フリリク企画 | ナノ
夜明けのコーヒー#9


「あ、うまい」
「ホント?」
「うん」

さすが“海野あかり特製カレー”なんて言い張るだけある。出されたカレーはおいしかった。
食べた瞬間、素直に口をついて出た瑛の台詞を聞いてあかりは屈託なく喜んでいる。漫画風にふきだしをつけるなら「わーい」という声が似合いそうな笑顔で。
でも、まだ目尻が赤い。さっき泣いたせいだ。罪悪感を水と一緒に飲み下す。

「辛さ、足りなくないかな?」
「あー、うん。もっと辛くても平気」
「そっかぁ」

あかりは「やっぱりかー」と肩を落としている。

「これでも大分辛くしたつもりだったんだよ」
「甘い。まだまだいける」
「えっ? あ、甘いの!?」
「や、“甘い”ってのは言葉のあやで……流石に甘くはないよ」
「そっか、よかった」

屈託なく笑っている様子に、強ばっていたものが和らいでいく。……やっぱ、笑顔がいいよな。確認するように自分に言い聞かせる。

「今度作るときは、もっと辛くするね!」
「……や、これくらいでいいよ」
「え?」

顔に“どうして?”という疑問符を貼り付けて首を傾げている彼女に、「おまえも食べれなきゃ、意味ないだろ」と伝える。今だって、普段よりも辛めに作ったカレーに苦戦しているのか、コップの水の減りが早い。

「辛いの、そんなに得意じゃないだろ、おまえ」
「そ、そんなことないもん!」
「嘘つけ。おまえの味覚は大体知ってます」

何年いっしょにいたと思ってるんだ。ぼやくように瑛は思う。
珈琲には、角砂糖二つ。ミルクと相性が良い豆のときは、大抵ミルクも加える。あるいは、泡立てたミルクが最初から注がれているカプチーノにお決まりの砂糖。ミルクと砂糖で甘くなった珈琲と合わせて甘ったるいケーキだって食べられる、そういう味覚。
バイトの休憩中に、学校帰りや休日の“敵情視察”に、ずっとそういうあかりの姿を見てきたのだから、分かる。甘い物が好きで、刺激物はあまり得意じゃない。

あかりは軽く唇を尖らせている。

「わ、わたしだって、辛い物食べれるもん……」
「だから、無理すんなって」
「無理なんかしてないよ」
「してるだろ。水の減り早いし」

言葉に詰まるあかりをよそにカレーを口に運ぶ。うん、やっぱりうまい。もっと辛くても平気だけど、これは別に負けず嫌いを競うようなことではないし。

「でも、物足りなくない?」

あかりが眉を八の字に下げて訊ねる。
カレーとあかりに交互に視線を送る。そりゃまあ、“激辛”と銘打たれたものでも平気な顔して食べられる自信がる身としては、「もっと」と思わないでもない、けど、

「これがいいんだよ」

「でも……」となおも言いつのりそうな気配がして、言葉をかぶせる。

「……おまえの手料理じゃん」

言って、流石に気恥ずかしくなって「言わせんなよ、バカ」とぼやいてしまった。……何だか、無性に体が熱い。水を飲む。向かい側で、あかりもコップの水に口をつけている。

「な、なんか、暑いね……」
「カレー食べてるせいだろ」
「そうだねカレーのせいだね、きっと」
「だな。……た、食べようか?」
「うん、食べよう食べよう」

心持ちぎくしゃくしながら食事を続ける。しばらくして、「また、作るね」という声が向かい側から聞こえた。「うん、期待してる」と答えておいた。





食べ終わって、後片付けも済ませて、一段落して「おまえ、風呂は?」と訊いた。「あ、もらってもいい?」と、予想していたよりも屈託のない様子で返事をされて、瑛も釣られたように「いいよ」と素直に答えてしまった。意識しだしたのは、あかりの姿がいざ浴室に消えてからだ。

