short | ナノ

 →後日談sideI



「臨也はあれだな、紀田くんがいねぇと何も出来ねーんだな」
「……はあ?」

紀田くんを烏にして隣国に使わせた矢先、部屋の掃除に来たシズちゃんが藪から棒にそう言った。

「何言ってるの?紀田くんにやらせてることなんてただの使いっぱしりだよ。面倒だからやらないだけでいつでも出来る。彼がいなくなったところで、俺に不可能はひとつもないよ」
「そのわりには動かねえな。」
「えっ?」
「紀田くんが帰ってくるまで、臨也は椅子に座って待ってるだけだろ。窓のひとつも拭こうとしねぇ」
「………えいっ」


「窓拭きが面倒ならそう言えばいいのに!」
「言ってねぇよ。紀田くんが居るときなら、暇だ暇だっつって俺や妖精に絡むのに、紀田くんが居ないときには椅子に座ってソワソワするしかできねーなんてどんだけ紀田くんのことす、んぐっ」
「……シズちゃん、言っていいことと悪いことがあるとして、それが悪いことだっていうのは分かるね?」
「…………」

シズちゃんが持っていた箒の柄を轡にして口を塞ぐ。一度自分を睨んで、はぁと溜め息を吐く仕草に結局自分が唸ることになる。可愛い可愛いシズちゃんは、純粋で聡明で嫌になるくらい勘がいい。

「いい加減認めちまえばいいのに」
「うるさいよシズちゃん、あんまりしつこいと紀田くんに八つ当たりしちゃうからね」
「お前、本当に俺に甘いよな…」
「甘くもなるよ、大好きなんだから。」
「それを紀田くんに言えればな…」
「俺は嘘は苦手なの。」
「それは確かに。」
「っ紀田くん!?」
「おかえり紀田くん、お疲れ様。お茶淹れるか?」
「ただいま静雄くん。大丈夫だよ、報告が終わったら俺も掃除手伝うね。」
「おう、ありがと紀田くん。」
「いえいえ」
「………」



「……なに話してたんですか。」
「君には関係ない。」
「でしょうね。女王陛下、静雄くんの受け入れ快諾してくれましたよ。彼の好きなように城を出入りしていいと。」
「さすが波江さん、話がわかる。交換条件は?」
「臨也さんが付いていかないことだそうです。」
「……さすが波江さん、俺の心の抉り方をよく分かってる…」

前の王が死んだ後、人間の国は黒髪の若い女王が治めていた。
その女王は美しくて聡明で、なによりも面白い人間だった。
彼女と関わることで、シズちゃんが人間の世界を知ることも悪くないんじゃないかと思い始めたくらいには。

「静雄くん、喜んでくれるといいですね。」
「……紀田くんに言われると素直に頷けないから不思議だよね。」
「全く同じ台詞を返したい気持ちですよ。」
「うわぁ…やめてよ真似しないで。」
「誰もしたくてしてるんじゃありませんよ。」

しれっと笑顔を貼り付けて紀田くんが何もないみたいに会話を続ける。
シズちゃんと暮らすようになってから、前にも増して余裕に見える態度が気に入らない。蘭くんごときに殺されそうになってたくせにこの烏あがりめ。

「ていっ」
「うわっ」
「あはは、飛んで驚く烏なんて初めてだよ。」
「……これは飛んでるんじゃなくて浮いてるっつーんですよ。」

ひょいと指先で操る紀田くんが嫌そうに眉を寄せる。うんうん、なんでも分かってるみたいなしたり顔よりよっぽどいい。

「っ、いたっ」
「ほら、遊んでるとシズちゃんに怒られるよ。掃除掃除」
「誰が遊んで…!っ、あーはいはい分かりましたよ。せめて邪魔しないでくださいね!」

ドスン!と音を立てて床に落ちた紀田くんが、怒ろうとして諦める。

あはは、紀田くんは本当に俺に弱いんだか

『お前、本当に俺に甘いよな…』

「………ん?」

ついさっきの会話がリフレインして、んん?と勝手に頭が傾く。
ううん?なんて答えたかな俺。いや、いやいやいや甘いと弱いは違う。
紀田くんは俺に逆らえないだけで、別に俺は甘やかされてるわけじゃ―…


『甘くもなるよ、大好きなんだから』

「…………」




「シズちゃーん、俺窓拭きやるよ。紀田くんは高いところ届かないからね。」
「おう、頼む。」
「いちいち嫌味を言わなきゃ動けないんですねアンタは。」

腕で額の汗を拭う紀田くんをぷいって無視して、紀田くんにやったのと同じように雑巾を操る。

やっぱり紀田くんがいねーとだめだなと笑ったシズちゃんの視線は自分に向いていたけど、馬鹿な紀田くんがシズちゃんにお礼を言っていたから気付かないふりをした。


end


2014/07/25

臨也さんは紀田くんのこと好きだけど、いちばん愛されてるのは自分だって当然のように受け入れてる静雄くんが可愛いなって。



prevnext

back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -