※学パロ


「…もしもし」

長い様で短い呼び出し音。
急に鳴った携帯電話に目を白黒させながら通話ボタンを押すと、耳に当てた受話器から響く弾んだ声。嬉しそうにあだ名を呼ばれた瞬間、ホロホロの心臓がとくりと跳ねた。

「……ん?…ああ、久しぶりだな。…へへ、悪かったよ。時間なくってさ」

連絡を寄越さなかったホロホロを、遠く離れた場所から彼女が叱る。
確かに、一人暮らしを始めてから連絡をする時間がなかった。それも事実だ。けれど、そうしなかった理由はそれだけではない。自分を優しく叱る、この声が聴きたかった。
……なんて、そんな本音は照れ臭くって彼女には言えやしない。

「あ?…ははッ、料理の腕なら負けないぜ」

ちゃんとしたご飯食べてるの、そう心配げな彼女の声音に明るく笑い返す。
一応嘘はついていない。ホロホロ自身、料理は得意だ。けれどその食事内容が、実は学校で育てた野菜ばっかりのものだというのは内緒である。金がないお陰でベジタリアンも真っ青な食生活を送っているだなんて、格好悪くて彼女には言えやしない。

「ダム子こそ、料理出来るようになったのか?相変わらず焦がしたり鍋ふきこぼしたりしてんだろ」

話を逸らす様に断定口調で告げれば、少し不満げな答えが返ってくる。
思い返せば、彼女は昔から要領が悪い。不器用な訳ではない筈なのだが、どこか詰めが甘いのだ。

「…何言ってんだ。オレの飯はダチにも好評だぞ」

野菜ばっかりだけどな。
ホロホロは喉まで出かかったそんな言葉を飲み込む。電話越しでも彼女が拗ねているのが分かって、少し可笑しかった。いつものように、膝を抱えて身体を小さく丸めているのだろう。地元にいた頃よく目にした姿を思い出して、ホロホロは愛おしげに口元を緩める。
そんな彼女の仕草を密かに好きなのは、やっぱり内緒だ。

「……え?はぁ!?おい、ダム子ッ…!」

けれど、彼女が不意に発した台詞に、ホロホロは大きく目を見開いた。
回想を中断し、思わず立ち上がる。しかし「一体どういう事だ」と問い質す前に、彼女との通話は切れてしまった。
無機質な電子音だけが僅かに鼓膜を震わせる。呆然としながら、ホロホロは告げられた言葉の意味を必死に脳内へと巡らせた。

『明日、ホロホロに会いに行くから』

最後の瞬間耳に届いた、彼女の楽しげな笑い声が頭に響く。
なんてこった。まさか、こんな奇襲を喰らうとは思わなかった。
大人しそうな外見の割に、彼女が案外大胆な性格なのは知っている。だからこそ、それが面白くて、ホロホロは幼い頃から彼女と一緒に遊びまわっていたのだ。意見が食い違って喧嘩することも多々あったが、その案外頑固なところさえ気に入っているから困る。
そして彼女の行動力は、時折ホロホロをも上回るのだ。

「……うぁー…マジかぁ…」

すっかり不意打ちを食らったホロホロは、ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を掻き回す。
途方に暮れた声音とは裏腹に、気持ちの方はすっかり浮かれていた。
彼女に、ダム子に会える。
時間が経って驚きが引いてくると、じわじわと嬉しさが上回ってきた。
確かに、明日から連休だ。北海道からこちらに出向いてくるなら、程よい日程だろう。

「……へへへ」

久しぶりに、自分の手料理でもご馳走してやるか。
そう意気込んだホロホロは、がばっと勢いよく顔を上げた。そうと決まれば、今から準備をしておかなければならない。
けれど、密かな決意を宿らせたホロホロの視界に入ったのは、物が散乱した部屋と小ぶりの冷蔵庫だった。それを目にした瞬間、理想は現実の前に打ち砕かれる。
ふと頭をよぎったのは、何を食わせてやろうかということだった。
わざわざ連休中に北海道から東京へと来るのだ。もちろん、何かしらの観光もしていくのだろう。寝泊まりはホテルだとしても、食事くらいは一緒にしたい。けれど、今月はまだあと半分近く日数が残っている。相変わらず金はないし、手元の食材も野菜ばかりだ。冷蔵庫もあるにはあるが、あの中には特売の時購入した冷凍食品やらしか入っていない。まさか、レンジで温めたものを出すわけにはいかないだろう。
先程の電話でごまかした手前、野菜ばかりの手料理を披露するのも気が引ける。
実家からの仕送りでピーマンやらジャガ芋やら玉葱やらはしこたま送られてきたが、それを加えてもやっぱり手元には野菜しかない。
たまには鮭とかいくらとか雲丹とか送ってこいよ馬鹿親父と、ホロホロは心の中で悪態をついてみる。
けれど、それも仕方がない。反対を押し切って実家を飛び出したのは自分だ。金銭的な支援をしない代わりに食料を送ってくれるのは、なんだかんだであの父親なりの愛情なのだろう。

「しゃーねぇ……やるか」

ごくりと唾液を嚥下し、ホロホロは箪笥の上の貯金箱に手を伸ばした。
可愛らしい豚の貯金箱は、見た目に反してずしりと重い感触がする。非常時の為に上京した時からちまちまとしていた貯金だが、背に腹は変えられない。男には無理をしてでも格好をつけねばならないときがあるのである。今使わずにいつ使うのか。
円らな瞳の子豚と視線を交わし、ホロホロは心を決める。
嗚呼、さようなら。オレのぶたちょき。

