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R18…攻めと受けの身長を続けて6ケタ



▽キャンディ・ハウス(主鍵)


「合計8点で2,637円です」

財布の1万円札の中から1枚を抜き出した。このメビウスのあちこちでまるでクーポン券のようにばらまかれているこの紙切れは、しかし今日もしっかり1万円としての価値を保っているというのだからなんだか笑えてくる。コンビニ店員という設定に沿って動く真っ黒な人影から袋詰めされた商品とお釣りを受け取り、店を出た。僕がろくに考えもせず買い物カゴに放り込んだ商品は、きっといつのまにか減った分だけ補充されているのだろう。もしかしたら僕が店を出た瞬間、弁当もパンもジュースもお菓子もコンドームもどこからともなく魔法のように現れて棚に並ぶのかもしれない。確かめてみる気はなかったが。メビウスは今日も豊かだ。どこからともなくカレーの良い匂いがした。




「え、嫌ですよ、おなか空いてたからいっぱい食べちゃいました」
夕食の後、セックスしようと誘ったら普通に断られた。デザートのシュークリームをぱくついている鍵介は確かに相当な空腹だったようで、僕の買ってきたからあげ弁当とカレーパンひとつをぺろりと平らげていた。確かに、やってる最中に気分が悪いとか言われても困るなあ。
「だいたいねえ、普通したいなら言いませんか、先に」
「それはまあ僕が悪いけど、金曜の夜に僕んち泊まりで明日は部活ないってなったらさ、ちょっとは考えるでしょ」
「は? 金曜日?」
鍵介は少しきょとんとした表情を見せて、ポケットから取り出したスマホの画面を確認し始めた。それから少しして、あ、みたいな顔をする。
「……ほんとだ、金曜日ですね。最近ちょっと曜日の感覚が」
「わかるよ。僕もたまになる」
ぬるま湯じみた平坦な学校生活と帰宅部としての非日常を交互に行き来していると、時間や曜日の感覚なんかがゆるやかに狂っていくのだ。いや、こんな世界に閉じ込められていることが既に非日常であって―――ああ。毒されてるなあと呟いて僕は床に寝転んだ。この虚構の世界の甘さと毒、相反するふたつに心の芯みたいなものをぐずぐずに溶かされている。そんな感覚。
「…………やっぱり、します?」
「ん?」
床に置かれたコンビニの袋からコンドームの入った紙袋を取り出して、ちらちらと鍵介がこちらを見ている。もしや拗ねているとでも思われているのだろうか。あのね、僕そんなに子どもじゃないよ。
「いや、今日はやめとこう。僕もちょっと疲れてるみたいだね」
「そうですか」
「でも、いっしょに寝てくれる?」
「最初からそのつもりですけど」
「ありがと」
その後少しだけテレビを見て、ふたりで風呂に入ってから眠った。毛布に潜り込みながら「今の金銭感覚のまま現実に戻るのが怖い」とため息をついた僕に、「じゃあ僕が買い物についていってあげます」と笑いかけてくれる鍵介は、この世界の何よりも確かなもののひとつだった。



2017/11/22 10:57 (0)


▽おとなこどもおとな(主笙)


「だいぶ酔ってんなぁ、もうそのへんにしといたほうがいいんじゃないか」
「酔ってなーい!」
「酔っ払いはだいたいそう言う」
「だい……だいだい……たい? だいたいって……一般的ってこと? あのさー俺をそういうちっちゃい枠に当てはめるのはやめたまえよ」
「わかったわかった」
部長を宥めながら缶ビールを取り上げ、笙悟はまだ半分ほど残る中身を呷った。中途半端にぬるまった炭酸がしゅわしゅわと喉を落ちていく。
「あ、かえしてよ」
「もう飲んだ」
「出して」
「どこからだよ」
「えー、嫌だよそんなの飲みたくない。出さなくていい」
「出せねえって。何なんだお前は」
呂律こそまだしっかりとしているが、不満そうにテーブルに頬杖を突く彼の白い顔は真っ赤に染まっている。酔うと急にガキみたいになるなこいつ、そう思ったが、そういえば彼は自分よりも一回り近く年下だったのをふと思い出して笙悟は頭を抱えた。




2017/11/22 07:03 (0)


▽ティーンエイジャー(主鍵)

二限目の休み時間、廊下の自販機前で会った部長に誘われてそれからの授業をサボった。部長は教室を出てからいちばん初めに会った知り合いの僕をなんとなく誘ってみたのだと言うので、じゃあ僕もなんとなくついて行きます、と答えて校門を出る。今日の部活はどうするつもりか尋ねると、時間になったら学校に戻ると言われたので少し笑ってしまった。授業をサボっていったん学校から出て、帰宅部の活動をするためにまた学校に戻るなんて、字面だけ見たらなんだか頭の悪いコントみたいだ。
「とは言ったものの、何をするかは決めてないんだよね、なんにも。なんかある?」
さて、そんなことを聞かれたところで僕は困るしかないのだ。つい何分か前に急に誘われた身なんだから、行きたいところなんてあなた以上に決まってるわけがないのに。

