第4話

 その日両親共々中宮家に招かれた私は、彼女の自室にて二人で遊ぶこととなった。当時より西洋人との交流が深くあらされた飛鳥様は、私にその西洋かぶれ振りをご自慢なさりたかったのであろう。然るに私の意識を引いたのは、嬉しそうに彼女が紹介するフランス人形ではなく後ろに控える貧しい召使の少女であった。
 恋を知らぬ幼子の目から見ても婚約者の姿は愛らしく、飛鳥様が熱っぽい表情で私に微笑みかける度、胸を高鳴らせていた。その時までは、私は彼女に嫌悪を抱く理由はなかったのだ。高貴な令嬢が自分を愛しているという幸運に感謝し、彼女の美しさに唯感激していた。私に話し掛けなさる彼女は常に優しい口調で、その温かみのある会話に浸っているだけで身も心も洗われる様に感じていたのを覚えている。だからこそ、突然悪女と転身された飛鳥様の姿に私は戦くばかりであった。
「お前、清輔様の為にエクレールを持っておいで。ほら、さっさとなさい。鈍臭いわね」
 直前まで柔らかに私との会話を楽しんでおられた飛鳥様は、出し抜けに豹変なさったのだ。薄汚れた同年代の召使に対する命令は高圧的に甲高い声で為され、人を人とも思っておられない御様子であった。私は、自分の様な身分の低い華族に想いを寄せる彼女のことであるから、飛鳥様は下の地位の者にご親切であると思い込んでいた。想定を超えた出来事が起これば、人は呆然とするものである。あまりに突然の出来事に私も刹那我を忘れていた。そして驚きを感じるまでもなく、彼女は再び愛らしい天使へと戻られたのだった。
私は、それが夢であったのだと自分に言い聞かせようとした。可憐な飛鳥様が召使に暴言を吐いて手厳しく振舞われる筈が無い―――然し、私の期待はその日の内に幾度も裏切られた。飛鳥様は、何か気に障ることがあればその下郎の頬を張られ、返事をする声が小さければ詰られる。可愛らしい少女とは程遠いその様子は、女豹の姿を彷彿とさせた。
 我が高倉家にも女中や執事などは居た。彼らはやはり身分の高い者ではなかったが、高倉家や私の為に心を込めて尽くしてくれる者達ばかりであった。幼い私は彼等を心から慕い、家族同然に思っていた。高倉家の未来の事しか考えぬ両親よりもよっぽど、奉公人達と共に時を過ごした方が私にとって安らぎであったのだ。それ故に、私は飛鳥様の側用人への仕打ちが許せなかった。両親の言い付けもあってあからさまな嫌悪を示すことはなかったが、それでも心の内では怒りの気持ちが渦巻いていた。今思えば、私は彼女の豹変を目にして以来一度も飛鳥様に好意を抱いたことはなかった。その美しさは何か汚らわしいものに思われてしまったし、私へのご好意ですら狡猾な女狐の仕業に思えてならなかった。
 呼吸音が煩いからという理由で歳の近い召使を床に張り倒された時、とうとう見かねた私は飛鳥様を諌めた。飛鳥様のお気に触れる事のない様強く申し使っていた私には、控え目に意見するのが精一杯であった。
「飛鳥様、あまりお仕置きをなさっては彼女が可哀想です。どうかこの私に免じてお許し下さいませんか」
 恩赦を申し入れられたのは初めてのことだったのであろう、飛鳥様は不満そうな表情をなさった。私は、両親の期待を裏切って仕舞ったのではあるまいかと幼心に冷や汗をかく思いであった。然し私の心配を他所に、飛鳥様は唇を尖らせただけでそれ以上は何も仰らなかった。幸いなことに、私は自分で思っていた以上に彼女から愛されていた様なのだ。
 幼い飛鳥様は、召使を奴隷のように扱うことに何の疑問も抱いておられなかった。彼女の中でそれは道具でしかなく、棚や時計等といった家具と大した違いは無いのだ。唯一の相違点は、彼らは殴れば悲鳴を上げるということ。そしてそれは幼い令嬢にとって喜びでしかなかった。



- 4 -

| Contents |




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -