いち

「大丈夫か、アンタ」

「……し」




「シズちゃん…?」









いつもと同じで少しだけ違う日

右手を引っかけようとした柵が錆びているのに気付いて一瞬の判断を誤った

墜落、そんなことで怪我をするほどダサくはないけどどこかのバケモノと違ってただの人間の俺はたかだかナイフの二三本で大人数を相手にできるわけがなくて



「シズちゃん、なん、なんで?」

「……確かに俺は静雄だけど…」


「アンタとは、初めてじゃねぇか…?」


腕とアバラくらいは覚悟してじり、と砂を鳴らしたら、つい先程思い浮かべたバケモノが


あろうことか、まわりの奴らを瞬く間に瞬殺して

俺に手を差し伸べた





「津軽島、静雄…君…」

「おう、津軽でいいぞ」

「…………」


空のような、いや津軽ってことは海のイメージなのかな…青い着物を男前に着流した恐ろしいくらいにシズちゃんにそっくりな男は名前までシズちゃんにそっくりらしい

似すぎ、だよなどう考えても


お礼に、と半ば無理矢理引っ張ってきてご馳走したパフェを文句も言わずに食べてくれている津軽島くんを眺めながらシズちゃんの容姿を思い浮かべる

顔の造形だけでなく体躯、雰囲気までシズちゃんそのものとしか思えない

だけどシズちゃんなんじゃって疑いは結構早い段階で消え失せたから、純粋にこの世界の広さと狭さについて感動を覚えていたのだが見つめ過ぎたのか津軽島くんが首を傾げる

「…そんなに似てんのか?その、『シズちゃん』?」

「似てるなんてものじゃないよ、正直双子でもここまで似ないね」

「……お前も、俺の知り合いにすげー似てる…」

「そうなんだ…そっくり?」

「ああ、サイケっつうんだがアンタと……あ」

「と、ごめんね紹介が遅れました」


「俺は折原臨也、改めて助けてくれてありがとう津軽島くん」













「は……?」

「そんな怖い顔しないでよ波江」

「お邪魔します」

「しまーす」

同居人が出来るから、ふたり

そう電話した時には何を企んでるのかとため息ひとつで片付けた波江も流石にふたりの顔を見てひくりと無表情を崩した

「こちら津軽島静雄君」

「ちす」

「で、こっちがサイケデリック臨也君」

「こんにちは」


「…………なんで平和島静雄とアンタがいるの」

「それがね、びっくりすることに何の縁もゆかりもない他人らしい。ね、津軽島君」

「ああ、さっき写真見て驚いた」

「俺なんて会っちゃったからね、臨也君」

「死んだらどうしようね」

「え、臨也君俺死ぬの!?」

「冗談だよ、サイケ可愛いなぁ」

「……とりあえず自分と同じ容姿の人間愛でるのやめなさい、見るに耐えないわ」

「波江は手厳しいな、俺よりずっと可愛いのにねぇ」

「臨也君は格好いいよね」

「サイケって言ったかしら、アナタの為よ。その認識は即刻改めなさい」

「えー」

波江が眉を顰めっぱなしになるのもよくわかる

にこにこ笑ってソファーに座るサイケことサイケデリック臨也君は名前だけじゃなく容姿と体躯も俺と瓜二つだ

まあ白とピンク基調の斬新な服装に合わせた可愛らしいヘッドホンと俺にはとても作れない無邪気な笑顔があるから一度紹介してしまえば間違える奴はいないと思うけど

……にしても

「津軽島君は雰囲気までそっくり」

「そうなのか」

「うん、俺以外と対峙するときのシズちゃんみたい。そう思わない?」

「悪いけど平和島静雄に興味ないからわからないわ。同じ人にしか見えません」

「まあ、シズちゃんより津軽島君のが俺には格好良く見えるんだけどね」

「………そりゃどうも」

「臨也さん、俺は?俺も格好いい?」

「サイケは格好いいより可愛いだね………ねぇ一応他人なんだからさ、その顔やめてくれない?」

「同じ顔をよく撫でれるわね」

「同じ顔だけどサイケは俺と違って可愛げがあるだろ、表情って大事だよね」

「変わらないわよ」

「そう?俺こんなかわいい?」

「で、今日から住むの?」

「うん。理由聞かないの?」

「どうでもいいわ、それより晩御飯は何人分用意すればいいのか早く言いなさいな」

「波江かっこいい…!三人、あっでも波江も食べるから四人分」

「…………」

「?」

「やっぱりそっくりじゃない」

呆れたように俺とサイケを見比べて波江がため息を吐く

同じ顔だから別にそっくりと言われて不快に思うわけではないけど、サイケが可愛く見えてしまうのは仕方ないからあきらめてほしいとしか言えないんだよね


「いやまあ似てるのは認めるけどさ」

「波江さんっ俺みんなで鍋食べたいな」

「!」

「いっすね」

「!………波江…鍋がいいって」

「…わかりました、じゃあ明日は鍋の材料を買ってきて下さい。今日はあり合わせで作るわよ」

「うん」

いつの間にかいつもの無表情を貼り付けていた波江がすっと立ち上がって台所へ向かう


「鍋…」

「臨也鍋好きなのか?」

「ん、美味しいよね鍋」


「「…………」」


「?」

素直に頷くとサイケと津軽がきょとんと目を丸めた

何かと思って首を傾げるとサイケがぱぁあっと目を煌めかせる

「俺もスキぃ!」

「わっ」

「鍋うまいよな」

「?うん、」


無邪気な笑顔でサイケにタックルみたいなハグを決められ津軽島君に頭を撫でられる

よくわかんないけど


(なんか、癒される)



色んな所に悪意の手を差し伸べたせいかもともとの俺のせいかは分からないけど、俺のことを知ってる奴はこんなに優しくなんてしてくれない

みんな俺のこと大嫌いだからなぁ

俺はこんなに愛してるのにさ、まぁ俺を嫌いな所も含めて俺は彼らを愛しているから特に問題はないし寂しいなんて思ってるわけじゃないけど


けど

俺のことを何も知らないでいてくれる他人に甘えたくなったり、しないでもなかったり

だからってこんな一瞬に近い時間で家に住んでいいと思えるほど絆されるなんて結構キてたのかなと自嘲したくなるような事態だよね、しかもシズちゃんとそっくりな津軽島君と自分とそっくりなサイケって…


「ありえないよね」

「「?」」

「いや、シズちゃんだったら俺今頃頭蓋砕けてるなと思って」

「……また『シズちゃん』か」

「………津軽も砕こうと思えば砕けるよね!」

「おう」

「えっ?いらない、いらないから!」

「俺だって頑張れば臨也君のほっそい腰くらい…!」

「頑張らなくていいってば」


腰に抱きつきながら物騒なことを言うサイケの頭を撫でて宥める

ほんとに?

って俺をいったいなんだと思ってるんだこの子は


はぁとため息をつくと津軽島君がぽんぽんと頭をたたく


「いつでも砕くからな」

「いや望んでないから。」



「用意できたわよ」

「「はやっ」」

「さすが波江、なにー?」

「パスタとスープ、文句は一切受け付けません」

「文句なんかつけるわけないだろ、ありがと」

「はやく食べなさい、片付けたら上がるわよ」

「うん」

「はーい」

「いただきます」



いつもと同じで少しだけ違うはずだった今日


ふたりの他人が日常に組み込まれた、非日常のいちにちめ


(なんか、あったかい)




end


波江さんは平和島静雄と津軽の違いは分かりませんが臨也さんとサイケたんの違いはよくわかります、ここ重要。

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