それはあまりに明白な、目を見張るほど強烈な差異。



異世界巡礼 ― 02 ―


明確なこの記憶を頼りにするのならば、ハオがいたのはシャーマンファイト開催地でもある無人島の林の中だった。

朧な月が辺りを照らし出す中。持ち霊も持たずに散歩していた葉と出くわして、挨拶と僅かの言葉を交わし、別れた。それだけだった。
ところが、現状はどうだ。

「"ハオ"、お前なに食う?」

向かいの席に座ったハオへとメニューを差し出しながら、葉はへらりと笑みを浮かべた。賑やかな色合いでプリントされたそれに、ハオは眉根を寄せた。

『オイラ達これから飯くうからお前も来い』

強引に連れ込まれたファミリーレストラン。
正直、人間が作り出した金銭というものを持ちたくも使いたくもない。その嫌悪感から、ハオは普段通貨を持ち歩いてはいなかった。

「…いや、僕は」
「なんだ、お前飲み食いする金もないのか?」

断ろうとした僕をここへ無理矢理連れ込んだ張本人は、呆れたように呟いた。我ながら無礼極まりない聞き方だ。否、決して"彼"はハオではないのだが。

「んなつっかからんでもいいだろ、にいちゃん」

くん、と"葉"が咎めるように"ハオ"の前髪を引っ張る。随分と親しげな仕種だ。"この世界"での二人は、仲のいい兄弟として育っているらしい。
ハオの言葉以上にそちらの方が不愉快で眉根をよせると、目敏く気づいた葉がへろりと申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

よく知っているはずのその笑みは、ハオが知っている葉のものとは何処か違って見える。

屈託のない笑顔、とでもいうのだろうか。
ゆるりとした印象は違わない。けれどハオが知る葉の正負関係なく飲み込んで受け止めるようなそれとは、なにかしらの部分が違うらしい。顔は比べるまでもなく瓜二つだ。判で押したようなそれに違いなどありはしない。けれど印象は真逆のものだった。こちらの"葉"は、例えるならば麗らかな昼下がり。対して、ハオの知る葉は暁降ちか、日が沈むまえの朱い夕焼けを思い出す。似ているようで異なる、明確な空気感の差異。
その原因は、恐らく"葉"の傍らにいる"ハオ"の存在が大部分をしめているのだろう。

「葉はもう決めたの?」
「んーまだ悩んでるんよ。ハオは?」
「カツカレー食べる」
「お前本当にカレーすきだなぁ。一昨日も夕飯で食ったじゃねぇか」
「いいだろ、別に。一昨日食べたのはただのカレーだし。カツカレーとカレーは別物でしょ」
「どんな俺様理論なんよ、それ」
「そういう葉は何と何を悩んでるの?」
「ハンバーグ食うかドライカレー食うか」
「僕とたいして変わらないじゃないか」

液体か固体かで大分違うだろ、そう主張する"葉"に"ハオ"はくすくすと楽しげに笑った。
愛しくて堪らないのだと、一目でわかる笑みだった。

「じゃあ僕がドライカレー頼むから、葉はハンバーグ頼めば?それならどっちも食べられるでしょう」
「え、いいんか?」
「カツカレーもドライカレーもカレーには変わらないしね」

先程の"葉"の言葉尻を取り上げ、"ハオ"がくつくつと喉を鳴らしながら笑う。その掌はぽんぽんと幼い子供にするように葉の頭を軽く撫でた。
すっかりと二人の世界にいる目の前の"ハオ"と"葉"を、ハオは無感動に見つめる。

「さて、それじゃあ本題に入ろうか」

お前が一体何者なのか。
注文した料理が目の前に置かれた途端そうがらりと空気を切り替えて告げた"ハオ"に、ハオは口端を釣り上げる。
ハンバーグとカレーを前に言う絵面は非常に間抜けだが、それでも頭の回転は悪くないのだろう。これで、しばらく店員はこのテーブルに寄りつかない。態と壁に面した端の席に腰かけた訳だ。

「かまわないよ。信じるか信じないかは別だが、話をしようじゃないか」

そう告げたハオの言葉を皮切りに、3人は各々がどんな環境にあるのか話し始めた。

「……それじゃあ、君達は本当にただの兄弟で、霊がみえないわけだ」

数十分後。
大方の話を聴き終えたハオがそうまとめると、目の前の"ハオ"と"葉"は短く首肯した。

「ああ、見たことねぇなぁ」
「僕もないね」
「……へぇ。人の心が読めたりは?」
「そんなんできたら超能力者だろ」

けらけらと楽しげに笑う葉とは裏腹に、視線を向けられたハオはその意味を正確に理解したらしい。

「……つまり、お前はできるってことか」
「ふふ、霊の使役も出来ない腑抜けでも一応僕だけはあるね。……頭の悪くない奴は嫌いじゃないよ」
「霊の見える見えないで優劣はつかんだろ」

そうどこか不満げに唇を尖らせて見せた"葉"に、ハオは瞳を眇めた。

「……お前らみたいな奴に分かるわけないさ」

そう告げる声音は、地を這うように低かった。
それも当然だろう。眼前の"二人"は1000年の憎しみの業火にその身を焼かれることもなく、安穏とただの人間として暮らし、霊が見えると異端視されることもなく過ごしてきたのだ。

「すまん」
「…どうして謝るの」
「オイラは霊なんて見えんし誰かの心も読めん。だからお前のいうことには納得できんし、正しいとも思わん。でも、なんかお前泣きそうな顔したから、多分オイラのなんかがお前を傷つけたんだと思う。だからすまん」

そう言って頭を下げた"葉"に、ハオは硬直した。
ただひとり、"ハオ"だけが全てを知っていたかのように微笑んでいる。



だれかときみの物語



姿形はこれ程までに近いのに。
"違う"のだと、何もかも全てが訴えかけてくるのだ。

===

暁降ち(あかときくたち)=夜の盛りを過ぎて、夜が明ける時分のこと。

更新めちゃくちゃ久しぶりで申し訳ないです。まったりペースですがコツコツ頑張ります。

2015.06.24

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