*デイジーサイド最終話(#11)の後日(?)談になります
*(都合により)視点は佐伯くんのものになります。あしからずです……。
*よろしければ、以下へどうぞ……。




omake



「日付が変わるまで絶対起きてる!」と豪語していたあかりはテーブルの向こう側で船を漕いでいる。案の定だ。さっきから首をゆらゆらと前後に揺らして、見ていて危なっかしいったらない。ため息。日付が変わるにはまだ早い時間だ。

「あかり」
「……ん」

ぴくり、と肩が跳ねて目を何度か瞬きさせる。“しまった!”という表情を一瞬見せて、しゃんと背筋を伸ばす。“眠くなんかない”という表情を装ってすました顔をしてるけど、まあ、バレバレだった。

「あのさ」
「ん、何?」
「眠いなら……」
「眠くないよ! 全然!」

ほお。それなら、もう何度も同じやり取りを繰り返してるのは何でなんだろうな。頑なに否定してる“眠い”以外に理由なんか見当たらない。

……あれからの話。

方々を探しまわって、結局、最初に約束していた遊園地であかりを見つけて、アパートへ帰った。眠くて堪らないのか、少し目を離すとあかりは船を漕いでる。

――そんなに眠いなら無理しないで寝たらいいのに。

何度もそう言ってるのに、あかりは絶対首を縦に振ろうとしない。「どうしても0時になるまで起きているんだ」と言って聞かない。全く、子どもが駄々をこねてるみたいだ。……でも理由は分からなくもないから、悪い気はしない。寧ろうれしい。何だかむずがゆくて、本人には言えないけど。

でも、本当に疲れてるなら無理しないでほしい。

「……あかり」

名前を呼ぶ。呼ばれた相手は、身構えたように体を強張らせた。強張った表情を安心させたくて頭に手を置いた。チョップじゃなくて、手のひらを乗せるだけ。

あかりはというと、俺が手を上げた瞬間、またチョップされるとでも思ったのか、反射的に目を閉じて身構えた。しないよ、こんなタイミングじゃ流石に。そりゃあ、さっきは手が滑った、というのはあるけど……。あかりは例の小動物めいた黒目がちな目を驚いたように瞬かせている。

「て、瑛くん……?」
「眠いなら無理しないで休めよ。ホントに」
「でも……そしたら誕生日が来た瞬間にお祝い出来ないよ?」

心底残念そうな声の調子でそんなことを言う。「いいんだよ」と言ってやる。本当に。

「無理して起きてなくたって。どうせ一緒に過ごすんだから」
「でも……」
「何だよ、まだ何か……」
「それだと、わたしの気が済まないよ……」

顔を俯けて、眉を下げてそんなことを言う。

「日付が変わったら、一番に“おめでとう”って言いた…………わわっ!?」

性懲りもなく起きていようとする小動物の髪をぐしゃぐしゃに撫でてやった。

「な、何するの!?」
「バカ、そんな寝ぼけてフラフラのグラグラな頭でお祝い言われたって複雑なだけなんだよ! 大人しく寝ろ!」
「ひどい! いろいろ!」
「言ってろ。それより髪、再起不能なくらいぐしゃぐしゃにしてやったから」
「……ひどい!」
「はいはい、分かったから、さっさと風呂入って寝ろ。ボサボサ頭女」
「〜〜〜〜」

小動物が悔しげに頬を膨らませている。いやあ、ホント分かりやすいのな。そういうとこが可愛いと言えなくもない。誘惑に負けて、尖らせた赤い唇に軽くキスを落とした。黒目がちな目が呆気にとられたように瞬きをする。

「……変な顔」

言って頬を軽くつねる。頬が赤いのは何もつねったせいだけじゃないんだと思う。眉間に力を込めてあかりが声を上げる。

「て、瑛くんのバカっ!」
「はいはい」
「イジワル! チョップ魔! むっつりスケベ!」
「おい、最後のは……わっ!?」

いきなり茶色いモフモフしたかたまりを目の前に押し付けられた。……カピバラのぬいぐるみ。放って寄越した相手は、立ちあがってもう戸口に移動してる。こういうときばかり、素早い。ドアから顔だけ覗かせて「お返し!」とか言って、ご丁寧に舌を出して見せる……子どもか。

「おい……」
「お風呂!」

人の台詞に被せるように宣言してドアを閉めた。……やれやれ。基本のほほんとしたカピバラだけど、時々妙に頑固で頑なだ。今のもそうだし……昼間のも、そういうことなんだと思う。投げつけられたカピバラ――人のプレゼントに何て仕打ちだ――を定位置らしいベッドサイドに戻そうとしてやめた。誰かさんを彷彿とさせる黒目がちでつぶらな瞳が見上げてくる。ため息をつく。

「心配したんだよ。……バカ」

口にした瞬間、いきなりドアが開いて、あかりが部屋に飛び込んできたから、思わずカピバラを取り落としそうになった。

「な、何だよ!?」
「着替えの服、忘れたの!」

ああそう……。ヤバかった。別に聞かれたって構わないかもしれないけど、だが俺は嫌だ。想像してほしい。大の男がファンシーな動物のヌイグルミ相手に「心配した云々」……目も当てられない上、女々しいったらない。
焦って心臓がバクバクいっている。クローゼットから着替えを持ちだしたあかりが立ちあがる。戸口へ行きかけて、くるりと振り返る。何故か心臓が跳ねた。

「カピバラ、いじめたらダメだからね!」
「…………」

またドアが閉まる。手元のやけにもふもふしたヌイグルミを見下ろす。やたら素直そうな黒目がちな目と目が合う。合ってしまう。……誰が、いじめるか。そんな人形遊びとか、おままごとじみた真似、誰がするものか。……さっきのはノーカウントだ。大体、先にこれを投げつけて“いじめて”たのは向こうじゃないか。

ベッドサイドにカピバラを置く。全くあのカピバラと来たら訳が分からない。妙な失踪をした挙げ句、泣いた子どもがもう笑う……笑ってはいないけど、子どもみたいに0時まで起きているんだと言って聞かない。

茶色いもふもふの黒目がちな目がこっちを向いてる。……分からなくはないよ。誕生日を祝いたいっていう気持ちなら、俺だって。

でも無理をしてまでそうしてほしいとは思わない。疲れてるなら、気にしないで休んでほしい。折角一緒にいるのに、相手に疲れた顔なんてさせたくないんだ。だって、一緒にいるだけで十分なんだから。……そういうことは、俺の中じゃあ当たり前のことだった。強いて言う必要があると思えないくらい、当たり前のこと過ぎて、相手に伝えるのを忘れていた。また。

帰り際にあかりが見せた涙を思い出す。ああして泣きだすまで、もっと言えば、あかりがいなくなるまで分からなかった。どれだけ心細い思いをさせていたか。あれから何年も経って、変わったつもりでいたけど、変わっていなかった。そういうことを思い知らされた。

「……バカはどっちだよ」

呟いても黒目がちな目の持ち主は答えなかった。当たり前だ、本人じゃないんだから。というか答えられても困る。メルヘンは勘弁。そういうのは、遊園地の例のアレぐらいゴメン被る。



>> next

( index )
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -