あらしの夜に 3


 

「あら?スザクさん、来ていらしてたのですか?」

「うん、お邪魔してるよ。ナナリー」

「昨日台風で帰れなかったから、うちに泊まっていってもらったんだよ」


朝。
俺とスザクは、朝食を食べにナナリーの待つダイニングへと二人で向かった。

スザクも一緒だということに気付くと、ナナリーは嬉しそうに笑みをこぼした。


テーブルにつくと、そこにはきちんと3人分の食事が並べられていて。
あらかじめ咲世子さんに連絡をして、スザクの分も用意してもらっておいたのだ。

しかし、今日はいつもより随分と豪華な朝食のようだな。
……咲世子さん、スザクがいると聞いて、おかずの数を増やしたな。





「ナナリー、昨日はちゃんと眠れたかい?」

「はい。あ、でもちょっと風の音がうるさくて、何度か目が覚めてしまったりしたけれど…」

和やかにおしゃべりをしながら、3人で仲良くテーブルを囲む。
こうしてみんな揃って食事をするのもすごく久しぶりだったので、俺はそれがなんだかとても嬉しく感じた。


「確かに、すごい台風だったもんね」

スザクが、こんがり焼けたトーストを口いっぱいに含みながら、横からそう相槌をうった。

…その台風の中けろっとした顔して走ってきた奴が、よく言う。
人の話を聞かない奴だとは思っていたが、まさかニュースまで聞かない奴だったとはな。

だけど、そうまでして俺に会いに来てくれたのだと思うと。
思わず、頬が緩む。



窓ガラス越しに、キラキラとした光彩が部屋中に散りばめられる。
雨はもうすっかり止んでいて、爽やかな朝の日差しと雲ひとつない空が、台風が去ってしまったことを教えてくれる。

