boys be ambitious!



(中略)


「アルミン」

 ふと近くから自分を呼ぶ声が降ってきた。

「どうしたんだよ、アルミン。元気ねぇな」
「課題のレポート、そんなに大変なものばかりだったの?」

 アルミンに声を掛けてきたのは、エレンとミカサ。
 二人はアルミンの幼なじみだ。家も隣同士ということもあり、幼い頃から、共に育ってきた。それまで通ってきた学校もずっと一緒だった。そして現在通っている大学も例外ではない。残念ながら、二人とは学部は違うのだが。
 この二人には前世の記憶がある。勿論、アルミンにも。
 前世――と表現するのが正しいのかは分からない。だが、平和な今居る世界とは全く違う、明日生きているかも分からぬ、壮絶な世界。
 そんな世界でエレンもミカサもアルミンも、自らの生死を掛けて沢山の巨人と戦った。それと同時に、激しい戦闘の中で志半ばで無残に散っていった沢山の同胞の命を見送ってきたのだ。
 アルミンが前世の記憶を取り戻したのは、ごく最近。ある人物とこの世界で再会したことが引き金となった。エレンやミカサは、小さな時から前世の記憶を持っていたらしい。思い返せば幼い頃から二人は、『巨人』『壁外調査』『立体起動装置』そんな、不可思議な言葉を言っていたような気がする。
 こうやって前世に幼なじみだった三人がまた、同じような関係で現世で再び出会えたのも、何か強い縁があるのかもしれない。
 アルミンはのろのろと顔を上げると、違うのだと、首を左右に振った。

「レポートが理由じゃないんなら、何だよ」
「もしかして、ジャン? 」

 ミカサの突っ込みに、ギクリと鼓動が鳴る。彼女は口数は少ないのだが、洞察力がとても鋭い。兎角、エレンやアルミンに関しては。流石、前世も今も幼なじみではある。

「ジャン? お前、アイツと喧嘩でもしたのか? 」
「いや、喧嘩はしてないけど……」
「けど、何だよ」
「……」

 暫く黙ってしまったアルミンに、エレンは小首を傾げる。

「……僕って、そんなに魅力ないのかな? 」

 何度目かの溜め息を吐き出して。それに引き摺られるかのように、言葉が出た。

「僕に魅力がないから、ジャンはそれ以上のことを求めてこないのかもしれない」

 告白したのだって、自分の方からだった。アルミンから好きだと告げた。
 ジャンは勢いで付き合っているのかもしれない。優しいから。とても優しい人だから。アルミンが傷つかないように、と気を遣って、交際を承諾して、今も付き合ってくれているのかもしれない。

「お前が今悩んでるのは、それ? 」

 エレンの問い掛けに、アルミンはこくりと頷いた。

「それって、ジャンが同情でお前と付き合ってるかもしれない、って言いたいのか?」
「……」

 改めて他人にはっきりと言葉にされると、ズキリと心が痛んだ。
 同情。
 つまりはそういうことだ。
 ジャンは自分と同情で付き合っているのかもしれない。そんな疑問がアルミンの中に生じている。

「彼はそんなことする人じゃない」

 静かな声音で、ミカサがアルミンの抱く疑問符と、エレンの言葉をきっぱりと否定する。

「同情なんかでアルミンと付き合ってなんかいない。彼はちゃんと、貴方だけを見てる」

 アルミンを見つめるジャンの瞳は特別で、他の者への視線とは全く異なっている、と。その眼差しには確かに恋情や熱情が含まれているのだ、とミカサは続けた。

「そんなこと、部外者のお前に分かるのかよ」
「私には分かる」

 躊躇いもなく、ミカサは言い切る。

「私はアルミンとジャンを見てきた。前に居た世界でも、今居るこの世界でも、ずっとずっと。勿論、エレンとあのチビのことも」
「お、俺のことは、関係ねぇだろう」
「アルミン」

 慌てふためくエレンを半ば無視して、ミカサがアルミンを真っ直ぐ見つめてくる。

「さっきエレンが指摘した通り、貴方たち二人にとって私は部外者に変わり無い。アルミンがもし、私の言葉を信じられないというなら、直接本人に確認すべきだと思う」
「確認……? 」
「そう。彼に気持ちを確認するべき。そして、貴方の気持ちもちゃんと言葉にして伝えるべき。ただ想ってるだけじゃ相手に伝わないこともあるから」

 そう言って、ミカサは隣に立つエレンにふと視線を移した。彼女に見つめられたエレンは、首を傾げ、不思議そうな表情をしていたけれど。もしかしたらミカサは、幼なじみ以上の感情を彼に抱いているのかもしれない。勿論、これはアルミンの勝手な推測にすぎない。だけど、彼女のエレンに向ける瞳もまた、彼女が先程言っていた温かくて優しい、特別なものに感じられた。

「何だ、お前ら、雁首揃えて。期末試験の勉強でもしてるのか? 」

 それから暫く他愛ない話を三人でしていたら、一人の男性が声を掛けてきた。

「兵長」

 テーブルの傍に立っていたのは、アルミンもよく見知っている人物。そして、アルミンの前世の記憶を取り戻すきっかけとなった、人物だ。

「エレン、いい加減その呼び方は止めろと言ったはずだ。その呼び名は、以前いた世界のもの。今はてめぇの上司でも何でもねぇんだからな」
「すみません、リヴァイ教授。ずっとそうやって呼んでいたので、つい癖で……」

