猫ごっこ 1


・ルルーシュが猫になる話。
・裏あり。











窓辺に片肘をついて、ぼんやりと外を見下ろす。

視線の先には、自分の想い人。

太陽の光で透けた茶色の髪を軽やかに揺らせながら、その人物は猫のアーサーと戯れていた。


といってもじゃれているのは人間の方だけで、遊んでいるというにはあまりに一方的な関係のようだった。

追いかけては逃げられ、触ろうとすれば手を噛まれ。

それでも、枢木スザクは楽しそうに笑っていた。
耳をくすぐるような笑い声が、高い空へと響く。



そんな様子を遥か上から退屈そうに眺めていた俺は、顎をのせた手の隙間から小さくため息を漏らす。
何がそんなに楽しいのか。構ってもらえないくせに。

こっちはお前が近くにいなくてつまらない思いをしているというのに。


構ってもらえなくて、寂しいのに。



やがて、好きな人をとられた恨みはその原因へと向けられる。


「猫はいいよな…。スザクと一緒にいられて」


陽だまりの中、一人ぼそりと呟く。

アッシュフォード学園の静かな午後。
ゆっくり流れていた雲が、少しだけ遠くへいったような気がした。

いつもと変わらない、なんてことのない平和な世界。







しかし、その時俺はまだ気づいていなかった。





その後ろで、いじわるな魔女が不吉な笑みを浮かべていたことに…。















 















なんだ、これは…。


鏡の前で硬直する。
自分の姿を映すはずのそれに現れたのは、まるで自分ではなかった。



朝、目覚めたら俺は。







猫に、なっていた。







『ど、どういうことだ。これは夢なのか……!?』

目の前の信じがたい虚像に、俺は思わず声を上げる。

しかしそれは言葉にはならず、にゃあにゃあと騒がしい音だけがむなしく部屋に響き渡る。
なぜだ。姿だけでなく、声までも猫になってしまったというのか?



突然の出来事に、頭が混乱する。

起床後に起こり得ると想定されていたイレギュラーは139通りで、それには予め全て対処できるようにしていた。
俺の計算に狂いはないし、どんな計画も完璧なはずだった。



しかし!自分が猫になるなどどいう非現実的な状況なんて、誰が予測できるというんだ!!



どうしてこんなことになったのかは分からない。
だが、こんなことをするのはただ一人しかいない。


『あの、女め……』

俺は部屋を見回して、容疑者であるC.C.の姿を探す。
いつもはだらしなくその辺に転がってピザを頬張っているくせに、今朝に限ってその姿はなかった。

絶対にあいつの仕業に決まっている。今までの経験上、これは確信できる。
しかし、当の本人がいなくては…。


…くそ、俺はこれから一体、どうすればいいんだ!





改めて、鏡に視線を戻して猫になった自分を見てみる。

全身つややかな漆黒に包まれた黒猫で、目は人間だった頃と同じアメジストの瞳を輝かせている。
しっぽは細身で長く、すらりと優雅に生えていた。

ふん、この俺が猫になったんだ。
たとえ姿形が獣であろうとも、溢れる気品は変わるまい。



自信満々にくるくる回って全身を眺めていると、コンコンと扉をノックする音がした。


「お兄さま、もう朝ごはんのお時間ですよ」


ナナリー!
俺は声のする扉の向こうへと振り返った。


「…お兄さま?まだ寝ていらっしゃるのかしら…」

失礼しますという声と静かにドアを開ける音がして、車椅子に座ったナナリーが部屋に入ってくる。


まずい。このままでは猫の姿のまま対面することになる。

妹の前でこんなみっともない格好を見せるわけにはいかない。
どうやって猫になったのかと聞かれたら、C.C.の正体だってばらすことにもなってしまう。

しかし、ナナリーは目が見えない。
猫だとばれなければ、もしかするとC.C.の居場所を聞き出すこともできるかもしれない。



『お、おはようナナリー。実は、ちょっと聞きたいことが…』

「あら?」

俺に気付いたナナリーが、こちらを向く。

よかった、ナナリーには俺の声がわかるみたいだ。
さすがは深い兄妹の絆といったところか…。


「こんなところに猫さんが!お兄さまが連れてきたのかしら?うふふ」

『え?』


言葉までは通じていないようだった。



『ナナリー!俺だよ…!ルルーシュだ』

に、にゃあー。

「そうなんですか、お兄さまはどこかへ出かけに…」


『違うんだナナリー!俺はここに…!!』

にゃうーにゃうー!

「まぁ、お兄さまったら猫さんにごはんもあげずに…?待っててくださいね、すぐ咲世子さんにお願いして用意してもらいますから」


『ニャニャリィイイイィィっ!!!!』

ふにゃあああああああ!!





なんてことだ、全く会話になっていない!

ナナリーはよく猫とおしゃべりをしているようだったから、てっきり猫語をマスターしているものと思っていたのに。
あれはただのナナリーの思い込みで話していただけだというのか…。



言葉が通じない以上、一刻も早くここを脱してC.C.を探しにいった方が良さそうだ。

俺は、思い切ってナナリーが開けてくれたドアの向こうへとダッシュした。


「あっ、猫さん待ってください!これから私と一緒に、朝ごはんを…」

呼び止めるナナリーの横を走り去り、廊下へと出る。

すまないナナリー。相手をしてあげたいが、俺にはゆっくりしている暇はないんだ。
猫だったら、後でいくらでも捕まえて用意してやるから、我慢しておくれ。


とにかく今は、この忌まわしい呪いをかけた元凶を捕まえにいかなくては。





あの、ふざけた魔女を…。










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