※小話まとめその16
Memoからの格納1本と初出1本の計2本。
どちらもちらっと如何わしいので、苦手な方はご注意下さい。


またか。

そう、葉は鏡の前で甘い溜め息をついた。
寝間着替わりにしている浴衣の袂。そこから覗く首筋の赤い花弁に、なんとも言えない気分になる。
行為の名残を付けられることは、別にいやではない。互いに望んでしたことだ。気恥ずかしくはあるものの、それ自体は否定しない。
しかし、何度言っても、ハオは目立つ位置に痕を残したがる。
否、もっと正確にいうなら、特定の場所に必ず痕を残すのだ。それがこの、首筋の痕だった。
髪の毛でぎりぎり隠れる位置ではあるものの、その存在を忘れてうっかり髪を結んでしまえば見えてしまう。友人達に指摘され、過去に何度か気恥ずかしい思いをしたものだ。「蚊に刺された」といって誤魔化しているが、信じて貰えているかはまた別の話である。

「むー……」

僅かに唸る。
これでは、暫く髪を結べない。明後日は、確か体育がある日だ。うっかり結んでしまわないようにしなければと、葉は再び溜め息をつく。

「なに、鏡のまえで難しい顔して」

不意に背後から絡み付いてきた腕に、びくりと葉の体が震える。
けれど、こんなことをする人物は一人しかいない。それは他でもない、葉を悩ませている張本人のものだった。

「…………誰のせいだよ、誰の」
「さぁ」

振り向きながら不満げに告げれば、とぼけた応えが返ってくる。絡み付くついでにまた首筋へと唇を這わせてきたハオに、葉はもう何度目かわからない甘い溜め息をついた。ため息ついでに片割れの額をぺちりと軽く叩けば、閉じられていた赤茶の瞳がゆるりと開く。

「なに」
「さぁ」

先程の意趣返しにそう応えると、ハオはくつくつと喉を鳴らして笑った。笑い混じりの吐息が首筋に触れてくすぐったい。

「それなら、いいじゃない」
「なにがどうしたらそうなるんだよ。今日はもうやだぞ」
「えー」

そう首筋を甘噛みしながら不満げに答える声音は、楽しそうだ。
じゃれる様な口づけは、くすぐったくはあるものの、酷く甘い。

「ったく……つけるなら見えないとこにつけろって言ってるだろ」

ハオに向き直りながら葉がそう告げれば、甘くとろけた赤茶の瞳が悪戯な色を宿す。不満げに尖った葉の唇に啄む様な口づけを繰返し落とし、ハオは悪戯っ子の様に囁いた。

「だって、同じ場所につけなきゃマーキングにならないじゃないか」

そんなハオの台詞に、葉は再び溜め息をついた。

―――――――そんなことをいって、他の場所にも散々付けている癖に。

そう、呆れた気分で思う。確認した訳ではないのではっきりとしたことはいえないが、浴衣の下に隠れて見えない鎖骨や脇腹、足の付け根にも、おそらく赤い花弁が散っている筈だ。
何故なら、昨晩この片割れがそのあたりへと執拗に唇を這わせていたからに他ならない。

「お前って、なぁ……」
「なに」

甘えたというか、無器用というか、なんというか。
相変わらず複雑極まりないハオの思考回路に、葉はしみじみと溜め息をつく。
拭いがたい独占欲と、顕示欲。それをやわらかく包むのは、紛れもない葉への愛情だ。
見えそうで見えない赤い花弁。その危うい位置こそが、ハオのことを何よりも雄弁に物語っている。

だからこそ、葉は悩んだ末にこう告げた。

「だったら、今度は脚んとこにしろ。そうすりゃあ………オイラとお前しか知らんだろ」

葉の言葉から数瞬の間を孕んだ後。
軽く瞳を見開いたハオは、嬉しそうに微笑んだ。「じゃあ、今すぐつける」と葉を部屋へと連れ戻して布団に引き倒した片割れに、もう何度目かわからない甘い溜め息をつく。

ハオが欲しいのは、甘い甘い秘密の共有だ。

求め、受け入れられる事実。
それを得る為に、この片割れはしょっちゅう葉を困らせたがるのだ。

「っ、ん……」
「きもちいい?」

はだけた浴衣から覗く太股に唇を這わせ、ハオが悪戯っぽく囁く。
その低く掠れた声音に滲む確かな熱に、葉は甘く体を震わせた。
なんだかんだ、そんな風にハオを甘やかすことが、きらいではない。

「………さぁ」

その思考を肯定する様に、葉は甘い吐息混じりにハオの悪戯を受け入れる言葉を、小さく囁いた。



遠回りして逢いにきて



「ん、ッ」

かり、と甘く首筋を噛まれて、僅かに体が震えを帯びる。
はらはらと肩口に零れてくる髪がくすぐったい。

「はーお、こーら」
「こんなかっこうしてる葉が悪いんだよ」

責任転嫁か。
そう内心悪態をつく間も、片割れの悪戯な指先は止まらない。首筋をなで、頬を滑り、唇をなぞってからゆるゆると顎を過ぎ、だぼだぼのワイシャツから覗いた胸元へと進んでいく。

「ん……」

葉の体躯に比べて一回り大きいワイシャツ一枚では、たいした障害にもならない。
戯れのように触れる指先は、けれど確実に葉の中心へと甘い揺さぶりをかけてくる。柔らかく耳朶を噛まれる刺激に、小さく吐息が漏れた。

「も、だめだって……」
「やだ」
「やだ、じゃ……っ、なく、て」

緩く頭を振って戯れる様に噛みついてくる唇を振りほどいて振り向けば、今度は甘く唇を塞がれた。
強引な指先とは裏腹に、伺うように下唇を柔らかく噛まれる。濡れた舌先が誘うように上唇と下唇の境目を舐めた。熱を孕んだ眼差しに誘われるように唇を開けば、狙い済ました様に舌先が滑り込んでくる。

「は、っ……」
「ようだって、その気の癖に」

にやりとつり上がった唇を、濡れた舌先が見せつけるように舐める。
そう、分かっている。
葉とそう体格の変わらないハオにとってもかなり丈が余るワイシャツを、わざと肌を重ねた後で布団の横に置いておく意味も。その指先が強引なふりをして、本当は葉が応えるまで核心には触れてこないことも。それがこの片割れなりの甘え方だということも。
そして、それを自分が拒まないことも。

「わかったから、ちょっと落ち着け。……布団いくぞ」

そう羞恥を頬に乗せながら告げれば、赤茶の瞳が甘くとろける。
嬉しげに耳朶へと口づけてくるとんと言うことをきく気のない片割れに、葉は気だるくて甘い溜息をついた。
こうなることがわかっていてこの台詞を言うのだから、全くどうして、どっちもどっちなのである。


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はっぴーはおようでぃ!

2015.08.04


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