Urban Beasts!



(中略)


 ジャケットの内ポケットから徐に出された鍵を受け取って、嶺二を抱えながら、藍はマンションのエントランスを潜る。
 それから、エレベーターに乗り、廊下を抜けて。渡された鍵で家の扉を解錠する。
 玄関で靴を脱がせて、そのまま真っ直ぐ彼の寝室へと向かった。
 嶺二をベッドの上に寝かせ、藍はエアコンのスイッチを入れる。ライトはベッド脇のサイドテーブルのみ点けた。

「ほら、コート貸して。クローゼットにしまってくるから」
「一々脱ぐの面倒臭いから、このままでいいよ」
「ダメ。それじゃ、しわになるよ。レイジ、ほら、さっさと脱いで」

 そう促したものの、嶺二はああだこうだ文句を零すだけで、一向にコートを脱ごうとはしない。藍は仕方なく嶺二をベッド上に転がして、半ば強引に彼からコートを剥ぎ取った。ついでとばかりに、シャツの上に着ていたセーターも脱がしてしまう。

「……アイアイ、寒いんだけど」

 透かさず相手が不満げな声を漏らした。けれど、それには一切耳を貸してはやらない。エアコンのスイッチは先程入れたのだ。直に暖かくなるはず。
 嶺二のジャケットをクローゼットにしまうと、藍は寝室を出てキッチンへと向かった。
 今までに何度か来たことのある嶺二の家。勝手知ったる、といった感じで冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、再び嶺二の元へと戻った。

「レイジ、ほら、これ飲んで。少しでもアルコール抜かないと、明日辛いよ」

 うとうととしていた嶺二を抱えて起こし、手に持っていたペットボトルの蓋を外し、彼の目の前へと差し出す。

「飲んで」
「要らない」

 ぷい、と顔を背け、拒否の意思を示す嶺二。勿論、藍もそんなことで退くつもりはない。

「水、ちゃんと飲んで。レイジだって、後で気持ち悪くなりたくはないでしょ?」
「……要らない」
「ダメ、飲んで」
「要らない、って言ってるだろ」
「うわっ。ちょっとレイジ、何するのっ」

 ペットボトルを手の平で押し返された弾みで、中に含まれていた水が零れ、嶺二のズボンと、藍の着ていた洋服を濡らしてしまった。そんなに酷く湿った訳ではないが、でもこれは……。

「レイジが急に手を出すから、ボクの服まで濡れちゃったじゃないか」
「要らないって言ってるのに、アイアイが無理矢理飲まそうとするから、悪いんだよ」
「ボクはレイジの身体のことを心配して」
「心配し過ぎだ、って、僕ちんさっき言ったよ?」
「………」

 ああ言えばこう言う、大人だ。藍は大仰なくらいの溜め息を吐く。

「全く、しょうがないな……」

 この手段だけは使いたく無かったのだが。嶺二が言うことを聞いてくれないのだから、仕方ない。
 藍は手にしていたペットボトルの中身を徐に口へと含んだ。そして、それをそのまま、嶺二の唇に押しあてた。

「ん、んん……」

 口移しで冷たい水を嶺二の口腔に流し込む。こくりと。相手が嚥下したことを確認してから、ゆっくりと唇を離した。

「……これでちゃんと飲めた」
「ん……もっと……」
「何、甘えてるの。後は自分で勝手に飲んで。これ、此処に置いておくから」

 そう言って藍は、手に持っていたペットボトルをサイドテーブルに置いた。
 自分が嶺二にしてあげられるのは、ここまでだ。後は一人でどうにかするだろう。いや、してもらおう
 自分も水がかかってしまったから、いち早く寮に戻って、濡れた服を脱いでしまいたい。
 そう思い立って、部屋を出て行こうとしたら、不意に腕を掴まれた。何事かと思って嶺二の方へと振り返れば、突然、唇に濡れた感触。一瞬、思考が遅れる。
 驚きを隠せない藍とは逆に、キスをした張本人はにやりと笑っていた。

