※学パロ


不意に、気恥ずかしくなる瞬間がある。

「…ん」

息苦しさからふと覚醒した意識に、葉はのろりと瞼を持ち上げた。
カーテンの隙間からほの淡く日差しが差し込む部屋は、それでもまだ十分に薄暗い。眠気を誘う暗闇が、そこには静かに横たわっている。二人分の体温が移った、ぬくぬくとした布団は心地いい。
けれど、葉の身体の上にはハオの腕が存在を主張する様に乗っかっていた。通りで、少し息苦しい訳だ。
あどけない表情で眠る片割れを見遣り、葉は内心苦笑する。

「……おはよう」

何気なく呟いた声音は、いやに甘く掠れていた。
それを自覚した瞬間。葉は、反射的に手の甲で唇を押さえていた。照れ臭さと気まずさに、左右から気分を引っ張られていく。

……いやらしい声だなと、自分でも、少しだけ思った。

昨晩の熱を引きずった、甘怠い声音。
誰にも聞かれていないとはわかっているのに、こういう瞬間は酷く気まずい。そんな気分の一因でもあるハオの腕から、葉はそろりと抜け出した。
温かい布団を離れ、冷たい空気の満ちた廊下へと足を進めていく。歩く度に身体の端々から響く重い甘さが、葉の羞恥をじりじりと嬲った。
なんとか台所までたどり着いた所で、小さく吐息をつく。膝から下が、ガクガクと震えていた。
けれどそれよりも、この声をなんとかしたかった。
なんだかいたたまれない気分になりながら、葉は食器棚から無造作に取り出したグラスへと水を注ぐ。
それを一気に煽った瞬間、ちりちりと喉に走った痛みに眉をしかめた。

「……あー…あ、あ、あー…」

試しに声を出してみる。
若干掠れてはいるけれど、先程よりは幾分マシだ。
それに満足して、葉は流しの縁に両腕をつき、頭を落としながら深く長い吐息をついた。
こういう風に日常へと戻る瞬間は、奇妙なまでに安堵する。

「ん?」

けれど、その瞬間。
ぺふ、と軽く肩に触れた髪の感触に、葉は小さく首を傾げた。
視線を向けた先には、ころりとした丸い頭がある。さらさらと葉の肩に零れた黒髪が、首や腕に触れてくすぐったい。

「……なに、してるの」

まだまだ眠気を引きずるとろりとした顔で、ハオが不満げに唇を開いた。
至近距離で自分を射抜く赤茶の瞳に、葉の心臓がとくりと跳ねる。

「…のど、渇いて」
「…そう」

ぽつりとつぶやいた葉の答えに短く応じ、ハオはぐりぐりとその肩口に額を擦り寄せた。
寂しがりの猫が甘える様な仕種だなと、いつも思う。腰に回された腕は、酷く温かい。

「……おきたらいないから、びっくりした」
「……すまん」
「うん。いい。……見つかったから、いい」

そう抱き寄せた葉の肩に頭を凭れさせ、ハオはとろりと呟いた。

……こういったやりとりが、不意に気恥ずかしくなる瞬間がある。

ハオの言葉は、葉をわざわざ探していたのだと暗に示すものだった。
抱き合った翌日。一緒に包まった布団の中で、寝ぼけたハオが自分を無意識に抱き寄せることを、葉は知っている。
おそらく、今日もそうだったのだろう。
無意識に葉を抱き寄せようとしたハオが、いくら手探っても見つからない片割れを不思議がって、目を覚ましたのだ。そのまま暖かい布団を抜け出し、上に何か羽織る間も惜しんで、ハオは葉を探しにきたらしい。
その一連の流れが手にとる様にわかって、葉はじわりと頬を染めた。
何と言うか、こういう瞬間は酷く気恥ずかしい。
無防備に曝されたハオの剥き出しの腕や身体が、葉の羞恥に尚更拍車をかけていく。

「…それで?」
「え」
「もう、いいの?」

葉の肩に頭をもたれさせたまま、ハオはとろとろとした口調で問う。
ハオが何か喋る度に、吐息が肌へと触れてくすぐったい。そして、その感触が酷くこそばゆい。
何故なら、今の空気がどことなく昨晩の甘い名残を引きずっているからだ。
その雰囲気にどぎまぎと心臓を跳ねさせながら、葉はしどろもどろに問う。

「な、にが」
「のど。もう、渇いてない?」
「だい、じょうぶ、だ」

つっかえつっかえに答えた葉へと、ハオは一度だけ小さくうなずく。

「ん。それじゃあ…もう少し、寝よう」

ぼくまだねむい。
そう甘えた声音で告げながらさらに凭れかかってきたハオに、葉は一層いたたまれない、なんとも表現しがたい気分になった。
確かに、今日はふたりきりだ。
両親もいなければ、予定もない。のんびり惰眠を貪っても問題はないだろう。そもそも、そうでもなければ昨晩あんな行為に及ぶこともなかった。

けれど、だが、しかし。

葉の中は、ぐるぐると渦巻いていた。
おそらくというか、ハオは確実に葉を抱きまくらにして眠るつもりなのだ。
今の気分で、その状態になるのは非常に頂けない。

「いや、あの、だな」
「……だめ?」

強請る様な声音と普段にはない甘い眼差しで上目遣いに問い掛けられれば、葉に断る術などなかった。
反射的にひしっと片割れを抱き返すと、嬉しそうに頬を擦り寄せられる。
寂しがりの猫が懐いた飼い主へと擦り寄る様な、甘い甘い仕種だった。

「じゃあ、へやもどろう」
「うぅ…」

そう短く促したハオに、葉は低く呻きながらも従おうとした。
途端。

「…あ」
「…なんだよ」
「…わすれてた」

急に声をあげたハオに、葉は訝しげに眉をしかめる。
そんな片割れへふにゃりと笑い返し、ハオはあっさりと距離を詰めた。

「ん、っ」
「おはよう、よう」

吐息が触れ合うような距離で、甘く囁かれる。
蕩けそうな程に甘い笑みと余りにも自然に重ねられた唇に、葉は瞳を見開いたあと、頬を染めながら俯くしかなかった。
まったく、敵わない。



融け合うための行為その壱



たったこれだけのことが、途方もなく幸せなのだ。

===

今回は葉くんに照れ照れして貰いました。
カッコイイ双葉も好きですが、かわいい双葉もとても好きです。

2013.05.12

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