小さくて、狭い空間。

静かな暗闇。


僕はつらい時、決まってその場所へ逃げ込んだ。









 

  -夢みるプラネタリウム-










枢木神社の近くにある、森の中へ少し入ったところ。
そこに、そのスザクが作ったという秘密基地はあった。


基地といっても、地面に穴を掘って蓋を被せただけの簡単なものだったけれど。
それでも、僕はそこに来るとなぜか心が落ち着いた。



今日も一人、その秘密の場所へとやって来ていた。

穴の中に座り込むと、ずっと堪えていた涙が溢れ出す。

あの土蔵にいたら、きっと寝ているナナリーを起こしてしまうかもしれない。
ナナリーは声には敏感だから、きっと僕が泣いてることにもすぐに気がつくだろう。
僕は、絶対にナナリーに心配なんてかけたくはなかった。



だから僕はいつも泣きそうになったら、すぐにこの場所に隠れるようにしていた。

ここだと、何も気にせず泣くことができるから。







「ひっ…く…。母、さん……」


――悪夢を、見た。


あの日見た、おぞましい光景。
心を抉るような、冷たい記憶。


母さんとナナリーが重なるように倒れていて。
床に散らばる、血の赤。
二度と笑うことのなくなった、母さんの目。

忘れようと思っても、何度もこうして夢に出てきては僕を苦しめる。


なんで母さんが殺されなきゃいけなかったんだ。
なんで、ナナリーが撃たれなくちゃいけなかったんだ。


こわい。


大切な人を失う恐怖が、夢の中にまで襲ってくる。





目が覚めた瞬間、気がつくと僕は。


無意識のうちに、外へと飛び出していた。





ここまで必死に走ってきたからなのか、泣きじゃくっているせいなのか。
しゃっくり混じりの呼吸はなかなか収まらず、嗚咽する声が小さな穴の中へと反響する。

未だにさっき見た夢が頭から消えなくて、少しだけ指先ががくがくと震えていた。


外では虫の鳴き声が聞こえる。
夏なのに、夜の土はひんやりしていて冷たかった。


とりあえず、泣き止むまではここを出るわけにはいかなかった。
こんな格好悪いところ、誰かに見られでもしたら…。



「あ、やっぱりここにいた」


突然、頭の上の蓋がかぱっと開けられる音がしてはっとする。
真っ暗な空間に、うっすらとした光が差し込んできた。


「…………す、スザク…っ!?」


見上げると、スザクの顔がそこにあった。

嘘だ…。なんでこんなところに。
真夜中だし、もう寝てるはずじゃ…。


「なんか、よく眠れなくてさ。外見たらルルーシュが走っていくのが見えたから、追いかけてきたんだ」

にっ、とスザクが白い歯を見せて笑う。

僕はどう反応していいのかわからなくて、何も言葉を返すことができなかった。



「ルルーシュ?お前…。泣いてんのか…?」

「…………っ!!」



涙で濡れている顔を、僕は慌てて手で拭う。
頬を伝う涙の跡を見られて、一瞬でスザクから笑顔が消えるのがわかった。


「き…君には、関係な……だろっ」

立てていた膝に顔をうずめて視線を逸らす。



まさか、スザクにこんな情けない姿を見られるなんて…。

恥ずかしくて、目を合わせることができない。


できれば、見なかったことにしてこのまま戻ってくれればいいと思った。

しかし、スザクは一向に立ち去ろうとはしない。


それどころか、



「…おい。もっとそっち、詰めろよ」

「え…、」

「俺が、入らないだろ?」


蓋を全部開けて、スザクが穴の中に入り込んできたのだ。
狭いのに、半ば強引に僕の隣に座りこむ。

僕は突然のその行動に、ただびっくりするだけだった。


「………………」


スザクも、何もしゃべらない。
さっきからずっと黙って下を向いている。

前にナナリーと三人でここに入ったことはあったけど、やっぱり二人で入っても十分すぎるほど窮屈だった。


少しだけだけど、スザクの体が僕の体と触れ合っている。

でも。その小さな温もりは、不思議と僕に安心感を与えてくれた。



覆っていた蓋が全開になっているので、月の光が穴の底をぼんやりと照らす。

リリリ、リリリ、と。虫の声だけが遠くで静かに演奏を続けていた。





「…ぐすっ。…っく」

だんだん、時間が経つにつれて涙が収まってくる。
呼吸も、ようやく整ってきたようだ。


僕は鼻をすん、と小さく鳴らす。
すると、ずっと俯いていたスザクの顔がゆっくりとこちらに向けられた。


「……いつも。一人でここに来て、泣いてたのか?」

まるで、僕が落ち着くのを待っていてくれたかのようなタイミングだった。

僕は返事をする代わりに、こくりと頭を縦に揺らした。

なぜだろう。普段のスザクの声よりも、優しい感じがした。
心配…してくれてるんだろうか?


