猫ごっこ 2
「なかなか似合っているじゃないか、坊や」
まだ慣れない猫の足でクラブハウスの廊下を走っていると、ふと聞きなれた声がしてその足を止める。
振り向けば、まさに今探していた犯人そのものが立っていた。
ライトグリーンの長い髪をたなびかせ、かつかつと靴音を鳴らしてこちらへゆっくり歩き近づいてくる。
「猫になった気分はどうだ?ルルーシュ」
『C.C.…!やはり、これはお前の仕業か!』
自分の目の前で立ち止まった拘束衣の少女を見上げて、きつく睨みつける。
フーッ、と猫よろしく全身の毛を逆なでて、無意識にも威嚇のポーズなんかも取っている。
だがC.C.はそれを気にも留めない素振りで、ふっと笑う。
「そうだ。私に感謝するんだな」
『誰が感謝など…』
ん?
先程のナナリーとのやり取りの違いに、俺ははっとする。
『…お前、俺の言葉がわかるのか!?』
「当たり前だ。この私を誰だと思っている?」
そう言って緑色の髪をかき上げ、不老不死の魔女は偉そうに廊下の壁にもたれかかる。
そうか、C.C.には俺のこの情けないニャンニャン語がわかるというのか。
ならば話は早い。
『何でもいい。今すぐ俺を人間に戻せ!』
「それはできない」
『なんだと…?そもそもお前、どんな手品をつかってこんな姿に変えたんだ!?』
「ふん。企業秘密、だ」
『なにぃ…』
先程から一向にこちらの言うことをきかないこの女に、俺は苛立ちを隠せない。
いや待て、まずはなぜこんなことをしたのか聞くのが先なんじゃないか。
ただのいたずらにしては手が込んでいるし、かつ悪質すぎる。
奴のことだから、この間ピザを大量注文したことを怒ったのをまだ根に持っているのか?
だとしたらやっぱり俺への嫌がらせなのか…。
『C.C.、俺に恨みがあるならもう十分だろう…。ピザの件なら、俺が…悪かっ、た』
「は?ピザだと…?一体なんのことだ」
きょとんとした顔で、首をかしげる。
せっかく俺が頭を下げてやったというのに、違うというのか。
『ならなぜだ。なぜ俺を猫なんかに…!』
「お前が自分で言ったんだろう?」
俺が?
「昨日、外を見ながら言っていただろ。猫になりたい、と」
ふと、それほど古くない記憶が頭の中に蘇る。
昨日。
俺は、外で猫と楽しそうに遊ぶスザクを見て……。
『あ、あれは、そういう意味で言ったんじゃない…っ!』
というか、なぜそれを知っているんだ!
あの時あの場に居たというのか?
だとしたら相当、恥ずかしい。
「私にはそう聞こえたがな。大好きなスザクを独占できる猫ちゃんが羨ましい、ってな」
『な…っ!!』
俺は一気に顔が熱くなるのを感じた。
顔が黒い毛で覆われていなかったら、みるみる真っ赤になっていたことだろう。
『お、俺はそんなこと思ってなんか…』
「まぁ、どっちでもいいさ。私としては面白いものが見れたしな」
にやりと口元だけで笑い、俺を小馬鹿にしたように見る。
いつもは俺の方が背が高いのに、今日はこの生意気な女の方が遥かにでかくて、余計惨めな思いになる。
『…戻る方法は、あるのか?』
かろうじて、冷静な部分の自分が尋ねる。
「知りたいか?」
『あぁ』
「ならピザをよこせ」
『な、に…?』
「ピザだ。少なくともこの前キャンセルされた分の倍は用意しろ」
こいつ…。なんだかんだ言って、やっぱりピザの仕返しなんじゃないか。
俺をからかって、そんなにピザが大事か。
そんなことで振り回されたのか、俺は。
こんなに困らせて、恥までかかせて。
そんなことで、そんなことで俺は……!
『ふざけるな、このピザ女!ピザピザピザピザいい加減にしろ…!』
「…ほう。せっかく戻り方を教えてやると言っているのに、その態度か」
残念だ、と呟いてくるりと方向を変え、俺とは逆の方へと歩いていく。
しまった、と思った。
『ま、待て!ピザなら、後でいくらでも…。だから、』
すたすたと去っていく後ろ姿に慌てて声をかけるが、C.C.が戻ってくることはなかった。
くっ…。なんて失態だ。
つい感情のままに怒鳴ってしまうなんて、俺としたことが…。
C.C.は一見いつもと変わらぬクールを装っているようだが、完全に機嫌を損ねてしまったようだ。
目が、怒っていたのだ。恐ろしいほどに。
『まずいな…』
もうこうなっては、彼女から人間に戻る方法を聞き出すのは難しいだろう。
結局、事態はふりだしに戻ってしまった。
いや、手掛かりが遠くなった分ある意味悪化しているとも言えるが。
べ、別に俺のせいじゃないぞ。全部あのピザ女が悪いんだ!
だけど俺は、一体いつになったら戻れるようになるのだろうか。
時間が経てば、自然に戻るのか?
しかし、C.C.は戻る方法とやらがあると言っていた。
それが本当なら、その何かしらの条件でないと戻れないということになる。
だとすれば、それまではずっとこの姿のままで…。
今日一日だけなのか、それとも1年だとか、もしかしたら一生ということも……。
考えただけで落ち込んできた。
最悪、だ。
『なんで、俺がこんな目に……』
はぁ…、と声にならないため息をつく。
幸い、今日は学校が休みの日なので1日くらい猫であっても大きな支障はない。
でももしこのまま戻り方がわからないのなら、学校にも行けないし、黒の騎士団の方だって困る。
ナナリーの手を握ってやることもできないし、スザクとだって……。
今の俺は、あまりにも無力だった。
望みがあるとするならば、C.C.の気分が変わるのを待つしかない。
その時が俺の残りの人生を使い切ってでも訪れるかどうかは、定かではないが。
朝日が高く昇り、カーテンの隙間からやわらかい日差しが広い床を照らし始める。
あぁ、もうこんな時間になってしまっていたのか。
C.C.が去ってから随分長いことこの場に立ち尽くしていたようだ。
『必死に悩んだところで、何も変わらない、か…』
いつまでも立ち止まっていても仕方がないと思い、俺は一度外へ出ることに決めた。
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