あらしの夜に 1


・スザルルに台風が接近する話。
・裏あり。











イレギュラーが起きると、俺は必ずいくつもの対策を考える。

頭の中で何通りにも思考を組み立て、大体のことはそれで対処できることが多い。



だが、そんな俺にもどうにもできない相手がいた。







台風18号――…。


それが、そいつの名前だった。















 















『ザー…。現在、台風18号は…時速約50キロで北東に進み……。こちらトウキョウ租界も、すでにその暴風域に入っており……ザザー…』


ラジオの音に、ノイズが入る。
俺はその途切れ途切れの情報に、必死で耳を傾ける。


『強風のため、全線の運行が止まり交通機関にも影響が出ています。大雨洪水警報も各地域で発令されており、外出はなるべく控え、危険ですので絶対に川や海などには近付かないようにしてください。…それでは、次のニュースです』


そこで、俺はラジオの電源を切った。


……やはり、直撃は免れなかったか。
俺はギリ、と歯ぎしりをする。



今回上陸したその台風18号は、かなりの大型勢力だった。

中心気圧955ヘクトパスカル、最大瞬間風速55メートル。
一時間の最大雨量は80ミリを超え、すでにその被害もたくさん出ているようだった。



窓が、風でガタガタと悲鳴を上げる。
外は強風に加えどしゃぶりの雨で、時間が経つにつれて一層雨足が強くなっている気がした。
いつもまっすぐ立っている木も、耐えきれずその枝を横に倒して揺れている。

どう見ても、出歩ける状態ではない。



俺は携帯電話の画面を開く。
ついさっき見た時と、何も変わりはなかった。







俺とスザクは、ここのところお互いに忙しくてすれ違いばかりだった。

スザクはブリタニア軍、俺は黒の騎士団。
どちらかが連絡をとっても、電話に出れない日がずっと続いていた。


だけどようやく二人とも時間がとれる日ができて、久々に会う約束をすることになった。
それが、今日だ。


――今日、だったのに……。



「まさか、台風なんかに邪魔をされるとは……!」

思わず、携帯を手で握りしめる。


悔しかった…。
せっかく、スザクに会えると思っていたのに。

何よりも悔しいのは、自分が今何もできないということだ。
天気相手じゃ、所詮人間なんて無力なものである。

この悪天候のなか生徒が出歩かないようにと、すでにアッシュフォード学園の門は堅く閉ざされてしまっていた。
交通機関も、停止している。


どう考えても、今日のデートは中止だった。



この時間じゃ、まだスザクは軍の方か…。

どうせまた電話にも出れないだろうと思い、俺はメールを送ることにした。






件名なし

スザク。
台風が酷いけど、そっちは大丈夫か?
残念だが、どうやら今日も会えそうにないな。
もし、また予定が空く日があったら教えてくれ。
メールでも構わないから。
それじゃ。







……なんて素っ気ない文章だと、我ながら思う。

恋人なんだから、好きだとか愛してるとか、少しくらい入れてもいいんじゃないか。

いや。
そんな照れくさいこと、いちいち書けるか…!

俺はメール画面を開いたまま、しばらく逡巡する。

あとはボタンひとつ押せばすぐにでも送信できるのだが、このまま送ってしまっていいのかどうか迷っていた。



「…………………」

そして悩んだ末、もう一度編集画面に戻る。







会いたい







たくさんの改行を入れたあと。

その一言だけ付け足して、送信ボタンを押した。



スザクは、気付くだろうか。
恥ずかしいけれど、どきどきと胸が少し高鳴った。


…いや、待てよ。

もし偶然見つけたとしても、うっとうしいと思われるんじゃないか。
男のくせにこんな女々しいことを書いて、スザクだって迷惑なんじゃないのか?


そう不安になってやっぱり削除しようと思い直すが、既に遅く。


画面に、送信完了の文字が現れる。



「し、しまった…!!」

結局、あのまま送ってしまった。
自分の顔色が、一瞬で蒼くなるのがわかった。



お、落ち着け。落ち着いて考えるんだ、俺!

最後の一言までかなりの空白を入れたから、もしかしたらスザクがそれに気付くことはないかもしれないじゃないか。
あいつは、そこまで気が回るような奴でもないし…。

「…………、」

気付いてほしいような、ほしくないような。

そんな気持ちが、俺の頭の中で台風のようにごちゃごちゃになる。





くそ。
こうなったのは、すべてこの、台風18号のせいだ。


俺はどさ、とベッドの上に横たわる。

今日はもう、散々だ。
デートは中止になるし、恥ずかしいメールまで送ってしまうし。

そのくせ台風のせいで、何もやることがない。
暇、だ。


「……こうなったら、寝てやる」

まだ夜にもなっていないのに、俺は不貞寝を決め込むことにした。





窓の外で、風がびゅうびゅうとうるさかったけれど。



日頃の疲れからか、俺はそのまま自然と眠りについてしまった。










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