あらしの夜に 2


 

ざああああ。

大きな雨音で、目が覚める。



あれから、どのくらい眠ってしまったのだろうか…。
ベッドに寝そべったまま窓の方を見ると、外はすでに真っ暗だった。

起きた時には台風がどこかへ行ってしまってればいいと思っていたのに。

まだ、雨は止まない。



心が晴れないまま、俺はもう一度携帯の画面を開く。


「…………返事はなし、か」


着信も受信も何もないのがわかり、小さく息を吐く。



もしかしたら、心の奥では少し期待をしていたのかもしれない。
スザクが、メールを最後まで読んでくれることを。

こんなにも何もない待ち受け画面が寂しく思うのは、きっとメッセージに気付いてほしかったのだろう。


僕も会いたいよ、と。

電話でもメールでもなんでもいいから、ひとこと言って欲しかった。


「スザクの、ばか…」

なんで、返事がないんだ。
最後のメッセージに気付かなくたって、普通にメールくらい送ってくれたっていいじゃないか。

久々のデートが、中止になったんだぞ?
お前は、なんとも思っていないということなのか?

ずっと楽しみにしていたのは。

俺だけ、だったのか…?



やがて、携帯の画面の照明が消え、再び目の前が暗闇に包まれる。

手に持った携帯の無機質な感触が、いつもよりも冷たく感じた。


このままもう一度寝ようか、それとも起き上がろうか。
そんなどうでもいいことをぼんやりと考えていた、その時だった。




ガタガタ…。




突然、部屋の窓ガラスが大きく音を立てた。
なんだ?また、風が強くなったのか…?

本日何度目か数え切れないほどあったその音に、俺は当初、大して気にも留めていなかった。
だけど、それがあまりにも規則的に続くので、不審に思った俺はのろのろとベッドから起き上がり窓際へと歩いていった。


ガタガタ。


そして、俺はその音の正体に絶句する。





「…………す、ざく?」



まだ、寝惚けているんだろうか。

スザクが、窓に張り付いている。

なん、で…?
その状況を理解することができず、俺は思考が停止したままその場に立ち尽くす。


「…、……!」

何か、叫んでいるようだ。
雨と風の音がうるさくて、まったく聞こえない。

あ、け、…て?

「!!!!」

パクパクと開くスザクの口の動きにようやく気付いた俺は、慌てて窓の鍵を開けてやる。
すると、ガタンと勢いよく、スザクが窓から部屋の中になだれ込んできた。
そして片膝を立てて、華麗に着地を決めて見せた。

スザクは普段よく着ている私服姿で、羽織っているブルーの長いコートはすでに上から下までびしょびしょだった。
顔を上げると、いつものふわふわの髪の毛からぽたぽたと雫が滴り落ちるのが見えた。

