short | ナノ

 天ノ弱


「シズちゃん、俺と付き合って。」

 そんな世迷い言を言った臨也の目は、わずかに滲んでいた。
 臨也がこんな目をするときはいつも多かれ少なかれあいつが関わっている。どういう風に、どの程度かは知らないし知りようもないけど、世迷い言は確かに臨也の口から言葉として吐き出されて俺の耳に届いた。
「付き合うっつうのは、なんだよ」
「恋人になって。」
「恋人になって、テメェは恋人らしいこと出来んのかよ。俺相手に」
 皮肉は地味に効いたらしい。俯いて拳を握り締める臨也にじり、と緩慢に近付いて手をとる。親指から順にほどいて、自分の手のひらと合わせる。ひとまわり小さな手は、それだけで情けなく震えた。
「手ぇ繋いだり、しゃべったり、……キスしたり」
 言いながら、両手で頬を包んで額をつける。後退る代わりに目を逸らされる。
「出来んのかよ」
 そんなにひどく顔を歪めて、俺のことなんて視界に入れたくもないくせに。
「出来る、から、付き合って。」
「…わかった。」
 頷いて、その瞬間いっそう歪んだ顔が悔しかった。どんなに追い掛けても、殴っても、自分には絶対に作れない表情を曝してまであいつを思うことが、殺してしまいたくなるくらい。

だけど、嬉しかった。幸運だと思った。嘘でもいい、なんて嘘じゃない。
 お前が俺を利用したいなら俺だってそれで構わないさ。お前が離れていかないなら、なんだって受け入れてやれるんだ。
 自分が弱いことなんて、初めて言葉を交わした瞬間から知っていた。

「臨也、なに食いてぇの?今スーパーだから買って帰る」
『……なんでもいい。』
「じゃあオムライスな。何時くらいか分かりそうか?」
『今から、いくよ。』
 か細い声で呟く臨也に待ってると返して携帯電話を閉じる。
 俺と付き合うことだけが目的らしい臨也は基本的に俺が恋人としての行為を望めば断らない。毎日朝起きてからと夜寝る前に電話しろと言えばおはようとおやすみの声を毎日聞かせるし、休みだから来いと言えば都合が合えば来る。
 そこまでして何がしたいのか、は、聞いてやらない。
 別にいいように利用されてることがムカついたわけじゃない。自分に利用価値を見出だしてくれたことには感謝すらした。だからこれはただ、自分がずっとこうしたかっただけだ。
 毎日当然のように挨拶を交わしたかった。休みは一緒に過ごしたかった。俺の好きなものも嫌いなものも知って、お前のことなんて全部わかってると笑ってほしかった。
「シズちゃん、お土産」
「おう、冷蔵庫に頼む」
「うん。」
 まだ一週間、部屋に入る臨也が戸惑っているのが見てとれた。どうせ俺が断るとしか思ってなかったんだろう。俺はずっと隠して誤魔化して嫌いだと叫んでいたから、当然のことだけど。
 ちょこんと大人しく座布団に座る臨也はテレビをつけることも携帯をさわることもなくぼんやり料理をする自分を眺めている。あいつだったらきっと振り向いて笑いかけて、臨也もきっと笑うんだろう。臨也が興味をもつようなことなんてなにもわからない自分に苛立ちながら玉子を割る。
「ん。」
「ありがとう、おいしそう」
「しっかり食えよ」
「うん、いただきます。」
 オムライスののった皿を両手で受け取って、手を合わせる姿が可愛くて胸がいっぱいになる感覚がする。高校生のとき、調理実習で家で作った方がおいしいだの安っぽい味だだの文句をいいながら作った料理を笑いながら食べていた姿が黙々とオムライスを口にする臨也に重なった。
 笑ってほしいと胸のどこかが疼いたけど、それは高望みだとよく分かっていた。いまこうやって臨也が自分の作った料理を食べていることだって、夢のようなことだ。
 ごちそうさま、とスプーンを置いた臨也に頷いて自分の皿と重ねる。一粒も残ってないことに今日もじんわり感動した。
 なにも言わずに食器を洗おうと立ち上がるとなぜか臨也も立ち上がって戸惑う。帰ってしまうのか、でも聞けないで台所に向かった。コートを着たらどうしよう。「まだ居ろよ」と言えばたぶん臨也は俺がいいと言うまで部屋を出ないだろうが、できるならそんなこと言いたくはない。
 冷たい水を出しながら臨也の気配に神経を集中させてみる。躊躇いがちに近付いてくる臨也はとりあえずコートを着た様子はなくて、どうした?と振り返ると思ったよりも近くにいた臨也が捲った服の袖を引く。
「後片付け、くらい俺するけど」
「え?」
「シズちゃんのやり方、教えてくれたら」
「っ、お、おう」
 腕を捲って隣に並んだ臨也の分つめて水に触れた瞬間冷たいと跳ねた臨也のために慌ててガスを点けてお湯に切り替えた。
「シズちゃん、いつも水で洗ってるなら水でいいよ。すぐ慣れるし」
「つけ忘れただけだ。冷てぇの我慢してたんだよ」
「シズちゃんにも冷たいなんて感覚あったんだね」
「ぶっ殺すぞテメェ」
 小さく、くすくす笑う臨也に心臓がずっとうるさい。あいつと話すときみたいだ。は、言い過ぎかもしれないけど、穏やかにつく悪態が臨也らしくて息がうまくできない。
「シズちゃんの恋人って、思ってたより快適だね」
「っ………」
「毎日おはようとおやすみを言う相手が居るのってなんだか安心するんだね、新鮮な感覚だよ」
「そりゃ、よかったな」
「うん。ごはんもおいしいし。ここに置いておけばいいの?拭く?」
「勝手に乾くからいい」
「そう、じゃあ」



