※学パロハオ葉
直接的ではありませんが、ほんのりいかがわしいので苦手な方はご注意下さい。


葉は、何もわかっていない。
否。正確にはまったくの無知な訳ではなく、ただ純粋にその事象をハオと葉の現実として認識できていない。ハオはそんな葉に安堵する半面、酷く鬱屈とした暗澹たる気分を腹の辺りに抱えている。愛おしいと思う以上に、そんな葉を憎たらしいとさえ思ってしまう。葉が安穏と傍らで過ごしている間、その隣でハオがどんな嗜好に塗れた思考を展開しているのか。あの片割れは知りもしない。否、知らないからこそ、葉の平穏は保たれているのだ。

触れたいと思う半面、恐ろしくもある。

「しないのか」

静かに問い掛けてきた片割れの声音に、ハオはのろのろと顔を上げた。視線を向けた先には、無防備に上半身を露にした葉がいる。程よく日に焼けた健康的な肌が、目に馴染んだ薄暗い夜闇の中からぼんやりと滲んでいた。
それを認識した瞬間、背骨に突き抜ける様な興奮が走る。じわりと、後頭部が痺れる様に甘怠い熱をもった。けれどその半面、ひやりとした嫌な感触の塊がハオの腹の中に沈澱していく。

「はお?」

動かない片割れに、葉は不思議そうに首を傾げた。癖のある髪の一房が、その肩へと零れる。月の光を落とし込んだ亜麻色の瞳は穏やかだ。

そんな彼に、触れたいと強く思う。

けれどその半面、触れることが酷く恐ろしい。
自分の欲望を葉にぶつけてしまっていいのか、そんなハオを葉がどう思うのか。悶々とした思考を抱えながらも、流されるままに葉を抱こうとしている自分がいる。当たり前だ。触れたいのだって、本当の気持ちなのだから。

『後戻りできなくなりたい』

そう言ったのは、他でもないハオ自身だった。
ふと、口をついた本音。その言葉を聞いた葉が、ぴたりと動きを止める。持っていた湯呑みをちゃぶ台へと下ろし、葉は空気に染み込ませる様に、ゆっくりとハオを見遣った。さらりと流れた黒髪から、亜麻色の瞳が覗く。それは、磨き上げられた琥珀のように静かだった。

『……全部、欲しいのか?』

そう告げる声は余りにいつも通りで、ハオは一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
呆然と自分を見つめてくる片割れを見つめ返したまま、葉はそっとハオの手を取る。びくりと反射的に震えたハオの手を引き、立ち上がった葉が向かったのは二人の私室だった。
柔らかく覆うように握られた掌を振り払うことさえ、ハオにはどうしても出来なかった。

「…はお?」

どうした、と問う葉の声音は柔らかい。
葉に部屋へと連れ込まれ、なし崩しの様に布団を準備して。豪快に葉が服を脱ぎだしても、ハオはただ、それを見つめる事しか出来なかった。
葉の行動がわからない。
求めていたのは、自分の方だったはずなのに。
そう、どこかぼんやりと思う。仄淡い月明かりに照らされた華奢な背中の白さが、酷く鮮明にハオの網膜へと焼き付いた。

「―――はお」

中途半端に乱れた姿のまま、葉がそっと、震えるハオの手を取る。

――そう。
情けないことに、ハオの手は震えていた。

「………よう」

なんとか搾り出した声音も、泣きたくなるほどに掠れている。
欲しかったはずなのに。望んでいたはずなのに。それが今、目の前にあるのに。

何故か、怖くて怖くて堪らなかった。

そんな感情のまま、途方にくれた気分で葉を見遣る。すると、真っ直ぐにハオをみつめていた亜麻色の瞳が、甘やかす様な苦笑を浮かべた。

「……仕方ねぇやつだなぁ、はおは」

そう告げられるのと同時に、葉の指先がするりとハオの服へと伸びる。
触れることを躊躇しない指先は、そのままひとつずつ、けれど確実にハオのワイシャツのボタンを外していった。

「ッ、よう」
「だいじょうぶだ」

一体、何が。
そう、縋る様な気持ちで思った。
戸惑いから上擦った様な声音で名前を呼んでも、葉はただ淡々と手を進めていく。
葉の手によって剥き出しにされていく身体が、尚更ハオの不安を煽り立ててた。

「はお」

こっちにこい。
言葉と再び引かれた手で葉にそう促されて、ハオはただ従うしかなかった。
生まれたままの姿になった葉が、同じく何も身に纏わないハオを抱き寄せる。
それでも、触れ合った素肌は酷く温かい。

「…寝るぞ」
「え」

唐突な葉の言葉に、ハオは瞳を見開いた。
けれど、葉はそんなハオにお構いなしだった。ぺふ、とマヌケな音をさせて、片割れに布団へと引き倒されてしまう。
身体へと掛かる確かな重みに、ざわりとハオの背骨が甘くざわめいた。

