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「同業者、ですか?」
 消え入るような声で女が尋ねてきた。伸び放題の髪の間から、白い白い、紙よりも白い顔が覗いていた。こんなに白い顔を、真央が最後に見たのは、亡くなった祖母の葬式でのことだ。女の白い顔に表情はなく、瞳から生気も感じられない。それなのに、唯一唇だけは鮮血のように毒々しい赤い色をしていた。
 突然背後から現れた謎の女から、真央は声を出す間もなく逃げ出していた――――

 夏休みで、燃え尽きた。
 机に突っ伏した真央はひとりごちた。頭は靄に覆われた様に思考力を奪われ、目の前の英語の長文が古代文字か何かに見える。一文字たりとも、意味を持った言語として脳に入ってこなかった。
 長期休暇に頑張りすぎたのだ。親に教師に、塾の講師に友人に――――あらゆる人に鼓舞され、煽られ、励まされて燃え上がらせた闘志の為に、睡眠時間返上で勉強に熱を上げた。
 そしてその結果が現状だ。完全に燃え尽きて、今は彼女の中にろうそくの芯ほども燃やす物はない。疲れ果て、戦いに飽きた真央の骸は、今やペンを取ることも出来ず、ただただ机の前に転がるのみであった。
 疲れたなあ。気晴らしでも、してこようかなあ。
 そう思い立って椅子から立ち上がるものの、その気晴らしの当てさえも思いつかず、再び腰を下ろした。音楽を聴くのも怠い気がするし、風呂も今は気が進まない。テレビを見るのは騒々しくて元々好きじゃない。このまま寝てしまいたいが、残念ながら眠気はない。読書なんてもってのほか。
 悶々としていると、ふと家の近くの林が頭に浮かんだ。真央自身は全く信じていなかったが、あの近辺には髪の長い女性の幽霊が出没するという噂がある。狭い田舎道に街灯はなく、近くに民家も見当たらない。そのくせ林を抜けたところに広大な墓地があるのだから、そんな噂が立つのは自然の摂理と言えた。
 私ね、見ちゃったのよ。さっきお母さんとあそこを車で通り抜けたらね、一瞬だけど女の人が、白い服で髪の長い女の人が、道の脇に立ってこっちを見ていたの。
 友人が、心底怯えた様子で話しているのを聞いたのは、つい数分前の電話でだった。真央はその時、噂を意識しすぎて、普通の女性に恐怖を抱いているのだろうと曖昧に理解した。
 しかしよく考えてみると、こんなに面白いことはほかにないだろう。小さな町だから、そんなくだらない噂の巡る速さは光をも驚かせるほどだ。誰もがあの噂を知り、少なからず意識している。それらしい姿であの林に立ち尽くすだけで、残暑の夜に仕方なくそこを通過した哀れな通行人の恐怖する顔を拝めるかもしれない。
 真央は、俄然やる気に火が付いた。失われていた彼女の中の可燃物を、悪戯心が掘り当てたのだ。真央は早速白いワンピースに着替えると、後頭部で結んでいた髪を下ろした。試しに髪で前髪を隠して姿見に映してみる。量も多く、肋骨に届くかという長さの黒髪は、蛍光灯の下でもうまい具合に不気味さを演出してくれた。



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