いつも通りの、静かな朝。

ただひとつ違うのは、隣にスザクがいるということだけだ。


俺がぼーっとスザクの方を見つめていると、目が合ったスザクがにこっと微笑み返してくれた。

「……っ、」

不意打ちだったので、思わず照れてしまう。

俺は赤くなった顔を誤魔化すかのように、皿の中のスープをスプーンでぐるぐると掻き混ぜた。





「そういえば。お兄さまの方こそ、昨夜は大丈夫だったのですか?」

「うん?何がだい、ナナリー」

「なんだか、2階のお兄さまの部屋から一晩中物音がしているようだったので…。なにか台風の被害に遭ったんじゃないかと、心配で……」

「え、あ…それは、だな……」

「あぁ。きっとそれは、僕とルルーシュがベッドの上で激しく愛し合ったからだと思…」

「すっざくうううううううううう……ッ!!!!」

さらっとした顔でとんでもないことを口走るスザクを、慌てて部屋の隅へと引っ張り込む。

「…?」

ナナリーは、いつものようにほわんとした笑顔を浮かべている。
よかった…。今のスザクの話は、よく理解できていなかったようだ。





「なんだよルルーシュ。まだ、朝ごはんの途中なのに」

「お前…!ナナリーにあんなこと言って、どういうつもりなんだ!!」

「どうもこうも…。もう、いい加減公認してもらってもいいんじゃないの?その様子だと、まだナナリーに僕たちの関係言ってないんでしょ?」

「当たり前だ!ナナリーには、まだ早いだろう…!」

「ナナリーっていうより、君の方が、だろ」

「う。そ、れは…」

確かに、ナナリーを言い訳にしてるのは俺の方だ。
もう、ナナリーだって立派に成長している。
きっと、俺たちのことだって優しく受け入れてくれるだろう。

だけど、まだ心の準備ができなくて…。
なかなか言い出せずにいた。



「そ…そもそも。お前があんなにベッドがずれ動くくらい発情するから、ナナリーに余計な心配をかけたんじゃないか!」

「台風がうるさくてどうせ聞こえないだろうから、もっと激しく動いていいって。ルルーシュが、先に言ったんだよ?」

「……っ、」

「昨日は気持ち良かったなー。ね、ルルーシュ?」

「お、俺に聞くな…!!」

にこにことあどけない笑みを浮かべてはいるが、スザクの声は妙に色っぽさがあって。

いちいちそれに反応してしまう自分も、自分だが。



「お兄さま?スザクさん?あの、もうごちそうさまなんですか…?」

俺たちが部屋の奥でずっと口論しているものだから、ナナリーが心配して声をかけてきた。

「ああ、ごめんよナナリー。すぐ、戻るから…」

俺はそう言って慌ててテーブルのある方へ戻ろうと駆け出そうとするが。
足元がふらついて、よろけてしまう。

転びそうになったところを、スザクが造作もなく受け止めてくれる。
そしてそのまま体勢を崩した俺は、スザクの胸に抱き寄せられる形になってしまった。


「大丈夫?ルルーシュ」

顔を上げると、スザクの顔がすごく近くにあって。
昨日あんなにずぶ濡れだった栗色の髪は、もういつものようにふわふわに戻っていた。

「あ、すまない。スザク…」

そう言って体を離そうとするが、スザクの腕の力が強くてなかなか身動きがとれない。

スザクが、俺の髪をそっと手のひらで撫ぜた。

「ごめんね、ルルーシュ。君とセックスするのすごく久しぶりだったから、つい夢中になっちゃって…。無理、させたよね」

それから、もう片方のスザクの手が俺の腰をなぞった。
俺の体がビクン、と小さく震えた。

「す、すざ…?」

俺がその不意打ちの行動に戸惑っていると。
スザクが突然、キスをしてきた。

それも、軽く触れ合うだけのキスではなく。
ねっとりとした、官能的な、キス。


「あっ…んん、」

ぬるりと、すかさず舌が滑り込んでくる。
口の中で唾液が触れ合う音が反響する。

俺は当惑してそのキスから逃げようとするが、うまく逃れることができない。

「スザ…!やめ…ナナリーがいる、のに……ん、ぁっ」

「大丈夫。ルルーシュが静かにしていれば、気付かれないよ」

そう吐息が触れ合う距離で囁いて、もっと濃厚な口づけを容赦なく降らせてくる。


「ん…ふぅ…っ、」

必死で声が漏れないように堪えながら、スザクのキスを受け止める。

何度も、何度も、貪るかのように求め合う、貪欲なキス。
荒々しいけれど、愛しくもある感触。
まるで愛していると叫んでいるかのような熱い感覚が押し寄せてきて。
いくらしたって、物足りなくなる。

口の中が、スザクの味でいっぱいに広がって。
おかげでさっき食べた朝食の味が、まったく思い出せない。


すぐ、近くにはナナリーがいるのに…。
こんなにも、感じてしまうなんて。

俺は本当に、どうしてしまったのだろう。




「んっ…」

羞恥と本能の狭間を彷徨っていたところで、やっとスザクの唇から解放される。
離れた瞬間、甘い吐息が思わず口から漏れた。

「やっぱり、ナナリーにはまだちょっと早いかもね」

スザクが、内緒話をするかのように小声で言って微笑んだ。

そうだ。こんなことしてるなんてナナリーに知られたら、俺はどうにかなってしまいまそうだ。
かあっと真っ赤に染まった顔を下へ向けて、そのままスザクの着ているシャツへとそっと顔をうずめる。

スザクの服はまだ乾いていないので、とりあえず俺のシャツを貸してやって今はそれを着させていた。
ボタンもいくつか外して緩く着こなしていて、その白いシャツにはすでに皺がたくさん寄ってしまっている。
まだ貸してからそんなに時間も経っていないというのに、すでにスザクの香りで溢れていて。
ふわりと、優しさに包まれたような気分になる。


「う……っ、」

俺は再び下半身に疲労を感じ、よろりとスザクの体にもたれかかった。

「ルルーシュ、本当に大丈夫?」

俺が歪んだ表情を見せると、スザクが心配そうな声を上げる。

大丈夫なものか。
普段からもっと体を交わらせて慣らしておけば、こんな醜態をさらさずにすんだものを…!
ぐっ、とスザクの顔をきつく睨み上げる。
長いことスザクを受け入れていなかったので、久々の情交は意外と体の負担が大きかった。


「……次は」

「え?」

「次はこうならないように、もっと早く俺に会いに来い。いいな?」

ぽかんと口を開けて唖然としているスザクに、きっぱりと言い放つ。

そうだ、今度はすぐに会いに来るんだ。
この、お前が残した痛みが消える前に…。


「ルルーシュ…!!」

「うわっ!?」

スザクが、ぎゅうっと強く俺を抱き締める。

「絶対、すぐにまた会いに来るから…!嵐が来ようとも、ナイトメアフレームが空から降って来ようとも、どんなことが起きたって、君の所へ飛んでいくよ!!」

ナイトメアはさすがにちょっとやばいんじゃないかと思ったが、スザクなら本当に来てしまいそうで怖い。

「まったく、お前ってやつは…」

思わず、口元が緩む。


突然俺の前に現れては、こんなにも俺の心をかき乱していく。



本当にお前は、台風のような男だよ。







「早く、毎日会えるようになるといいな…」

目を細め、うっすらと笑みを浮かべてぼそりと呟く。

「そうすれば、こんな心配もしなくて済むのにな」


俺は一人、ぼんやりとそんなことを考えていた。

…いや。
どうやら、思っていたことをうっかりそのまま口にしてしまっていたらしい。


「ルルーシュ…。それって……!!」

スザクが、目を丸くして俺のことを見つめる。
そして俺はようやく、自身が今、何を言ってしまったのかに気付く。



「やっぱり、妹さんに挨拶してこなきゃ…!!」

「わー!待て、スザク…ッ。早まるな…!!」


喜々としてナナリーのもとへ走りだすスザクを、俺は慌てて止めに行く。










どうやら。

本当の嵐はまだ、始まったばかりのようだ。















end.



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