D.gray-man | ナノ


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アレンと刃を交えていた千年伯爵がノア達と突如姿を消した数時間後、クロス部隊と合流したティエドール部隊一同は大きな橋の下で野営の準備をしていた。






「改造アクマ、生成工場(プラント)、ノアの方舟ねェ……

私が日本に来たのは適合者の探索任務のためなんだよ。
あの男に協力するつもりはさらさら無いんだ。


自分以外の人間は道具としか思っていないというかさ、護衛のキミ達はマリアンと改造アクマの立てた筋書きの囮に使われたんだよ?
どう見てもね。分かってる?」

「はい。警告を受けた上で来ましたので予想はしておりました」

「ん〜」






ブックマンと状況整理の為互いの目的を話し合っていたティエドールはボリボリと頭を掻いた。





「…今、この世に存在するエクソシストは教団にいるへブラスカにソカロとクラウド、マリアン、そしてここにいるたった十人しかいなくなってしまったんだよ。ならば今は千年伯爵と戦う時じゃないしキミ達はそれまで生き存えるのも使徒としての使命だと私は考える。
…ましてや、ヨリの状態…つまり今は無害だとしてもいずれノア化する可能性を考えると野放しにするわけにはいかない。教団に報告して引き渡すべきだと思う。
ヨリを拘束してクロス部隊は即時戦線を離脱すべきじゃないかな」






ブックマンとティエドールに背を向けリナリーと呻くヨリの傍についていたラビは聞き耳を立てながらグッと拳を握った。






「(ヨリ…)」






【ナンバーレス】【乙女】【ヴァルキリー】。

彼女と出逢った時には死んだと聞かされていたヨリの兄は存命、ましてやノア。

暴走時の状態。

そして『黄昏』。




この一戦で得たヨリの情報が多すぎて理解が追い付かない。


それでもヨリは覚醒前のノア…つまり敵となる存在のいわば蕾なのだと何度も自分に言い聞かせた。
彼女は敵であり、ティエドールの言う通り教団側に引き渡す方がいいのだと。






ーーーー否。理解したく、ない。




小さく、ゆっくりとため息をつく。






「(感情に流させるな…)」





自分はブックマンだ。
感情に流されるな。ヨリにもう囚われるな。






「っ…」






そう思えば思う程、ヨリの事ばかりが脳裏を巡る。


第一、こういった時にいの一番に牽制してきそうな師は何故ずっと彼女に関して沈黙を貫いているのだ。
あまり他人の意見に左右されたくはないが、いつものようにブックマンの在り方を唱えてもうヨリに関わるな踏み込むなと牽制してくれる方が幾分か諦めもつくというのに。




…いや、諦められないだろう。
許され、ずっと愛してきた唯一無二の存在を今更手放すなんて。




だが、どうすればいいのか分からない。
師程の知識量にははまだ追い付いていないとしてもそれなりに自分が聡明だと自負していたつもりだが、いくら考えても答えが出せなかった。





苦し気に呻くヨリの頬に張り付いた髪を無意識のうちに払ってやり、沈鬱な面持ちで見つめていたラビは隣のアレンがやや顔を青ざめさせながら彼の後ろを見つめていた事に気付かなかった。






ゴッ!!!!!






「い"っ…〜〜〜〜ッ!!?!?!」

「いい加減うぜぇんだよクソ兎。いつまでそんな面してやがる」





鈍器のようなもので後頭部をいきなり殴られた錯覚に陥りラビは患部を抑えながら涙目で振り返ると鬼を背にした神田が六幻を手にしていた腕を下ろして心底うざそうにこちらを見下していた。

