フリリク企画 | ナノ
夜明けのコーヒー#8




*キス描写あります。




触れ合った唇は柔らかかった。

手を繋ぐことには慣れてきた。キスも、少しだけ。
でも、初めてキスをしたときの気持ちも、初めて手を繋いだときのことも、はっきりと思い出せる。
あの頃は気恥ずかしさもあって中々認められなかったものの、あれは紛れもなくデートだったんだろう、何度目かのデートの帰り際、あかりの手が彼の袖を掴んだ。
控えめながらはっきりとした意思をくみ取れるその仕草に、さすがに理解した。――そうか、手を繋ぎたいんだ。
理解すると、どうしてそれまで気づかなかったんだろうと思った。いや、本当は気がついていた、というよりも、ずっと手を繋ぐタイミングをはかっていた。それこそ、待ち合わせのときから、もっと言うと、会う約束をしたときから。触れてみたい、距離を詰めたいという欲求があった。
まさか向こうから手を差し出してきてくれるとは思わなかった。それはつまり、相手も手を繋ぎたいと思ってくれているからだ。そのことに思い至って、頭がくらくらした。

「……手、繋ぐか」

うん、と頷いてはにかむように笑う少女の手を取った。白くて柔らかくて、小さな手。離れて目にしていたとき、触れてみたいと思っていた少女の手が自分の手の中にある。
あまり強く握ると、つぶれてしまいそうで、そっと掴む。本当はもっと強く触れてみたいという欲求を抑えながら。

「お前の手ってさ……」

隣を歩くあかりが小首を傾げる。手を繋いでいる分、いつもより距離が近い。仕草に押されるように言葉を続ける。

「こうしてると、なんか、つぶれそうだ」

照れ隠しも多分に含まれた台詞に、あかりは軽く微笑んで「そんなに柔じゃないよ」と言って彼の手を、ぎゅ、と強く握ってきた。

「ちょ……」

強く手を握られて、勢い詰まった距離に慌てた。これだからお子様は困る。自覚とか遠慮とか葛藤とか、そういうの無しに距離を詰めてきて……こっちがどんな思いで自制してるか、知らないんだ。諸々の悪態を飲み込んで、軽くいさめるに止めた。何故って、跳ねるほど心臓が騒いでも、決して嫌ではなかったからだ。

けれども、これは流石にヤバい。そう判断して“お子様モード”の彼女の行為に待ったをかけるのは、いつも彼の役割だった。それが、今は真逆。

あかりの腕に手をかける。不意に詰まった距離に最初あかりは小首を傾げ、そのまま顔を寄せると、さすがに何をされるのか気がついたのか、彼の手におさまったあかりの腕が強ばった。「あの、瑛くん……」とまどったような声をふさぐような形でキスをした。

触れ合った唇は柔らかかった。いつもなら触れ合うだけにとどめていたキスも今回は自制が利かなかった。ついばむように何度も唇に唇を触れ、半ば開いた唇の間から舌先を触れ合わせた。慌てたようにあかりが彼の胸を軽く叩く。首を横に振って、いやいやをするような仕草で彼の唇から逃れた。

「て、瑛くん、ごはん、カレー、もうすぐ出来るから」

息が苦しかったのか、肩で息をつきながら喘ぐようにあかりは抗議した。そんな様子も、赤く染まった頬も、涙目になって少しうるんだ瞳も煽られているようにしか感じられなくて、また距離を詰めた。

「そんなの、あとででいい」
「そんなの? ……ん!」

口調とは裏腹に優しく唇に触れた。固く閉じた下唇をなだめるように舌でなめると、手の中の少女の肩がびくりと跳ねた。あかりの手が彼の胸を押す。「てるくん……」抗議をするように彼の名前を呼ぶ少女の薄く開かれた唇に舌を割り込ませた。強ばった体をなだめようと頬をなでる。指先が濡れて驚いて顔を離した。泣いていた。

「……な」
「…………」

肩で息をしているあかりの頬が涙で濡れていた。途端、熱に浮かされるようだった頭から血の気が引いた。

「泣くほど嫌だったのか?」
「そ、そうじゃなくて!」

けれども、涙は言葉以上に雄弁だと思った。

「ごめん……」

さっきまでの浮ついた気分の自分を殴ってやりたい。好きな子をこんなに泣かせて、何をやってるんだ俺は。
あかりがかぶりを振る。その拍子に新しい涙の滴が頬をすべり落ちた。指先で頬の涙をぬぐってやると、くすぐったそうに目を細めた。

「ごめんな……こんなに泣かせて」
「ううん、違うの」
「違うって?」
「キスが嫌だったとかじゃなくて……」
「えっそうなの?」
「うん…………」

頬に手を添えられながらこくりと頷く。まだ涙目だ。

「じゃあ、どうして……」
「瑛くん、さっき“そんなの”って……」
「さっき?」
「キスするとき、“そんなの、あとででいい”って……」

言ったっけそんなのこと……と一瞬考えて、先の行動を頭に思い浮かべてみる。頭にすっかり血が上って、ろくな考えなんて浮かんでいなかった。つまり、配慮も足りなかった。そんな中、うわごとみたいに呟いた台詞。

「カレー、もうすぐ出来るから」
「そんなの、あとででいい」

――言った。確かに言ってた。

瞳に涙をいっぱいためたままあかりが言う。

「それを聞いたら、何だかすごく悲しくなっちゃって」

それで涙が出てきたみたい、とあかりは言った。あのときは、すっかりのぼせあがっていて、相手の気持ちすら考えていなかった。

ガスコンロの上にはカレーの入った鍋が乗っていて、食欲をそそる良い匂いを漂わせている。

「海野あかり特製カレーだよ!」

そう得意げに言っていたあかりの笑顔が脳裏をよぎる。罪悪感と申し訳なさで胸が詰まった。今日のために、あかりが用意してくれた料理。それを俺はなんて言った。言うに事欠いて“そんなの”扱いだ。馬鹿野郎にもほどがある。

「……ごめん」

あかりを抱きしめる。腕の中であかりの体が強ばるのを感じた。無理もない。先の教訓もあるんだろう、警戒されたって無理もない。体を離す。まだ泣き顔のままのあかりの目をのぞき込んで、安心させるようにと笑いかけた。

「カレー、食べよう」

ぱちくり、という音がしそうな瞬きをしてあかりは「でも……」と口ごもった。

「自信作なんだろ?」

聞くと、笑顔になって「うん!」と頷いた。……笑ってくれた。そのことに、驚くほど安堵していた。

「じゃあ、準備するね」

笑顔のまま、目尻に残った涙を拭ってあかりが支度を再開する。手伝いながら、この方がいい、と思った。あかりが笑顔の方が良い。泣かせてしまうより、ずっと。


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(どうしてもヘタレ瑛になっちゃって……すみません……)


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