「なんか変な感じだなー」

ハオごと自分を掛布で包み込みながら、葉はウエッヘッヘといつもの気の抜けた笑い声を上げている。葉の行動についていけないハオの頭は、混乱を増すばかりだった。
石鹸と葉の体臭が混ざり合った匂いが、ゆっくりと肺を満たしていく。

「なぁ、はお」
「………なぁに」
「恥ずかしいか?」

無邪気に問う葉の言葉に、ハオは一瞬息を詰める。
けれど、目の前の肩口に額を埋めながら、素直に答えた。

「……恥ずかしいよ」
「あはは、オイラも恥ずかしい」

答えながら、葉の掌がハオの背を柔らかく撫でる。こそばゆさと嬉しさを照れ臭さで包み込んだ様な、そんな声音だった。指先は触れた場所へと淡い温度を残しながら、ハオの内側の薄い被膜の表面をそっと震わせる。

「はおの匂いとか、体温とか、あと、なんか、なんだ…緊張するけど落ち着くし、でも、ドキドキする」

鼓膜へと落とし込む様に囁いて、葉はハオの頭へと自分のそれを擦り寄せる。掠れた声音が言葉以上に優しくて、ハオはゆっくりと唇を開いた。

「……平気そうな顔、してるくせに」
「してねぇっつうの。第一、お前今オイラの顔みえねえだろ」

軽口を叩けば、不満げに、けれど何処か恥じらう様な声音で葉がぶっきらぼうに呟く。そのまま、葉はハオの頭を腕の中に抱え込んだ。
耳が触れた葉の胸からは、とくとくといつもより早い鼓動が聞こえてくる。

「……よう」
「うん?」
「……これって…?」

戸惑いがちに問い掛けたハオへと視線を合わせてから、葉はそっと、愛おしむ様に口元を緩めた。
細められた亜麻色の瞳は、春の木漏れ日の様に淡く煌めく。触れ合った額と同じ温度が二人の間を静かに満たす。

「はおは、やっぱり仕方ねぇなぁ」

そう独り言の様に呟いて、葉はハオの身体をしっかりと腕に抱いた。混ざり合う体温へと溶け込む様に、いつもより早い葉の鼓動がハオの内側を小さく揺らしていく。それが酷く気恥ずかしくて、同時に嬉しかった。それとは裏腹に、やはり戸惑う気持ちもあるにはある。
けれど、淡い鼓動が鼓膜を震わせ、それが自分のものと重なる度に、ハオの瞼はゆるゆると落ちていった。緊張と安堵。寂寥と充足。矛盾した感情が渦を巻き、混ざり合って融けていく。
徐々に遠退いていく意識が途切れる瞬間に感じたのは、髪を撫でる掌の淡い感触だった。



にがくてあまい願い事



目覚めると葉の寝顔が間近にあって、ハオは酷く動揺した。
寝ぼけていた頭も一気に覚醒する。飛び起きたせいでずり落ちた掛布から覗いた自分達の姿が、何も身につけていない事実が今更ながらに気恥ずかしかった。

「…………本当に、仕方がないなぁ」

そうしみじみと思う。
後戻り出来なくなりたいと言いながら、自分の方が覚悟も何も出来ていなかった。けれど、そうなりたいのも間違いなくハオの本心だ。その矛盾した二つの感情を、葉はそっと、どちらも取りこぼすことなく掬い上げてくれた。ハオの感情を拒むことはないのだと示しながら、戸惑うハオの気持ちを汲んでくるみこんでくれた。

「………いろいろ、考えさせたんだろうなぁ」

未だ眠りについたままの葉の髪を撫でながら、思う。
きっと、ハオが考えている以上に、葉は真剣にハオとの事を考えていてくれたに違いなかった。ハオの言葉に直ぐさま応えたのも、おそらく葉の中では既に答えが決まっていたからだろう。
葉の方が、よっぽど覚悟を決めていたのだ。

「………すきだよ、よう。ほんとうに……ほんとうに、すきだ」

ハオは布団に落ちていた葉の手に指先を絡め、掠れた声で繰り返し囁いた。
指先から混じり合う体温に、どうしようもなく泣きたくなる。

「……なにしてんだよ、くすぐってぇぞ」

ぴくりと震えた指先に気づいて顔を上げると、葉が困った様に笑っていた。
そんな葉の顔を見た瞬間、胸から喉にかけて何かが込み上げる。

「……はお?」

どうした、と問う声音は柔らかい。
そんな言葉に「なんでもない」と小さく答えながら、ハオは葉のそれに絡めたままの指先へと、そっと力を込める。

なにもかも中途半端だった。

それでも、この手だけは離さない。
きつく唇を噛み締めて緩む視界をなんとか留めようとするハオを、葉は「やっぱり仕方ねぇなぁ、はおは」と笑いながら抱き寄せた。

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2013.08.31

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