「………お、おおおおお…!案外入ってるもんだな…!」

数分後、ホロホロは貯金箱の中身を確認して歓声を上げた。
折り畳み式のちゃぶ台の上にじゃらじゃらと広げられた小銭は、かなりの枚数がある。全く記憶になかったのだが、500円玉もそれなりに入っていた。1年ちょっとの地味な努力が報われた瞬間である。

「へへ…これならあいつにもなんか買ってやれっかなー」

鼻の下を人差し指で擦りながら、ホロホロは想像に胸を膨らませた。
せっかく遊びに来るのに、何も土産がないのはかわいそうだろう。

「あー…でも待てよ。だったら、あれか。葉達ん家に連れてって、他の奴らと一緒に鍋でもした方が飯代かかんねーよな…」

ううーん、とホロホロは腕を組んで考え込む。
食材を持っていけば、口うるさいハオも拒みはしない。双子の母である茎子には毎度毎度お世話になって申し訳ないのだが、鍋なら場所と食材さえ何とかできればホロホロだけでも手が足りる。炬燵も鍋も広い和室もある麻倉家は、いつもの面子で集まるにはうってつけだった。食費も光熱費も浮くので、ホロホロにとっても悪い条件ではない。
けれど、だが、しかし、だ。

「………あー……やっぱ、ナシだな。無理無理!却下だ却下!あいつらには会わせらんねぇ!!」

彼女をいつもの面子に会わせたら、からかわれるに決まっている。
蓮は基本的に色恋沙汰には興味がないし、まん太は他人の深い部分へ無遠慮に切り込んでは来ないだろう。
けれど、他の奴らは違う。
特に麻倉兄弟と情報屋のアフロ、ついでにレディーファーストとやらが染みついている緑髪のフェミニストは要注意だ。
リゼルグは育った環境からか、女とみれば誰彼構わず優しくする。彼の女性的で甘い外見と優しい台詞にコロッと絆される女生徒を、ホロホロは数多く見てきた。ダム子がリゼルグの態度に靡くとはちっとも思わない。けれど、それとこれとは話が別だ。
ハオはハオで、自分の外見が異性に対してどれ程有効かを熟知している。その分、厄介な存在だ。加えて、奴は感が良い。ホロホロが彼女に好意を抱いていることを覚られでもしたら、いっかんの終わりだ。完璧な笑顔と自然なエスコートでもって適度に彼女と親密になり、ヤキモキするホロホロを観察して遊ぶに違いない。魔王も真っ青の高笑いでもしかねない勢いだ。
その点、葉はハオ程性格がねじ曲がっていない分マシだろう。
しかし、奴は奴で油断できない。あのハオすらも陥落させる、壮絶な天然タラシでもあるからだ。ユルッとした笑顔で、とてつもなく効果覿面な爆弾発言を落としていくことが多々ある。ある意味において、ハオよりも危険要素は高い。
チョコラブは言わずもがなだろう。ダチの情報は売らない主義と言ってはいるが、それは彼に口止めをしたときだけだ。嫌だと口にしなければ、彼との約束は効力を発揮しない。しかし、情報は鮮度が命だと公言する彼を口止めするのは不可能に近かった。

「……よし、やっぱりやめておこう」

明日は俺だけでなんとかする。
そう固く決意し、ホロホロはぐっと拳を握る。そこでふと浮かんだのは、記憶の中のさらさらとした黒髪だった。肩口で切りそろえられた髪が揺れ、振り向いた彼女がホロホロに向かって笑顔を浮かべている。
最後にその顔を見たのは、あだ名を呼ばれたのはいつだっただろう。
おぼろげな記憶をたどってみれば、半年以上前のことだと気が付いた。

「明日、かぁ……」

胸に広がったこそばゆさのまま、ホロホロはくすぐったそうに笑う。
取り敢えず、今は部屋の掃除から取り掛かることにしよう。



世界は少女の呟きで廻っている



「ホロホロ!」

翌日。
空港までダム子を迎えにきたホロホロは、絶望のどん底に叩き落された。
自分の名前を呼んだ懐かしい声に振り返った瞬間、彼女の隣に余りにも見慣れた姿を見つけてしまったからである。

「お兄ちゃーん!私も来たよー!」

水色の髪をぴょこぴょこと跳ねさせながら、満面の笑みでピリカが手を振ってくる。
否、なんだかんだと言っても、ホロホロにとってピリカは大事な妹だ。満面の笑みで駆け寄られれば可愛くもある。
しかし、しかしだ。
てっきり来るのはダム子だけだと思っていた分、その落胆は大きかった。
ああ、さようなら。好きな子と二人っきりのパラダイスデイズ。

「……ま、いいか」

これでも一応、両手に花ということになるのだろう。
自分に向かってパタパタと駆け寄ってくる2人の少女を見詰めながら、ホロホロは幸せな溜息をついた。

===

ホロダムには是非是非甘酸っぱい青春をしてもらいたいなと思います。
あと本文には出てきませんでしたが、ピリカちゃんの所為でお兄ちゃんのお財布は予定よりもさらに寂しいことになります。
おまけになんだかんだと会わせない様にしていた双葉や他の子達にも、偶然街中で会ってわたわたすればいいと思います。
考えてるとすごい楽しいです。

2011.11.28 memoから格納/加筆修正

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