「なんか…いやなことでも、あったのか?」

スザクの大きな瞳が僕の顔を覗きこむ。
暗がりの中、それが少し揺れ動いているのが見えた。



「…………夢を、見たんだ」

僕は、やっとの思いで声を絞り出す。

涙は止まったけれど、まだ声が少し掠れていた。


「母さんが、殺された日の夢だ…」

「……っ、」

そう言って、僕はそっと目を閉じた。


怖い夢を見たくらいで泣き出してしまうなんて、みっともない。
改めて、自分の心の弱さを知る。

こんな穴に閉じこもって。

男のくせに、めそめそと泣いて――…。



「…泣いたって。いいんだぞ」

「え…?」


スザクの言葉に、僕は目を開く。
口をへの字に曲げたスザクが、そこにいた。


「我慢なんてするなよ。泣きたい時は、思いっきり泣けばいいじゃん」

スザクが、僕の顔をまっすぐ見つめてそう言った。


「…ただし、一人で泣くなよな。その代わり…俺が、そばについててやるから」


スザクの手が、僕の手の上に重ねてくる。
ぎゅっと握って離さない。


そして、照れくさそうにその顔をそっぽへ向けた。





「あり…がとう、スザク」


僕もスザクの手をそっと握り返した。

スザクの顔が少し赤くなったような気がしたけれど、それは気のせいだろうか。



「お、俺はただ。ルルーシュが一人でこんなとこで泣いてるのが、なんかむかついただけで…」

照れくさそうにスザクが呟く。
それでも、握った手は離そうとはしなかった。


僕はそんなスザクを見て、思わず表情が緩む。



スザクがそばにいてくれて、嬉しかった。

さっきまでは、あんな夢を見てずっと怖かったけど。



今はもう、大丈夫だ…。










「ほら、見ろよルルーシュ。星が、すっごく綺麗だぞ!」


スザクが指差した方を見上げると、そこには満天の星空が煌めいていた。



小さな月がひとつと、周りには数えきれないくらいの、たくさんの星。

雲ひとつない空に、無数の光が散りばめられていて。


それは、今までブリタニアで見たどんな空よりも美しかった。



「あっ、あそこにでっかい星が3つある。なんて星座なんだろ」

「あれは夏の大三角といって、正確には星座じゃなくてアステリズムだよ。アルタイル、デネブ、ベガの星にそれぞれわし座、はくちょう座、こと座があって……」

「えーと…。そういう難しい話は、別にいいんだけど…」

「最初に君が聞いてきたんだろ。僕はただ、正しい知識を君に教えてあげようと、」

「はぁ…。せっかくいい雰囲気だったのに、ルルーシュはろまんちっくなことはちっとも考えてなさそうだな……」

「おい、人の話を聞いてるのかスザク?ベガとアルタイルは、日本でいう七夕の織姫と彦星の星としても有名で…」

「あーはいはい。とても勉強になります、ルルーシュ先生」



それからしばらく二人で色んな星を探して、たくさんおしゃべりをした。

小さなあなぐらから見える大きな空は、僕たちの上だけ真ん丸にくり抜かれていて。
時間が経つにつれて空が東から西へと少しずつ流れていって、いつも違う星が姿を現す。


それはまるで、僕たちだけのプラネタリウムのようだった。





僕とスザクはすっかり星に夢中になって。
――そのまま語り疲れたのか、いつの間にか二人とも秘密基地の中で眠ってしまった。


スザクの肩に僕が寄りかかって、その僕の頭にスザクが頭を預ける。

お互いがお互いに寄り添うようにくっついて、手を握ったまま、キラキラと輝く星空の下で静かに眠りに就いた。







そして僕はまた、夢を見た。


今度はスザクが出てくる夢だ。

二人で手を繋いで星空を渡る、楽しい夢。



寝ている間、隣からルルーシュと呼ぶスザクの寝言が聞こえたような気がした。
握った手のひらが、あったかい。

もしかしたらもう怖い夢なんて見ないように、スザクが隣で守っていてくれたのかもしれない…。















朝になって。
僕たちがいないことに気付いた本殿では、ちょっとした大騒ぎだったらしい。

戻った途端、お手伝いのおばさんに心配かけるなと二人で怒られてしまった。



だけど叱られている時も、僕らはこっそり目を合わせてくすっと笑う。







また二人で一緒に星空を見に行きたいな。



あの、小さなプラネタリウムで。















end.



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