honey trap



 カミュは追い詰められていた。
 いや、この状況は、押し倒されていると言った方が正しいのかもしれない。先程まで自らが操縦していた狭いコックピットの中で。様々な機材や装置が点在し、それが背中に当たり痛みを覚える。だが今は、そんなことを気にしている場合ではない。

「美風、どういうつもりだ。ふざけるのも、大概にしろ」
「ふざけてなんかいないよ、カミュ。ボクは至って、本気」

 此方を見下ろしてくる彼の瞳は、真剣そのもの。寧ろ、怒りさえ滲んでいるように見える。どうやら本当に、冗談でしているわけではなさそうだ。
 カミュはシャイニングエアラインのパイロットをしている。そして、今自分を押し倒しているのは、同僚でもある美風藍だ。
 藍は男ではあるのだが、その中性的な声質や容姿から、社長の命令で、客室乗務員をしている。以前はカミュと同じパイロットだった。その為、藍と共に操縦桿を握ったこともある。
 当初藍は、客室乗務員への転向を快く思っていなかった。それは自分は男で、幾ら上の命令でも納得出来なかった故にだからだろう。しかし最近は、その制服姿も板に付いてきている。それに、彼は彼なりの遣り甲斐を現在の仕事に少しずつではあるが見出だしつつあるようだ。周囲の信頼も厚く、よく後輩に頼られている場面も見掛ける。
 それにしても、どうしてこのような状況に陥ってしまったのだろう。何がいけなかったのかは分からないが、藍は自分が女性客に、気のある素振りを見せていたなど主張してきた。だが、カミュ本人にしてみれば、根も葉もない出来事。相手の言い分を真っ向から否定したら、今度は実力行使に出てきたのだ。
 藍の主張通り、パイロットという職業柄、女性に声を掛けられることはよくある。この国では、自分のような異国情緒漂う容姿の人間は、余り見掛けない。だから、物珍しく映って、声を掛けて来るのだろう。しかし、それだけのこと。
 今日だってそうだ。彼の言う、気のある素振りを見せていたつもりは毛頭ない。
 いつものように、女性を声を掛けられ、何処かに行こうと誘われたけれど、その時の自分の対応は、至って普通だったはず。相手は客の一人。勿論、無碍には出来ないから、営業用の作り笑顔で、やんわりと断り、客の女性も最終的には諦めてくれた。
 そんな客の女性とのやり取りを、どうやら藍に見られたらしく、半ば強引に此処に連れ込まれ、現在に至る。
 当然、カミュも抵抗はした。だが、その容姿にはそぐわぬくらいに藍の力は強くて。
 先程まで自分が操縦していたこのコックピット。運が良いのか悪いのか、最終フライトを終え、明日の朝までは整備も行わないという。つまり、翌朝までは誰も寄り付かないということだ。
 頭の良い、藍のこと。それを分かっていた上で、自分をこのような場所へと連れてきたのだろう。

「何をするつもりだ、美風」

 カミュは先程と同じような台詞を、改めて目の前の人物に投げ付ける。

「この状況下で、まだそれを僕に訊くの?察しの良い君なら、もう気付いてるんじゃない? 」
「まさか、貴様」

 嫌な予感がする。本気で目の前の人物は、自分に何かをするつもりなのか?

「そのまさか、だよ」
「此処が何処だか分かっているのか」

 カミュにとって此処は、神聖な仕事場だ。藍が今考えているであろうことをするような場所では、決してない。

「勿論、分かってるさ。分かっていて、しようとしてるんだよ。大体、君は自覚が無さ過ぎると思う。あれだけ、僕が忠告してあげたっていうのに。だから、客に付け入られて、あんなことをされるんだ」
「あんなことだと? 先刻言い寄ってきた女性客なら、ちゃんと断ったと、貴様に説明しただろう。他に何が不服だというのだ、お前は」
「ちゃんと断った割にその客に君、キスをされていたじゃないか」
「キス……」

 藍に指摘されて、カミュはふと女性客とのやり取りを思い出す。
 確かにキスはされた、頬に。だが、それは挨拶の意味を持ったキスだ。挨拶のキスをする国では、普通に交わすもの。異性同性、世代、初対面関係なく。それ以上でも、それ以下でもない。

「あれは単なる挨拶の一つだろ」
「君は単なる挨拶で、誰にでもキスをするわけ? 」
「ただそういう風習の国もあるというだけだ。キスをする場所も唇ではなく、頬。かなりの情報厨の貴様なら、それぐらい知っていると思ったのだが」
「だからと言って、自分が想いを寄せる相手が、他の誰かとそういうことをしている場面を見るのは、余り気分が良いものじゃないでしょ。たとえ、君がいう挨拶だったとしても、だ。しかも、見ず知らずの綺麗な女性が相手なら、余計にボクは不愉快だ」

 藍は髪を結っていたヘアゴムを解くと、押し倒した状態のカミュの上に覆いかぶさってきた。

「何度口で言っても分からない君には、それ相応のお仕置きが必要だね。君が一体誰のモノなのか、今一度、ボクが君に教えてあげるよ」
「美――ン、んぅ……っ」

 此方が抵抗をするより早く、相手に唇を塞がれてしまう。
 頭の後ろを押さえられて、強引に舌を捻じ込まれる。熱を帯びた舌の感触に、ぞくりと背筋が戦慄いた。


  to be continued


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