持参した着替えや洗面道具類を抱えて、「覗かないでね〜」と爆弾発言を残して閉まった浴室のドアに「するわけないだろ! そんなこと!」と声を上げた。「うん、信じてるよ〜」というのほほんとした声がドア越しに返ってきて頭を抱えた。罪深い。いろいろと。

ドアを閉めていても、シャワーの水音が聞こえてくるのがまた酷だった。苦し紛れにテレビをつけたものの、内容がまるで頭に入ってこない。蛇の生殺しのような思いに苛まれながら、自分に言い聞かせていた。――今日は“そういう”のはなしだ。さっき暴走して泣かせてしまったじゃないか。今も泣き顔を思い出すと胸が痛んで仕方ない。

あかりが戻る頃には、すっかり疲弊していた。
持参したらしい、空色のタオルで髪の水気を拭いながら「ありがとう。さっぱりしたよ」と言葉通りさっぱりした顔で礼を言うあかりを横目に腰を上げた。風呂上がりのせいか、あかりの頬がばら色に染まっている。

「アイスコーヒー、飲む?」
「うん!」

元気のいい返答を受けて「準備してくるから」とキッチンに向かった。風呂上がりの姿はいろいろと目に毒で、そばに居るのが忍びなかった。

冷蔵庫に作り置きもあったけど、手を動かして頭を冷やしたいこともあって、新しく淹れることにした。ポットに水を注いでガスにかける。沸くのを待つ間、グラスに氷を入れる。大体、グラス全体の3分の2くらいまで。熱いコーヒーを注ぐと溶けてしまうから多めでもいい。

珈琲ミルで挽いた豆をペーパーを敷いたドリッパーに移して、ドリッパーを直接グラスの上に置く。溶けた氷で薄まるだろうから、濃いめに作る。少量のお湯を全体にぽたぽたと落とすように、ゆっくり、あせらず落としていく。

辛抱強く待って、グラスの3分の1の量になったらドリッパーを外す。一人分のできあがり。

――うん、良い感じに落ち着いてきた。

「良い香りだね」

自分の分も淹れていると、軽い足音がして背中ごしに声が聞こえた。

「コーヒーから淹れてるんだ」
「ああそう……」

頷きがてら、横に並んだあかりに視線を移して、思わず顔を覆った。

風呂から上がったばかりのときには、肩にかけられていた大ぶりのバスタオルも、今は用済みになったのか、肩にかけていない。
そうして、シンプルなキャミソールからむき出しの肩と、これまた薄い生地のショートパンツから白いすらりとした足が伸びていて――、

――ダメだ、全く落ち着けない。

「て、瑛くん!? コーヒーがあふれそうだよ!」

顔を覆ったまま注いだお湯がドリッパーからあふれそうになっている。ポットを置いてドリッパーをグラスの上から外した。……グラスに落ちたコーヒーがあふれなかっただけマシかもしれない。

「ホットコーヒーみたいになっちゃったね……」と眉を下げているあかりは純粋にコーヒーの心配をしている。なるべく意識しないように、意識しないように、と思いながら、視界を白い肌がちらついて、やっぱり落ち着かない。

「もう一度淹れ直す?」
「や、これでいい……」

無事だった方をあかりに差し出す。「ありがとう」とグラスを受け取ったあかりに「その格好って……」と訊く。

「寝間着代わり、とか?」
「うん」
「ああそう……寒くないのか?」
「? 寒くはないよ。夏はいつもこんな感じだよ」
「そっか……」

じゃあ一晩この格好なのかと考えて、一晩、という単語に過剰に反応してしまいそうになって、慌ててコーヒーに口をつけた。溶けた氷のせいで生ぬるくて、すっきりしない。
釣られたようにあかりもコーヒーに口をつけて、「おいしい」と呟く。……それは何より。
「でも」と手の中の、ほとんど真っ黒に見える濃い液体をのぞき込みながらあかりが続ける。

「眠れなくなりそうだね」

無防備過ぎる格好をしたこの少女が、夜にコーヒーを飲んだら、という意味合いで今の台詞を口にしたのだと理解しながら、全然別の意味で頷いていた。

「そうだな」

確かに眠れない夜になりそうだ。



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