「適当でいいですよ」

ということで、部長とふたり、本当に適当に駅前をふらふら歩くことになった。書店を見た。僕が好きで読んでいたけどそんなにメジャーでもない漫画を、部長も好きだと言った。文具店を覗く。部長は書き味のいいおすすめのボールペンを教えてくれたので、試し書きをしてから買った。なんだか作詞が捗りそうな気がする。そろそろおなかが空いたのでバーガーショップに入る。部長はピクルスが苦手なことと(僕が食べてあげた)、ジュースの氷をボリボリ食べるタイプだということを知った。
「悪くはない、ところだよな」
なんだってあるし、と。部長は呟く。僕は頷いた。あらゆる店やビルが建ち並ぶこの宮比市に、足りない「物」はとりあえず存在しないのだろう。あれが無い、これが欲しいと願った物を、片っ端から白い彼女は与えてくれる。住民たちは皆砂糖まみれの甘い堕落を受け入れて、閉じた世界は今日も回るのだろう。
「でも帰らなきゃだめですよ」
こんなところでデジヘッドに取り囲まれてはたまらないので、小声で囁く。部長は「分かってるって」と苦笑した。コーラの紙カップに浮かぶ水滴。冷めたフライドポテト。丸められたバーガーの包み紙。僕の二度目の16歳の春は、今日もテーブルに置きっぱなしのバターみたいにじわじわと意味も無く溶けていく。





2017/11/21 22:23 (0)


▽行方知れず(主笙)

俺を幸せになんてできないことを知っている君が好きなんだと、いくら言っても通じないのだ。

「何度も言うが、俺はお前にもらったものを何も返してやれねえ」
「俺だって何度でも言うさ。それでも好きだよ、笙悟が」
「やめろ、もう、いい加減に」
突き放すような口調に反して震える声は懇願の色を濃く滲ませていた。頼むからやめてくれと、そう訴える怯えた視線を無視して骨張った手を握りしめると、俺は信じられないほどにか細い悲鳴を聞いた。
「俺には資格がない……」
「どういう意味だ。いったい誰の許しが要るって言うんだ、なあ笙悟!」
「…………」
「言えないのか」
もはや声すら失い、力なく頷く様子はまるで子どもだ。笙悟は何も教えてくれない。彼がこの楽園を包む甘やかな嘘にゆっくりと押し潰されていくのを、俺はただ見ていることしかできないのだ。




2017/11/20 16:26 (0)


▽愛と平和について(主鍵)

「……で、いじめてくれる彼女欲しいって言うから、僕の知り合いにいる結構なサドの女の子紹介してあげたわけ。もう毎日すごいってさ」
「えーと、それってもしかして僕のクラスの男子ですか?」
「ん? ああ、確かそうだったかな……何、きみの友達? 毎日ノロケ話とかされてたりする?」
「そんなによく話すわけでもないんです。なんか先週あたりから傷とかアザがすごいってみんな言ってるんですけど、誰にも理由を教えてくれないみたいで」

密かに気にかけていたクラスメイトのアザだらけの顔は、どうやら理想の彼女を紹介されて毎日 “楽しく” やっていることの証拠らしい。まことしやかに囁かれていた「ガラの悪い先輩に目をつけられた」という噂は真実ではなかったようで、ひと安心…………なのだろうか。わからない。他人の性癖にとやかく口出しできる権利などないのは分かっているが、それでも鍵介は「理解できないなぁ」と呟かずにはいられなかった。
「やっぱり、殴ったり蹴ったりとかは……よく分かりませんね。好きな人にはやさしくしたいしされたいです、僕は」
「ま、愛の形なんて人それぞれじゃん。需要と供給ってやつがある」
「そうですけども」
話す間も、部長はせわしなくスマホをいじり続けている。また誰かに恋人を紹介する約束でも取りつけているのだろうか。
「世の中、好きな子とチューしたり触りっこするだけで心からハッピーになれるような人間ばっかじゃないんだ、意外とね」
「ふぅん……」
あなたもそういう人間じゃないんですか、と聞いてみたい気もしたが、きっと曖昧な笑顔ではぐらかされてしまうのだろう。明日になったらまた新しい生傷をこしらえて教室に現れるだろうクラスメイトの笑顔を想像して、鍵介は少しばかりの寒気を覚えたのだった。




2017/11/20 12:19 (0)


▽正当防衛(主鍵)

「いつも思うんだけど、怖くないの」
「何がですが」
「基本後ろのほうに下がらせてもらってる俺が言うのも何だけどさ、あんなに誰よりも前に出て、向こうの攻撃を待つって」
「あはは、そうしなきゃカウンターになりませんからね……怖いですよ、危ないし。でも」
「うん」
「僕の技って、向こうが先に叩いてきたから僕だって滅茶苦茶にやり返してもいいんだ、って許されてるような感じがして、少し気持ちがラクなんですよね」
「…………、なるほどね、うん、なるほど」

ああなんだか危なっかしいな、と改めて思う。ついさっきまであんなに頼りになった彼の背中が、驚くほど小さく見えた。




2017/11/19 09:20 (0)


▽潔癖(主鍵)

部長の朝のシャワーが長いのはいつもの事だが、今日は少し様子がおかしかった。

「先輩、いつまでシャワーしてるんです」
「んー、もう出るよ」
「本当ですか」
「ほんとー」
鍵介の問いかけに呑気な声音が返される。しかし、先ほども彼が同じように「すぐ出る」と答えてからすでに20分が経過していた。
バスルームから聞こえ続けている水音が止む気配は未だにない。すっかり冷めてしまったふかふかのホットケーキとはちみつ入りのコーヒーを、鍵介はぼんやりと見つめる。
「先輩、大丈夫ですか?」
「何がー?」
「具合でも悪いとか」
「ううん、別にー」

ざあざあ、ばしゃばしゃ、止まらない水音。

「この手の汚れ、落としたら出るよ」


止まらない。止まらない。止まらない。




2017/11/18 13:18 (0)


▽おやつ(主鍵)

「こうしてじっくり見てみると、おかしいことだらけだよな」
鍵介がコンビニで買ってきた部活用のおやつを手に取りながら、僕は呟いた。クッキーやチョコ、スナック菓子におせんべい、グミ、ポテトチップス。その中には期間限定と銘打たれた種類が混じっているものの、それは夏季限定のマンゴー味だったり、ハロウィン限定のパンプキン味であったりと、季節感がまるでめちゃくちゃなのだ。ちなみにメビウスは現在五月の半ばである。
「まあ、そりゃそうですよ。例えば太ることを気にせずいろんなお菓子を食べたい……!とか、そういうふうに願ってる人もいますからね、中には」
手近なところにあった大袋をさっそくばりばりと開封しながら、平然と鍵介は言う。さすが、元楽士だけあってメビウスへの順応っぷりは大した物だ。
「うーん、そうなんだろうけどさ」
ほんの少し前―――琴乃さん曰く「卒業」するまで、僕はメビウスのあちこちに散らばるこうした不自然に対し、違和感すら覚えることなく学生生活を謳歌していたのだ。少しぞっとしてしまう。
「まあ、いろいろショックなのはわかりますけど、あんまり神経質になりすぎても気力が持たなくなっちゃいますよ。……先輩も食べます?」
はい、と、僕を夢の世界から引きずり出した張本人が差し出してきたのはクリスマス限定のホワイトチョコレート味のクッキーで、なんだかくらくらと目眩がした。



2017/11/16 10:16 (0)


▽あしたはやすみ(主鍵)

「先輩、眠いならそろそろかたづけましょうよ」
「うー」
何かつらいことがあって、金曜日の夜にちょっとくらいお酒に逃げるのはいけないことではないと思うけど、広げたおつまみのゴミとかをそのままにして寝落ちされるのは困る。僕はテーブルに突っ伏してしまった先輩の肩を揺さぶってみたものの、彼が顔を上げる気配はない。どうやらだいぶ疲れてしまっているらしい。
「……仕方ないなあ」
ビールの缶はあとで洗うことにしよう。刺身のパック、割り箸(なんでか折れてる)、スナック菓子の袋、テーブルの上のゴミを、そばに落ちていたコンビニの袋に突っ込んでいく。……あ、ビーフジャーキーがまだちょっと残ってる。ラッキー。
「今週も、おつかれさまでした」
ジャーキーを囓りながら、いつも先輩が僕にするように頭を撫でてみた。いいこいいこ。明日は先輩の好きなハンバーグでも作ってあげようかな。





2017/11/16 05:27 (0)


▽痕(主鍵)

目の覚めるような白いシャツの上に、黒い上着を羽織り、これまた黒いネクタイを締める。その相貌は相変わらず青白く、血の通わないマネキンのようでどこか病的だ。死を悼むひと、というより、まるで彼自身が死をつれてくる得体の知れぬ者のように僕には見えてしまう。
「またお墓参りですか」
「うん」
「骨なんて入ってないんですよ、あれ」
「それ先週も聞いた。知ってる」
それでも行くと言うのなら、僕にはそれを止める権利も手立てもなかった。
毎週土曜の朝、部長は欠かさず墓参りに向かう。現実で死んだという恋人の墓に、メビウスで形を再現しただけのからっぽの石の塊に、会いに行く。毎週この日に起きるとテーブルの上に現れている不自然な花を大切そうに持ち上げるその手は、昨夜乱暴に僕のことを掻き抱いた手だった。
「先輩行かないで」
「……ごめんね」
甘えるような声を出してみても駄目。ベッドに僕を残し、無情にもドアが閉まった。死んだ奴には誰にも勝てない。部長の言葉を思いながら、僕は強く歯噛みした。


2017/11/15 20:42 (0)


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