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 件の林に着くと、確かに奇妙な噂が立つには十分すぎるほどの不気味な場所だった。想像以上に闇が深く、月明かりだけが周囲を知る頼りだ。そして、さらにその闇を強調するように辺りは全く人工の音がしなかった。鈴を鳴らす様な虫の合唱と、思い出した様に寝ぼけ声を上げるアブラゼミ。そして、太く響くふくろうの男。
 車のエンジンやエアコンのモーター音から離れた場所にいると、自然と心が落ち着く気がした。
 もう、帰ろうかな。
 悪戯心を満たすまでもなく、頭がすっきりした。息を吸い込むと、生暖かい、然し清浄な空気が肺を満たす。もう少しだけ、また、頑張れそうな気がした。真央は腕を思い切り頭上に伸ばして深く呼吸した。頭に血が巡る。十分に、満足した。
 来た道を帰ろうと振り返ろうとした瞬間、真央は息を飲んだ。彼女の背中にぴったり寄り添って、一人の女が立っていたのだ。吐く息が首筋を震わせそうな距離なのに、その気配すら感じていなかった。一寸の隙間もなく真央の真後ろに立ち尽くす女。腹の底から、凄まじい怖気を感じた。全身総毛立つ。
「同業者、ですか?」
 消え入るような声で女が尋ねてきた。伸び放題の髪の間から、白い白い、紙よりも白い顔が覗いていた。こんなに白い顔を、真央が最後に見たのは、亡くなった祖母の葬式でのことだ。女の白い顔に表情はなく、瞳から生気も感じられない。それなのに、唯一唇だけは鮮血のように毒々しい赤い色をしていた。
 突然背後から現れた謎の女から、真央は声を出す間もなく逃げ出していた――――

 無心に駆けて家に辿り着くと、真央は恐怖による吐き気を催していた。あの女も、自分と同じ様に気分転換のために幽霊を装ったただの人間だ。そう言い聞かせる自分の言葉も最早信じられなかった。確信があるのだ。理屈では語れないこの恐怖。女性の肌が死人の色をしていたから怖かったのでも、噂の場所に不気味な女がいたから怖かったのでもない。すべての感覚を冷やすような、心臓を握り潰す様な圧倒的な感覚。その全身を支配する感触は、体験した者にしかわからない、筆舌に尽くしがたいものであった。
 真央は勉強机の前に腰掛けると、大きく息をついた。夏にもかかわらず、収まらない鳥肌を撫でた。自分自身の悪戯心が招いた悪夢だ。彼女は、身震いをすると問題集に手を伸ばした。
 真面目にやろう。心の底からそう思った。
「同業者、ですか?」
 耳元で聞こえて来た声を振り向く気にはなれなかった。

掲載元:upppi 様より第2回upppiホラー小説コンテスト『ぷちほらー』 応募作品ページ



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