10.暴走

「みんな腰抜けかよ」
 全員が同意しても、夏江だけは依然、憮然とした表情を崩さなかった。提案者ということを考えれば、無理もないのかもしれない。こっくりさんの帰し方を吉彦が勝子に確認しているのを尻目に、勝手に一人で囁きだした。
「こっくりさんこっくりさん、あたしの結婚式はいつですか」
「沖野さんっ!?」
 勝子が一瞬固まって、悲鳴のような声をあげた。普段の大人しい姿からは想像もつかない声だ。だが夏江は気にもせず、悠々と十円玉を眺めていた。口には得意げに微笑を浮かべている。だが、銅銭はぴくりともしない。
「お前、勝手に何してるんだよ」
 吉彦は慌てるというよりかは呆れた調子であった。半分睨みつけるように夏江を凝視するが、彼女は超然とした態度でサラリと言い訳を言ってのけた。
「質問しないで返したらこっくりさん怒るかも」
 濃い化粧の向こう側で、幼い少女の様な瞳が輝いている。吉彦は溜息混じりに呟いた。
「何を根拠に……」
「女のカンだし。悪い?」
「悪いだろ」
 不貞腐れる様に言うと、すかさず吉彦が答えた。
 夏江の行動は普段から自分のしたい様に、思ったままに、というのがモットーであるらしかった。ここにいる理由も、授業中に彼氏と電話をしたことが原因だ。周囲の事や規則は彼女には関係ない。夏江を縛る物は、自分自身だけだった。
「とにかく、折角呼んだのにもう帰しちゃうとか、ヤダ」
「子供かよ」
 駄々を捏ねるように夏江が言うと、またしても吉彦が鋭く突っ込んだ。だが、夏江は子供扱いをされても拗ねる様な事はなかった。かえって、吉彦との会話を楽しんでいる風にも見えるのだ。
 勝子は、まだ動かない銅銭をじっと見つめていた。こっくりさんは、最初の内は尋ね事をしても直ぐに反応しない事が多い。それを知っているから夏江も飄々と待っているのだろう。だが、勝子は全身を固くしてそれを警戒していた。
「……適当にいくつか質問して帰ってもらおう」
 最悪、手遅れの場合もある。だがこっくりさんと触れている期間がまだ短い分、今ならまだ間に合う。それまで黙りこくっていた悠二も、勝子をしっかりと見て頷いた。
「そうだな。沖野、お前もわがまま言うなよな」
「ムカつく」
 夏江はギロりと悠二を睨みつけた。茂みの様な睫毛の下からの視線は恐ろしい。だが、勝子が懇願するような眼差しで見つめると、一瞬息が詰まった様な顔をした。夏江の友人は強かな者が多く、勝子の様な純粋な者からの清廉な視線を受けたことがなかったのだ。夏江は目を逸らして不満そうに口を尖らしていたが、何度かチラチラと勝子を盗み見た後、最後には渋々頷いた。
「わかった、そこまで言うならこれで終わりにしてもいいよ」
 だが、それで終わりにはならなかった。
 夏江が呟いた刹那、指の下の十円玉が激しく震えだし、次の瞬間には大きく円を描くように紙の上を走り出したのだ。



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