、と草が揺れるので、なまえはぎくりとして僅かに身を起こす。草陰の向こうに何者かの気配がした。
 物の怪の気配だ。
 ここのところ、よく感じるようになった。空気がひんやりとし、肌が粟立つ。
 逃げ道を目の端で捉えながら、ゆっくりと腕を引き、起き上がろうと足に力を入れる。
 そのとき、物の怪が先に動いた。草むらから黒い影が飛び出して、なまえの頭上を飛び越えた。なまえの背後からは、百鬼丸が飛び出した。木刀を振りかぶって、黒い影を頭から打ちつける。黒い影は悲鳴を上げて、地面に落ち、動かなくなった。
「……百鬼丸!」
 なまえは震える身体に力を込めて起き上がると、百鬼丸に抱き着いた。百鬼丸は木刀を取り落とした。
「私を守って、百鬼丸。ずっと一緒にいたいよ」
 どれだけ物の怪が襲ってこようが、百鬼丸がいてくれるなら怖くない。
 百鬼丸はなまえの身体の震えが収まるまで、抱かれるままに任せていた。




戻る 進む