 エレンは言って、肩を竦める。
 リヴァイは、前世でアルミン達の上司だった。彼もまた巨人と戦った記憶を持って、この世に生まれてきたという。今はアルミンたちの通う大学の教授をしている。幸か不幸か、学部が違うアルミンとエレンたちの共通必修科目の一つを彼が担当している。しかも、リヴァイの実施する試験は難しいと学内でも有名で、毎年何人もの生徒が単位を落としている。一部の生徒の間では、鬼のリヴァイという異名が付けられているらしい。
 因みにアルミンたちの大学はセメスター制で、一度単位を落としてしまうと、翌年また改めて取り直す必要がある。つまり、下級生たちに混じって再度講義を受けなければならないのだ。

「はん? 何だよ、試験勉強してる訳じゃねぇのかよ。感心して損した」

 テーブルの上の、一切開かれていない本やノートの状態を覗き込んで、リヴァイが小さく舌打ちをする。

「勿論、試験勉強もちゃんとしてますよ。単位落としたくないですし。特にリヴァイ教授の科目は……。ただ、今はアルミンの悩みを訊いてやってたんです」
「ほう、コイツのな。それはどんな悩みだ? 」

 興味なさげな表情を浮かべているくせに、まるで探るような口調でリヴァイが訊ねてくる。

「えっ、あ、その……」

 まさか相手の興味の矛先が自分に向けられるとは思いもしなかった。だから少なからずアルミンは慌ててしまう。

「僕の悩みなど、わざわざリヴァイ教授にお聞かせするような、大したことじゃないので」

 そんなことを言って、何とかその場を取り繕おうしたのだが。相手の方がどうやら一枚上手だったようだ。

「大した悩みじゃねぇんなら、俺にだって言えるだろ、アルミン」

 にやりと意地の悪い笑みを口の端に刻み、言い返されてしまった。堪らずアルミンは言葉に詰まる。
 確かにリヴァイとも、前世を含めたら、とても長い付き合いだ。だが、個人的な悩みを容易く打ち明けられるような関係ではない。エレンのように、至極親しい間柄ならまだしも。
 しかも、自分の今抱いているのは、いかがわしい内容の悩みだ。 恋人がキス以上のことを一向にしてこようとしない――なんて。
 元上司であり、現在担当教授である人物に、どの口が言えようか。
 押し黙ったままのアルミンに、痺れを切らしたのか。それとも、気遣ってのことなのかは分からないが、エレンが勝手にアルミンの悩みをリヴァイに話してしまう。

「コイツ今、ジャンとの関係で悩んでるんです。恋人らしいことを、アイツが一向にしてきてくれない、って」
「ちょ、ちょっと、エレン。勝手に人の悩みを――! 」

 慌ててアルミンが止めに入ったけれど、時は既に遅し。

「……へぇ。お前ら、そういう関係だったのか」

 したり顔でリヴァイが言う。

「それで、アイツがSEXをしてこようとしない、って悩んでる訳か」
「……」

 全くもってその通りなのだが、はっきりと言葉にされると、至極居たたまれない気持ちになる。

「そういう直接的な表現は止めて。アルミンが困ってる」

 こちらの心情を察して代弁するかのように、ミカサがリヴァイを鋭く睨み付けた。

「だが、つまりはそういうことだろ」

 凄味のあるミカサの睨みにも、リヴァイは歯牙にも掛けない。幼なじみのエレンや自分ですら、彼女のこんな表情を見たら怯むというのに。大仰かもしれないが、流石、前世で人類最強と言われたことだけはある。

「別にお前がじっとアイツからのアクションを待ってやる必要はねぇんじゃねぇのか、それ」
「へ? 」

 予想外の言葉に、思わず変な声が出た。

「抱いて欲しいなら、お前から相手を襲っちまえばいい、って言ったんだよ」

 わざわざ言い直して貰わなくても、彼の言いたいことは十分理解出来た。だけど――。

「流石にそれは……」

 実行するにはかなりの勇気と覚悟が必要になるし。それはあまりにも極論過ぎる気がする。

「何だよ、出来ねぇのか? 」
「出来ませんよ、そんなこと」

 間髪を入れず、アルミンが答える。

「だが、それが一番手っ取り早いと思わねぇか? アイツも結構なヘタレだから、好きでもない相手なら、アッチも勃たねぇだろうし、況して野郎相手なら特にな」

 まぁ、お前の場合、見方によっちゃ、女に見えなくもないがな、と付け加えるように言い、リヴァイが笑う。

「アイツの気持ちも知れて、お前の念願も叶う。正に一石二鳥じゃねぇか」

 多少語弊はあるけれど、確かにその通りなのかもしれない。そうすれば、ジャンが何を考え、自分をどう思っているのか、知ることが出来る。
 けれどそこまでやって、相手に拒絶されたら……。
 自分は間違えなく立ち直れなくなるだろう。
 その恐怖の方が今は勝っている。

「ったく、意気地のねぇヤツだな」

 何も言ってこようとしないアルミンに、再び小さく舌打ちをするリヴァイ。仕方ねぇな、と言いながら、手に持っていた紙袋をテーブルの上――丁度アルミンの目の前へと置いた。


  to be continued


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