ラビの後頭部に直下したのは六幻の鞘だったらしい。





「な…何するんさ…!!!マジで痛え今の…っ!!!」

「いつまで葬儀みてえな面してんだっつってんだろうが」

「ユウには関係な…っ!!」





チャキ、と六幻の刀身が首に当てられラビは恐怖で絶句する。





「ファーストネームで呼ぶんじゃねぇよバカ兎が」

「スミマセンデシタ…(鬼が…)」

「(いつ六幻抜刀したんだこの人…)」

「フン」






スッ、と納刀した神田は再びラビを見て目を細める。






「………」

「…な、何さ…」

「…面貸せ」

「え…」







いつにも増して不機嫌そうに眉間に皺を寄せて低く告げれば神田はさっさと橋の下から少し離れた場所に歩き出した。
ラビが戸惑いながらもゆっくり立ち上がり神田に続く。



皆と数メートル離れた場所で立ち止まると、神田は腕を組んでラビに振り返った。






「……いつまでアイツの顔見ながらウジウジしてやがる」

「え、」

「鬱陶しい、どうでもいい事でいつまでも悩んでんじゃねぇよ。
…テメェが要らねぇっつーなら……


ーーーー俺がアイツ貰うぜ」






神田の言葉が理解できなかったラビは半瞬して固まった。



貰うというのは、つまり。






「はぁ?!ちょ、何言ってんさユウ!?」

「うっせぇなファーストネームで呼ぶんじゃねぇつってんだろうがいい加減ぶっ殺すぞ。」

「いいいや、今!!今なんつった!?オレの聞き間違いじゃなきゃヨリ貰うって…え、そういう事!?え、何お前ってオレのヨリ狙ってたんさ!?ずっと!?いつから!?」

「…、……うるせぇ」






怒涛のように質問の雨を降らせて来るラビを初めは適当に聞き流していたが、暫く経っても収まる気配のないラビに神田は六幻をチラつかせて強制的に大人しくさせた。





「…でも、ユウも聞いてただろ。ヨリは…」

「ファーストネームで呼ぶな。

聞いてたぜ。
確かにノアは敵だな。」

「…………」

「だが、それはファインダーの奴らや他のエクソシスト達を殺して、現に俺らを襲撃し、戦ってきた奴らだ。

アイツがノアだと知ったからといって今更テメェはアイツを手放すのかよ。
今の今までアイツが俺らに…テメェに刃を向けた事も裏切ったことも、一度だってあったのか。」

「それ、は…」

「ーーーずっとテメェしか見てねぇアイツが、アイツで無くなる変化なんて何1つ無かっただろうが。」

「!」





神田の言葉にラビは隻眼を大きく見開いた。





「アイツの性格上、俺達に教団に帰れって言ったのは…全部一人で背負うつもりだったからだろ。」

「…………」

「アイツ、恐らくーーーー」





その先の神田の言葉はラビに届かなかった。





「今までのあたしを否定する理由にはならない」

「今までのあたしの信念や心のあり方まで否定させない」





そう。
彼女はずっと、傷付くのは自身だけで十分とする質だった。

再会してからすぐ共に任務へ行った時も自身が傷付く事で効果を試していたし、先程も自身が危機的状況だったにも関わらず自分以外に護りの札を放ち、自分を残された片翼で護ってくれていた。


いつだって、彼女は。




「ラビはあたしが守るよ」




いくら守らなくていいといっても、言葉通り。

どれだけ自分の頼みを聞いてくれても、それだけは譲らなかった彼女。






「言っとくがエクソシストとしてならテメェより俺の方がヨリとの付き合いは長えぜ。…おそらくリナよりもな。
テメェがうるせぇから言わなかったが任務先で宿泊した宿が相部屋だった時もある。」

「え、何それオレ聞いてねぇんだけど!?オレでも相部屋になった事ないのに!?」

「ヨリには口止めしてある。テメェが今みてぇに騒ぐからな。」

「ぐ…」

「ヨリの感情は確かにテメェが取り戻したが、俺はそれなりにアイツの事を理解しているつもりだ。
仮にアイツがノアだとしても何も変わってねぇ。
理由が何であれ、万が一にもアイツがノア側について俺らの敵になるなら俺が叩っ斬るまでだ。

少なくともエクソシストの『ヨリ』はそう望むからな。」

「ユウ………」

「それでもアイツが何だろうと受け入れる気も守る気も無えならさっさと手放しちまえ、クソ兎。その時点で俺が貰う。」

「………」

「………アイツがテメェのモンっつーなら何が何でも守りやがれ。
俺に言われてんじゃねぇよ。」





話はそれだけだ、と言わんばかりに神田は踵を返して自分の横を通り過ぎようとする。



が、神田はラビに並ぶようにして一度足を止めた。






「…もっとも、本当にアイツを手放すつもりなら。

その懐の中身、渡すんじゃねぇぞ。」

「!」

「何が入ってるかまでは知らねぇが、手放すつもりのお前から貰ってもアイツが辛くなるだけだからな」






それだけ伝えた神田はもう用などないとばかりに元の場所へと戻っていった。
バッと勢いよく振り返ったラビは黙ったまま神田の背を見送る。



何故彼が誰にも見せていないポケットの中身を。
外から見ただけではわからないだろうに。





「……、」






片手をズボンのポケットに入れ"それ"に触れるとラビは静かに目を閉じた。







ーーーーーー
ーーーー





「ラビ、神田と何の話だったんですか?」






暫くして橋の下に戻ってくるとアレンが気遣わしげにラビを見上げた。






「へ?あ、うーん…男同士の話さ!」

「僕も男ですが」

「モヤシにはまだ早いんさぁ〜」

「モヤシじゃありませんってば。何度言えば分かるんですか!!」

「俺とユウの内緒話に入れて欲しかったんさ?」

「別に!!」





わざと煽るようにからかえば案の定アレンはフンとそっぽを向いてしまった。
まだまだガキだなぁ…と内心苦笑していると、顔を逸らしたままアレンは"ただ、"と小さく続けた。





「…恐らく、ヨリの話なのは察しがついてます。」

「!」

「神田はヨリとは仲が良いとリナリーからも聞いていますし、君と二人で話す内容は…恐らく彼女の事なんじゃないかと」





先程、ティエドール部隊と状況整理した際にアレンにもヨリのノア化の話は伝えていた。
目を見開いてはいたが、取り乱す程驚いていたわけでも無かった。
ティムキャンピーの記録映像にはヨリが倒れてアレンに促されてティムキャンピーが逃げるまでの映像のみ。
恐らく、その間に何か聞かされていたのかもしれない。





「っ!!?」

「ヨリ!?」





アレンへの返答に躊躇していると、ずっと苦しげに呻いていたヨリが目覚めバッと身体を起こした。
一瞬硬直してしまったラビが動くより先にアレンがヨリの背を支え、ヨリに気付いた他の者も三者三様の面持ちで様子を伺っている。



悪夢でも見ていたのだろうか、ヨリの金の瞳は焦点が定まらず虚ろとしており、過呼吸気味に浅い呼吸を繰り返していた。





「ハッ、ハッ…っ、ゲホッ…!」

「ヨリ、深呼吸して下さい」

「っ、は…はぁっ…、ッ、ゴホゴホッ」

「ヨリ…!」

「…ヨリ…っ」





口元を抑えたヨリの指の隙間からパタパタと赤い液が滴り落ちる。
アレンは切羽詰まった表情をしながら懸命にヨリを落ち着かせようとしていた。





「そうです、ゆっくりで良いですから…」

「は…ハッ………、…ハ……あ、れん…?」

「…はい。お久しぶりです。」





呼吸が落ち着きを取り戻してくると定まらなかった焦点が戻り、漸くヨリは隣にいるアレンを認識し掠れた声で呟いた。



ホッとアレンは安堵の表情を浮かべる。






「どこか痛むところとかありませんか?」

「…なん、で」

「何でって…あれだけボロボロだったんですし仲間なんですから心配して当然でしょう?」

「!」






あっさりと言いのけたアレンにヨリの瞳が微かに揺れた。






「あたし、は…」

「ぅ…」






ヨリが何かを言いかけた時、隣のリナリーが目を覚ました。






「リ、ナ…」

「!…リナリー」






アレンはリナリーの隣に移動するとゆっくり目を覚ましたリナリーの顔を覗き込んだ。
ふい、とヨリは顔を背けてリナリーから視線を逸らす。





「アレン…くん…?」

「はい。すみません。
…すみませんでした、リナリー」

「どうして謝るの…?
スーマンのことなら、アレンくんは救ってくれた…」





リナリーはゆっくり身体を起こしてアレンの頬に触れた。





「無残に殺されただけじゃないよ。
スーマンの心はきっと、アレンくんに救われてた…」





リナリーの言葉にアレンの視界が滲む。
つられるように涙を溜めて、リナリーは笑った。





「おかえりなさい、アレンくん」

「…だ、い、ま…。ただいま…リナリー」





頬に触れるリナリーの手に重ねるように触れて、アレンは頬を濡らした。






「……!」






アレン達の会話に耳を傾けていた時、ピシッと風に掻き消えそうな音を、ヨリは聞き逃さなかった。






「っ退け!!!リナァァァァアッ!!」

「え…っ!?」

「ヨリ!?」

「ヨリ!!」





リナリーのいた場所から光が発せられる直前でリナリーの腕を引っ張ったヨリは、アレンにリナリーを投げるように放して今までリナリーがいた地に手をついた。




刹那。







ヴンッ…!!





黒いペンタクルが浮かび上がった光の円にヨリがズルリと沈んでいく。





「!?」

「っヨリィィィィ!!」

「ラビ!!」

「アレンくん!!」

「っ!」

「いかん!!狙いはリーとヨリだ!!とめろーっ!!」






ヨリを見つめていたであろうラビがヨリを追うように手を伸ばし、さらにそれを追うようにアレン、リナリー、神田、クロウリー、チャオジーと続いてペンタクルの浮かび上がる円の中に沈み込んでいく。
チャオジーに続こうとしたキエ達が円に近づくと円から煙が浮かび上がり、光は消えてしまった。





シュウゥ…






何の反応も無くなった黒いペンタクルだけが、そこにぽつんと取り残されていた。









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