04ひとりがてん



 カードショップに来て、まず辺りを見渡してしまう。
 いない。と知ってがっかりして、そして、ほっとする。
 カムイさんが奥から出てきてよう、と声を掛けてきたら、カードについて話したり、デッキの構築について話したり、たまに三馬鹿に乱入されたり。
 クエストをこなして、ファイトをこなして……俺は充実した日々を過ごしていた。
「最近熱心だよなぁ、お前」
 カムイさんにも、そう言われる程度には。けど、カムイさんはなにかしっくりこない、と腕を組む。
「頑張るのはいいことだけどさ、張り切りすぎもよくないぜ。ちゃんと休むときは休めよ」
「……わかってます」
 俺はうまく答えられず、目を逸らしてクエストを探しにいった。今日はファイトをしたい。強い相手と、他のことなんて考えられないくらい、熱中できるファイトをして、今日という日を終わらせてしまいたい。
 でも。明日は来てしまう。今日をなんとかやり過ごしても、また頭を悩ませなければならない。一番キツイのは夜だ。風呂に入るとき、必ず思い出してしまう。
 あの日のことを……。

 冷たいシャワーを浴びても、再び灯った火は簡単には消せなくて、ベッドの中で俺を責め続ける。最低だ。最低だ。最低だ。
 俺はなんて最低なんだ。
 思い出したくないのに、どうしてもダメだ。
 あのときの白い肌、丸みを帯びた関節、首筋、濡れた服。足に触れた体温。どれもこれも生々しすぎて、耐えられない。
 ゆりかさん。
 ゆりかさん。ゆりかさん。ゆりかさん。
 俺は汚い。ゆりかさんの名前を呼ぶ資格もない。でもだめなんだ。忘れられないんだ。
 他のことに集中して、一時は頭から閉めだしても、それが終わればまた気がつけば、思い出してる。ゆりかさんの笑顔を、声を、温もりを。
 ゆりかさんは優しくて、内気で、引っ込み思案で、でも本当は明るくて前向きで、好きなことに一生懸命になれる、めちゃくちゃ器用ですげえ人だ。自分の中にあるイメージを本物として作り出せる、すげえ人だ。
 そんなゆりかさんを俺は尊敬してて、一緒にいると楽しくて、また会いたくなって、本当に、特別な人だって思ってたのに。
 俺はあの人を傷つけてしまった。
 怯えさせてしまった。
 嫌われた。失望された。汚いって、気持ち悪いって思われた。絶対そうだ。そうに決まってる。
 俺なんか、ほんとに、自分でもなんでこんな最低なヤツなんだろうって思う。
 もう顔なんか合わせられない。謝りたいけど、それすら罪を重ねる行為のように思えて、何もできない。
 どうしてあんなことしちまったんだろう。
 あんなことさえなければ、今までどおり笑い合えて、もっと自然な形で、思いを伝えることだってできたはずなのに。その結果がどうであろうと、こんなに気まずくはならなかった。
 間違えた。絶対取り戻せないミス。
 もう二度と挽回できるチャンスなんかないんだ。そんなこと許されない。俺はやっちゃいけないことをした。
 ゆりかさんの怯えた瞳。あんな表情をさせるつもりなんてなかったんだ。けど、結局俺は自分の欲望に任せてあの人を傷つけてしまったんだ。
 ゆりかさんは二度と俺に会ってなんかくれない。
 俺に微笑んでなんかくれない。
 わかってる。わかってるのに。

 なんでこんなに苦しんだ!
 会いたいって気持ちを抑えこむのも、触れたいって想いがいまだに湧き上がるのも、どんなに振り払っても消えはしなくて、吐き出せない願望がひたすら膨れ上がりただただ苦しい。
 苦しいんだ。
 ゆりかさん。
 あんたを傷つけた、これが罰なんだ。
 でも罰を受けたなら、いつか許される日がくるんだろうか。そんな都合のいい思いがよぎる自分に腹が立つ。許してもらえるかもしれないなんて、あの人も俺を本当のところでは拒んではいなかったなんて、この期に及んで自分に都合のいいように考える俺は本当に最低だ。
 ゆりかさん。
 俺、全部忘れるから、ゆりかさんを傷つけるだけの思いだから、全部なかったことにするから。
 ゆりかさんも、どうか忘れてくれ。
 俺があんたを傷つけてしまったことなんか忘れて、幸せに……笑っててくれ。
 あんたが今も部屋にひとりぼっちで、悲しげに俯いているんじゃないかって、どうしてか思えてしょうがない。


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