事務所でお仕事
「平和島静雄に恋人ができたらしいっすね」

「すごい噂になってるよね。」

「美人っすよね」

「そう?ありがと」

「え?」

「ヴァローナのつもりならあのこはただの後輩だよ」

「え?え?」

「噂にはなった覚えないけど俺だからね、シズちゃんの恋人」

「ええええ!?」


紀田くんって可愛いねぇと普段となんらかわりないテンションで言われて頭がついていかない。

平和島静雄に恋人ができた、という噂が流れ出したのはつい最近のことだ。女優顔負けな金髪美女と平和島静雄が一緒に居る、という目撃情報に始まりどこぞの勇者が撮影した腕を組んで歩く写真、平和島静雄が金髪美女の頭を愛しげに撫でる写真が出回った。

平和島静雄と金髪美女が仕事上の先輩後輩関係にあることは知っていたから最初は恐ろしい噂だと思っていたんだけど

「冗談にしては身を切りすぎですよ臨也さん…」

「別に冗談ってことでもいいけどほんとだよ。隠したい人にバレちゃったから俺はもういいんだけどシズちゃんが言いたくないみたいだから内緒にしてくれると嬉しいかな」

「………まじすか」

臨也さんのことなんてぜんぜんわからない。わからない、けど、わからないなりに最近の臨也さんが少しおかしいことくらいはわかった。実害が、あった。

「だから最近呼んでくれなかったんですか」

「うん。恋人が他の人間のこと近くにおいてしかも可愛がってたらあんまり面白くないだろ普通」

「……仕事相手でも、ですか?」

「て、新羅は言ってる。それに俺は紀田くんのこと仕事だけだとか思ってないしね、そこから変な誤解生んだら嫌だろ。」

いまさらりと嬉しいことと辛いことを言われた気がした。仕事だけの相手じゃないけど、誤解が生まれる危険があるなら切り捨てられる程度だと。

「それで、今日呼ばれたのは誤解してもらいたくなったとかですか。痴話喧嘩に使われるなんて心底不愉快なんで帰っていいですか」

「あはは、紀田くんの悪態もなんか久しぶりだなぁ。でもそれこそ誤解だよ?俺とシズちゃんを普通の恋人と同じに考えたのが間違いだって気づいただけさ」

「…久しぶりに聞くとウザさ倍増どころじゃないですね。波江さんに口縫い付けてもらってくださいよマジで」

「ふふ、やーだよ。紀田くんをからかえなくなるなんてつまらない!シズちゃんにもよく言われるんだけど口を塞いだら既にそれは俺じゃないよね?確かに見目がいいのは認めるけど性別をどうでもよくさせるほどじゃないと思わない?」

「そうですね口を縫ったところで変わらないウザさでしょうね。うっぜぇ」

「紀田くんみたいに全力で否定してくれるのって実はかなり貴重だと思うんだよね。」

口を開かない臨也さんなんて想像もできないけど、臨也さんなら少し甘い顔をしたら性別なんて曖昧にできると思う。この人を同じ男だから、なんて理由で切り捨てれるはずがない。ただ、そう断言できるのは自分に問題があるとわかっているので口には出さないけども

「平和島静雄も、でしょ」

「んー…シズちゃんはちょっと違うかな…彼はなんていうか…本当にただ理不尽に苛々を発散させてるだけなんだよ。俺の話なんか聞いてくれてないから、面白くない。二人でいても黙るか怒るか…」

じゃあなんで付き合ってるんだ、と口から出そうになった問いを飲み込む。それを聞いて好きだから、なんて言われたら平静でなんて絶対にいられない。

「これからはまたいつも通り来てもらうから。ご飯自分で作るの面倒だったんだよねぇ」

「………」

「波江ももうすぐ来るから今日は三人で鍋にしよう?紀田くんは何鍋が好き?」

「俺どっちかっていうとカレーの気分なんすけど」

「なんだって、これは波江に聞いてみないとだね。」


にこにこいつもと変わらない調子で臨也さんが笑う。どういう経緯で天敵であるはずの平和島静雄と、聞けば教えてくれそうな雰囲気に見えるけど、そんなこと聞きたくない。茫然を通りすぎたら疑問が浮かんだ。

あれ?おかしい、おかしい、よな…?

「………平和島静雄の恋人って、臨也さんなんすよね?」

「そうなるね。なんかくすぐったいけど」

「…いつから?」

「君を呼ばなくなったくらいからかな」

「…………」

いや、出回った写真がいつのか確認してからじゃないと言っちゃだめだ。

平和島静雄とあの金髪美女が先輩後輩だと知ってる俺ですら、いくつかの写真に写る光景を見てふたりは恋人同士だと判断した。それってつまり、平和島静雄が金髪美女と恋人に紛うような行為をしてたってことだろう。この、臨也さんっていう恋人がいながら。


(………許せない、だろ)


この臨也さんが、情報屋の折原臨也が恋人に誤解させないただそれだけのために人間関係を縮小していたのに、その行為がどれだけ奇跡的なものかも知らないであんな……。


「あ、そうだ紀田くん。相談なんだけど」

「?なんすか」

「男が二人で遊園地って変?」

「………空しいとは思いますけど…恋人同士ならいいんじゃないですか?」

「………上司と部下だとどうかな?」

「別にいいでしょ」

「先輩後輩は?」

「……当人が楽しいなら誰と行ってもいいと思いますよ。」

「ふぅん……」



「ときに紀田くん」

「はい」

「今週の木曜日って、ひまかな?」



前言撤回。

俺は平和島静雄に感謝するべきだし素直に感謝する。

恋人なのにあいつは、臨也さんが何をしても、部下で後輩の俺が何をしても文句言えない。全部自分がやったことだ。



(こんなに可愛い臨也さんを放って美人といちゃついてたことを後悔させてやる)








「ねぇシズちゃん」

「ああ?」

「木曜日おやすみだよね、一緒に遊園地いかない?」

「遊園地?」

「うん、昨日コマーシャルでみてさ」

「……無理だ。俺らも今日CMみてよ…次の休みトムさんとヴァローナ連れてってやる約束しちまった。」

「………そう」



手帳をパタンと閉じる。中に挟んだ二枚のチケットなんて、シズちゃんにはなんの意味も持たない。ひどいなぁ、俺が次の休みに行こうねって言った映画は後からねだったヴァローナと観に行っちゃったくせに。
初めての後輩だからって、甘やかしすぎだよ。

そう思うけど、口には出さないでパソコンに目を向ける。

シズちゃんはそういう奴だから仕方ない。言っても何が悪いのかすら分かってくれないし。そんな無神経なところをマイナスしても、別れたくないと思うくらいには好きなんだし。

ただ、チケットはどうしよう。日付は指定されてしまってるから、ゴミになるだけならシズちゃんにあげてもいいような気もするけどさすがにそれじゃ俺が可哀想だ。


「お土産いらないから。」

「買ってくるつもりねぇよ」

「ですよねー」



恋人ってなんなのかな。

パソコンとソファー、縮まらない距離に嫌なことを考え始める思考を遮断する。

俺とシズちゃんはこれでいいんだ。

そういうものなんだ。




ゆるやかにおちていく。


どこにかは、しらない




(まるで、呪文みたい)


end

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