薄暗い部屋の中で、凛としたスザクの瞳と目が合った。


「何故、ここに……」

スザクが、いるのか。
俺は、その疑問を隠せなかった。
だって、あれから何の連絡もなかったし…。
交通機関もすべて停止してしまっているのに、どうやってここまで…。

「走ってきたんだよ」

にこ、と何事もなかったかのように、スザクが微笑む。

「お前、走ってきたって…!!」

一体、どれだけの距離があると思っているんだ!?
それも、この暴風雨の中だぞ…!?
出歩くだけでも、十分危ないのに。


「大体、ここは2階のはずじゃ…」

「うん。壁をよじ登ってきたんだよ」

「はぁ?門だって、閉まっていただろう?」

「それも、飛び越えてきた。簡単だったよ?来る途中、木とか看板とか色んなものが飛んできたけど、それも全部避けるか破壊するかしてきたし」

「な…、馬鹿かお前は!?なんでそんな危険なこと…っ、」

「ルルーシュに会いたかったからだよ」

「……っ!!」


鍵のかかっていない窓が、風で開いたり閉じたりと落ち着かない。
スザクは窓辺に近づいて、もう一度その窓の鍵をかちりと閉めた。


「君に会うためなら、嵐の中だって飛んでくるよ」


そう言って、スザクが俺の方へと振り返る。

窓が閉められてやっと音が静かになったはずなのに、今度は心臓がドクンドクンと大きく鳴り響いていくのがわかった。


「さっき。会いたいって、メールくれただろ?ルルーシュ」

「……、」

一瞬で、顔中に熱が集まった。
まさか。

「気付い、てたのか……?」

「何言ってるの。当たり前だろ」

「だ、って。あんなに、改行もしたのに…」

「僕はルルーシュからのメールは、隅から隅まで調べるようにしているよ。もしかしたら隠れたメッセージがあるんじゃないか、って期待してね。いつも文章を縦読みしてみたり、必死で暗号を探したりもしてるし」

ほら、ルルーシュって照れ屋だから普段全然そういうこと書かないだろ、とスザクが困ったように笑った。

「だけど、まさかあんな風にはっきり伝えてくれるとは思ってもみなかったから…。僕、すごく嬉しかったんだよ、ルルーシュ」

「〜〜…っ」

眩しそうな顔で喜ぶスザクを見て、俺はどんな顔をしたらいいのかわからなくて戸惑ってしまう。



スザクは、最後までメールを読んでいてくれていた。

それどころか、たった一言の俺の我儘に全力で応えてくれて。


俺に、会いにきてくれた。
そして、スザクも会いたかったんだと言ってくれた。

それは、文字だけのメールよりも、声だけの電話よりも。
ずっとずっと、愛おしい返事だった。





「へっ…くしっ!」

スザクが、小さくくしゃみをする。
体中雨で濡れていて、スザクの足元にはすでに水たまりが出来始めていた。

「お前、そんな格好でいたら風邪をひくだろう…!待ってろ、今タオルと着替えを持ってくるから……、」

そう言って、俺がくるりと背を向けて駆け出そうとするが。
スザクに手を掴まれて、そのまま立ち止まってしまう。

触れている手が、すっかり冷え切ってしまっていたのがわかった。

「スザク…。お前、こんなに冷たくなってるじゃないか!」

すぐにでも拭くものを取りに行きたいのに。
スザクが、なかなか離そうとしない。

「おい、スザク……、」

「ルルーシュが」

「え…?」

スザクが、ぼそりと呟く。

そしてもう一度、その顔を俺の顔にゆっくりと近づけて、


「ルルーシュが、僕をあっためてくれる?」

耳元で、囁いた。


少し掠れた、甘い声。

熱を帯びたその瞳に見つめられて、遅れてその言葉の意味を理解する。

まったくこいつは、なんて大胆な誘い方をするんだ。
もうむしろ、会いに来たというより夜這いに来たと言った方がいいんじゃないか。


俺は、スザクの声が触れたばかりの耳が、じわじわと先端まで赤くなるのを感じながら。

「風邪…。ひかれたら、困るからな…」

そう答えて、二人でベッドの上へと沈んだ。





外では、相変わらず台風が暴れているようだったけれど。


「ルルーシュ…」


もう、スザクの声以外、何も聞こえない。


「ルルーシュ。ずっと、会いたかったよ」


欲しかった、言葉。
まるで、俺の心配だった気持ちを吹き飛ばすかのように。
何度も何度も、聞かせてくれる。


大好きな人の、声。
大好きな人の、感触。

それだけが、俺の中でどんどん勢力を増していく。


いつの間にこんなに翻弄されてしまったのだろうか。
スザクという名の台風が、あっという間に接近してきて。
ついには、全部がその暴風域にまで侵食されてしまった。


もし、どこかにその台風の目があるとするのならば、ギアスをかけてしまおうか。

今度はもう。
離さない、と。





「すざ、く…」

冷え切ったスザクの体の、熱を孕んだ部分を体の中に受けとめながら。

「俺も、会いたかった……」

その体を包み込むように。
そっと、抱き締めた。



「ルルーシュのなか。あったかいね……」

スザクが、吐息混じりの声で微笑む。


ぐちゃぐちゃに中を掻き混ぜられて、奥まで突き上げられて。



それは、どんな嵐よりも熱く激しい夜だった。










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