『ハオは、星みたいだな』

あの言葉の意味を、ハオは時折考えて居る。



異世界巡礼 ― 01 ―



「ハオ様、今夜もお出かけですか?」

声音に面白げな色を混ぜながら問うラキストに、ハオは一瞬の間を孕んでから、いつもの張り付けたような笑みを浮かべた。

「ああ、今日は満月だからね」

短く答えて、ハオはアジトの窓からその身を空に躍らせる。
冷たい夜空の空気を引き裂く熱風。即座に姿を現したスピリット・オブ・ファイアの掌に飛び乗り、ハオは何処へともなく姿を消した。

「――――――」

数十分後。
何気なく降り立った大木の側に人の気配を感じて、ハオはぴたりと足を止めた。
触れたことさえないはずなのに、余りにも肌へと馴染んだ体温。樹木に溶け込むようにただその場に座り瞳を閉じている葉に、ハオは思考を遊ばせる。
けれど、結果的にただハオもその場に腰かけることにした。ただし、幹を挟んだ葉の反対側に。

「………よぉ、お前も散歩か」

そう緩い声音で問い、葉は笑った。
気配も殺し、物音も一切立てずに座ったハオに、それでも気づいて見せた。恐らく、ハオと同じ奇妙な馴れ馴れしさを葉も感じているのだろう。

気まぐれに出掛けては、同じ場所で出くわす。

シャーマンファイトが開催されている無人島で、ハオと葉はなし崩しの様に同じ場所へと集っていた。否、正確には、それは集うなどという親しげな意味を孕んだものではない。より正確性を増すならば、居合わせているというのが適当だろうか。
現状において違う目的と仲間を持ち、相対しているはずの二人だったが、その場に満ちる空気は特段険呑なものではない。
葉はただ其処に在り、ハオもただ其処に在る。
それだけだった。けれど、それが良かった。過干渉することもなく、けれどその存在を無視するのでもなく。積極的に言葉を交わすのでもなく、けれど言葉を交わさないわけではなく。気の向いた時に気の向いた言葉を、ただ零していくだけの関係。その淡く薄い境界線が心地よいものだという事を互いに知りながら、それでも口にすることはない。

それがつかの間の安寧だと、どちらも理解していたからに他ならなかった。

葉はハオの意思に染まる事はない。そしてハオもまた、葉の言葉を受け入れることはない。
互いにそれを知りながら、平行線のそのやりとりを繰り返すことを互いに選択していた。
向き合えば、必ず二人は衝突するだろう。だからこそ、隣り合い語らうことなどできはしない。
そんな二人がとれる唯一の距離が、背中合わせのこの距離だった。

「月が綺麗だなぁ」

そうのほほんとした声音で告げた葉に、ハオは一瞬の間を孕んでから、短く答えた。

「月を見に来たのかい」
「おう。今日満月だろ?夜なのに明るくて、散歩に丁度よかったからな」
「そう」

理由まで同じとは。
そう胸の内側にくすぶる奇妙な感覚に座りの悪さを感じながら、ハオはそっと顔を上げた。爛々と輝く月は、静かに二人を見下ろしている。

「でもよ、今日は星があんまり見えねぇんだ」
「仕方ないさ。月が明るい夜は、星は見えないからね」
「そうなんか?」
「ああ。月が輝けば輝く程、星はその光に輝きを掻き消されてしまう」

煌々と輝く真円。孤高に地上を照らし出す、一条の導。
けれど、嗚呼。その姿は、ひどく孤独で。

「―――――お前は、月みたいだね」

ふいにハオの口をついて出たのは、そんな言葉だった。
無意識に零れたそれに、自分自身で目を見開く。けれどそれ以上に、応えた葉の言葉はハオにとって意外なものだった。

「―――――お前は、星みたいだな」

宣戦布告とも取れる葉の言葉に、ハオは口を噤む。
星の輝きを掻き消す月。その月に葉を例えたハオと、そんなハオを星に例えた葉。
お前を殺すのは自分だと、そういう意味にもとろうと思えばとれる。
けれど、それはできなかった。告げた声音が余りに淋し気で。
そして――…優しくて。

「……冷えてきたな。そろそろ眠くなってきたし、オイラいくんよ」

お前もほどほどにしとけよ。
そう手短に告げて、葉は立ち上がった。片割れが歩き出した気配を感じながら、ハオはそっと月を見上げた。何とも言い難いものを飲み下しながら、その気配を染み込ませるようにゆっくりと瞳を閉じる。つかの間の安寧は夜露とともに消え、朝日が昇ればまた戦いの日々が始まる。それだけだった。



――――その、はずなのに。



「「は?」」

一体全体これは、どういうことだ。
そう思ったのは、きっとお互いにだった。

「ハオ?どうしたんよ?」

"彼"の後ろから、葉がひょっこりと顔を出す。その事で更に"僕等"の疑念は加速していった。
相手の心が見るともなしに見えてしまう霊視から伝わってきた感情も、その訝しげな表情に見合ったものだ。
時刻は、何故か夕暮れ。そしてハオがいたのは無人島の林の中ではなく、日本と思しき街中だ。朱色に染まった世界の中。目の前に立つ少年は長い髪を後頭部で括り、皺ひとつない制服をきっちりと着こなしている。その右手には、学生鞄が握られていた。
後から現れた葉の姿も、先ほどまでの戦闘服ではない。傍らに立つ"彼"とは対照的に、ワイシャツのボタンを2つ目まで外し、肩掛けの大きなスポーツバッグを持っていた。
急に立ち止まった"彼"を不思議そうに見やった後。視線の先を辿る様にして"僕"を認めた葉は、僅かに瞳を見開いた。驚きと動揺を滲ませた表情のまま、"そいつ"と"僕"を交互に見遣る。
そして。

「な、なぁ、ハオ…オイラ達って……実は3つ子だったんか?」

葉は"僕"を…そう、未来王ハオを指差しながら、酷くマヌケな問いを傍らの"ハオ"に投げ掛けたのだった。



永遠の直線



決して交わることがないはずの、二つの直線。平衡世界。
そこに今自分がいるのも、グレートスピリッツの意思だというのだろうか。

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ということで、のんびり連載開始いたしました。
ちょっぴり続きます。

2013.08.04

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