「な、なに……っ」
「何って、キス」
「君は水が飲みたかったんでしょ?なのに、何して…」
「僕が欲しいのは、水じゃないよ」
「レイ――」

 嶺二は藍を自らの方へ引き寄せ顎を掬うと、再び唇に自分のそれを重ねてきた。唇を軽く食まれる。先程よりも濃厚なキスを求められているのを感じ取り、堪らず相手の身体を押し返した。

「……こんなことしてないで、酔っ払いは早く寝なよ」
「別に眠くない。それより、もっと……」
「ダメ。ボクはもう帰るの。帰って、水で濡れた服を乾かさなきゃ」
「そんなの放っておけば、直に乾くって」
「それにボクは――ッ、んん……っ」

 言い終わらぬうちに、三度、唇を奪われる。そのままベッドの上に押し倒され、シーツに両手を縫い止められてしまった。下半身にまで体重をかけられ、これでは蹴り飛ばすことも容易では無かった。
 抵抗を封じられた状態で強引に歯列を割られ、潜り込んできた相手の舌の感触に、四肢がぞくぞくと戦く。

「んん……っ」

 絡み付いてくる嶺二の舌は思いの外、熱くて。荒く掻き回されている口内の粘膜も蕩けてしまいそうになる。
 角度を変えながら唇を貪され、相手の唾液が流れ込んでくる。耳を塞ぎたくなるような濡れた音に、無性に羞恥心を覚えた。
 キスは気持ちの良いもの――そう教えてくれたのは、他でもない、目の前の男だった。確かに嶺二のキスは信じられないほど、心地好い。でも、だからと言って、大人しくされるがままになる訳にはいかない。このまま快楽に流される訳にもいかない。
 藍は力を込めて、嶺二を引き剥がした。

「レイジ、止めて……っ」
「痛……ッ」

 咄嗟に伸ばした指先が嶺二の頬を掠める。僅かに滲む、朱色。顔を顰められ、罪悪感を覚える。だが、元はと言えば、相手が悪いのだ。意味も分からず、急にキスをしてきたは嶺二の方なのだから。

「先に誘ってきたのは、アイアイの方なのに、どうして?」
「ボクは誘ってなんかいない」
「口移しで水、飲ませてきたじゃん」
「あれは、ああでもしなきゃ、君が水を飲んでくれそうも無かったから、仕方なくしただけ」

 そうだ。それ以上の意味合いなどない。

「好きなコにあんな可愛いキスをされたら、その気にもなるって。それに、今更止められないよ」
「……ッ」

 腰をぐっと押し付けられ、太股辺りに硬いものがあたった。藍が小さく息を飲むと、その隙をついて膝で足を割ってくる。両足の付け根を膝の先で押し上げられ、瞬時に顔の温度が上昇する。

「アイアイだって、口では否定しているくせに、意外とその気なんじゃないの?」
「ち、違う……!」

 身体の変化を指摘され、また温度が上がる。悔しくて、睨み付けたけれど、嶺二には逆効果だったようで。

「そんな可愛い顔されても、僕には煽ってるようにしか見えないよ」
「煽ってなんかいないっ。――……っ!?ちょっと、その手、放してよ」
「ダメ。僕ちんに任せてれば大丈夫だから」
「あ……っ」

 両手を頭の上で一纏めにされ、再びシーツに縫い付けられる。嶺二は空いた手で下半身を探ってきた。優しく中心の辺りを撫でた後で、そこをやんわりと握り込んでくる。やわやわと揉みしだかれ、熱が次第にそこに集中してくるのが、自分でも分かった。

「止め……て、触らな……いでっ」

 藍は身を捩って抵抗するけれど、嶺二は気にもしていない。

「あ……っ」

 不意に強く握られ、下肢が強張る。それを見計らったかのように手際よくベルトを緩められ、フロントを寛げられてしまう。透かさずアンダーウェアの中に、手が潜り込んできた。


To be continued


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