フリリク企画 | ナノ
夜明けのコーヒー#6





図書館に返却する本があったから、午後からのバイトの前に大学に寄った。もう長期休みに入ったせいか、構内の人影はまばらだ。
図書館で用事を済ませたあと、購買の書店にも寄る。資格関係の書籍を眺めていると横合いから声をかけられた。

「佐伯くん?」
「……げ」

赤城だ。同じ大学の確か法学部に通っている。
思わず身構えてしまう。別に悪い奴ではない。ただ、この男と話していると調子が狂ってやりづらい。今も、瑛の渋面を受けながら、当の赤城はびくともしていない。

「久しぶり。休みなのに大学に来るなんて関心だね」
「別に。用があっただけだよ」

手に取った資格情報誌を棚に戻しながら言う。

「おまえこそ、休みだろ」

前期の試験も終わった今、大学にいるのは論文指導に励む四回生か、院生や研究生が大半で、赤城や瑛のような新入生は珍しい。まして、サークルのたぐいに所属していないとなれば、なおのこと。

「図書館で勉強してるんだ。あそこ、涼しいからね」

肩をすくめながら赤城はこともなげに言った。そういえば、法学部。もしかすると司法試験を目指しているのかもしれない。
人を食ったような言動と余計な一言が多い同期生の勤勉な側面を見た気がして、思わず顔を見つめ返してしまった。赤城が気色ばんだように言う。

「何?」
「いや別に」

かぶりを振る。ふうん、と鼻を鳴らす赤城の手元に視線を移すと、シャープペンの替え芯を握っている。視線に気づいたのか、赤城が解説を寄越す。

「芯が切れたんだ。ここは便利だね。書店と購買が一緒くたになってて」

購買をぐるりと見回しながら続ける。

「こうして、珍しい知人にも会えたりするし」

笑顔で言われる。どうにも、調子が狂って苦手意識をぬぐえない。笑顔を向けられつつ、笑顔の奥で、何もかも見透かされているような気がする。

「夏休みの予定はもう決まった?」
「別に、特別なことは何もないよ。バイト三昧」
「そっか、僕は勉強三昧って感じだよ。全く笑えないね」

言いながら赤城の口調は朗らかだ。

「せっかくの夏なんだから思い出作りでもしたいもんだよね」

思い出作り、か……。確かに良いかもしれない。ふと、ここにはいないあかりの顔が頭をよぎる。そうだよな、いくら稼ぎ時だからって、今年の、この夏は一度きりなんだ。何か、思い出になるようなこと……。

あった。あった、というか、してた、約束。今週末。忘れもしない、誘うのに相当な勇気が必要だった約束を先日、まんまと取り付けたばかりだ。

それもある種の“思い出作り”なのかと思い至って、瑛は頬が熱を持つのを自覚した。赤城の視線を感じる。関心したように呟く。呆れも多分に入っている声だった。

「君ってさあ、案外と分かりやすいよね。顔に出すぎっていうか」
「……うるさいよ」
「その顔からすると、かわいい彼女のことを思い出していたり、とか」
「…………」
「分かりやすいなあ……」

首を横に振りながら赤城は苦笑している。何か言い返したくとも、法学部相手には分が悪すぎる。相手は弁護士を目指しているのかもしれないのだ。

と、瑛の携帯が鳴った。メールだ。それもあかりからだ。

なんてタイミングだ……と内心ぼやきながらメールを確認する。まさに週末の約束についてのメールだった。思わず目が液晶画面に釘付けになる。

“こんにちは! 土曜日楽しみだね♪ 泊めてもらうお礼に、お夕飯ごちそうさせてほしいな,゜.:。+゜何か食べたいものがあったら言ってね! 瑛くんはこれからアルバイトかな? がんばってね! あかり”

何だかキラキラピコピコと動く絵文字で飾られた文面。一読して浮かんだ率直な感想は「俺の彼女はなんてかわいいんだ!」だった。死んでも口に出さない。

「ふうん……」

斜め横から赤城の声が聞こえてきて我に返った。顔! ニヤニヤしてないよな!? と咄嗟に表情筋を意識する。まさか、高校時代に身につけた仮面スキルに感謝する日が来るとは思わなかった。

「かわいい彼女と何かあった感じ、かな」

まあ、こいつにはバレバレだったけど。

「…………いや、その……」

言葉を濁して、ついでに携帯もしまい込む瑛に、赤城は笑みを深くした。にっこり笑いかけながら言う。

「ま、リア充バクハツしろって感じかな!」
「ば、ばくはつ!?」
「じゃあね」

言って、赤城はきびすを返した。颯爽とレジに向かう背中を見送る。とんでもない奴に弱みを握られたような気が激しくする。とりあえず……

「爆発なんかしてたまるか」

物騒な一言を残した男の背中に向けて独りごちる。全く縁起でもない。



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