「俺が持ってきたマカロン食べよう?紅茶お願いね」
「………おう」
 ふわりと笑って臨也が冷蔵庫じゃなくて戸棚に置いていた可愛らしい箱を手に部屋に戻る。
 紅茶、ああお湯がいる、沸かさないと。
 意識が朦朧とする。まるで鈍器で殴られたような、いやもっと、そうだ、ナイフで心臓を突かれたらこんな感覚なのかもしれない。溢れ出るなにかが止まらない。あいつが、臨也が、笑った、笑ったんだ、俺に。俺の作った飯をおいしいって。毎日の電話に安心するって。笑って、俺の名前を呼んだ、あいつだけの呼び方で。
 じゃあ、の続きが帰るねじゃなかっただけで、簡単に涙が溢れそうになる。
「シズちゃん、どうしたの?」
「……あー…いや、なんか落としたかと思った、けど、勘違いだったみてぇ」
「手伝うこと、ある?」
「大丈夫だ。待たせて悪い」
「ううん、なにかあったら呼んで」
「おう」
 座ったまま声をかけてくる臨也に答えて、幽からもらった簡易の湯沸し器にやっとスイッチを入れる。いっぱい、しゃべれた。会話ができた。
 やっぱりテレビでも携帯でもなく自分に向けられる視線にはどう応えたらいいか分からなくて黙ってマグカップを用意する。
 こんなことでいいならいくらだってしてやる。だから、離れていかないでほしい。

お前が言った世迷い言を、俺はずっと、ずっと言いたかった。
こっちなんか見てないって分かっていても、ずっと想い続けてた。

 ぶくぶく気泡が弾けて湯沸し器が停止する。スーパーでいちばん高かったティーバッグを黒い猫が描かれたマグカップに落としてお湯を注ぐ。
「待たせたな」
「うん、ありがとう。どれにする?」
「お前が好きなのの、あまりがいい」
「…これと、これと、これ、好き」
「おう。ちょうど半分だな」
「………うん。」
 困ったように自分をみる瞳に自分の気持ちがひとかけらも届いていないことを知っていても、それでも、どうしても。

(手の届くところに居てくれるのに、理由なんて、どうでもいい。)

これだけで、どうしようもなく、愛しくて、しあわせだった。


end

まだ、待つよ




2012/1/27
GUMIちゃんぐるたみんさんしゃむおんくんそらるさん少年TとiPodに天ノ弱がいっぱいです。




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